第12章 喜び方が分からない
通話を終えた瞬間、表情が変わるのが自分で分かった。
「お兄ちゃん、けん兄何て?」
美春は数日に一度くれる、従兄からの報告を楽しみにしている。
電話を受けたのはリビングで、ちょうど竹中家は全員が揃っていた。健太は言った。
「手紙の返事、もらえたって」
「ほんと?」
母と美春が顔を輝かせ、二人で手を叩いた。
「25日めかあ、けん兄がんばったねえ」
「これで、一歩前進ね」
「で、お兄ちゃんは、なんでそんな哀しい顔してんの? 嬉しくないの?」
もちろん、健太だって嬉しい。嬉しいが、今はとても切ない。
「けん兄、オレに聞いたんだ」
“嬉しい時、お前ならどうする?”
聞いた瞬間は笑ってしまった。何でそんなこと聞くんだ? と。
だからとりあえず、自分なら吼えて、バック転すると答えておいた。
その後で気づいた。
「すっげー嬉しいのにさ、どうやって喜んだらいいか分かんねえ、ってあるかな?」
「あると思うよ。ねえ」
美春が母の顔を見た。
「そうね。嬉し過ぎて声が出ない、なんて言うじゃない?」
「でも、それは嬉しい結果、そうなったってことだろ?」
従兄の場合は違う。
「ほんとに、どうしたらいいか分かんなかったんだと思う」
だから、電話をかけて健太に尋ねた。
「どんだけ、喜び慣れしてねえんだよ」
健太の知る限り、従兄のこれまでの人生、そこまで不幸だったとは思えないのに。健太が考えていると、
「その通りだ。たいして苦労もしてねえくせになあ」
ソファに寝転がっていた父が呆れ果てるように言い、体を起こした。
「親父、オレそこまで言ってねえぞ」
「ま、そのうち、あいつなりの表現で喜べるようになるだろ」
「けん兄なりの表現かあ。どんな風になるだろうね」
美春が楽しそうに言った。
「返事もらえたんだよね。もし、この後うまくいって、彼女と付き合えるってなったら?」
「固まって気絶しちゃうかもね」
恵子が笑った。
「あ、そうだね。じゃあ気絶に1000円」
「賭けんのかよ!」
まったく美春の奴。
「オレは、そこまで変わんないと思うけどな」
健太に倣ってバック転くらいはするかもしれないが、それも無言で淡々とやりそうだ。
「お兄ちゃん、けん兄は変わり始めてるんだよ。前とは違うの」
だから絶対何かやってくれる、と美春が拳を掲げた。
「お前、何期待してんの?」
「今だって、彼女の名前口にするだけで恥ずかしそうにしてんだよ? 付き合ってさ、でめきんちゃんが手なんか握ってくれた日には、もう」
美春、興奮し過ぎ。
「鼻血吹いて倒れちゃうね!」
「いいな、それ。マンガみたいにぴゅーっとな」
孝志も嬉しそうだ。
「そこまでやったら、一人前と認めてやろう」
あの未熟者を、と散々だ。
もらえた返事には何が書いてあったんだろう。喜び方を聞いてきたくらいだから、きっと良い内容だと思う。
健太としては、大師匠と弟子の関係が、恋愛問題においてだけ逆転しているのは、どうも落ち着かないのだ。
けん兄には、早く弟子を卒業してほしい。
がんばれよ。
* * *
11/30 15:55
金枝亘 <w-kaneeda@nblabo.jp>
件名:返事
清水亜紀様
連絡遅れました。すみません。
町田君によると、あの後、貴美子嬢は25日目にして彼に手紙の返事を書いたようです。それが色よい返事だったかは分かりませんが、顔を合わせないまま、二人の文通は継続しています。
(彼の方はあいかわらず夜中にバイクを駆って手紙を届けているとか。道理で時々研究室で眠そうにしているわけです)。
簡単ながら、ご報告まで。
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