第4章 案外うまくいくんじゃない?

 本当にその人でいいの?

 美春は教室の机に頬杖をついた。従兄の初恋宣言から数日経つが、そのことがずっと頭を離れない。

 でめきんってあだ名の女性と、あのけん兄がもし付き合ったとして、うまくいくかな?

 見かけは大事かもしれないけど、付き合って二人が楽しいってことがもっと大事なわけで。

 お兄ちゃんは“けん兄が選んだ人だから間違いない”と言っていた。弟子だから、そう言うのは当然だ。

 美春の考えは兄とは違う。地味な女性だから性格も大人しいとは限らない。必死にアプローチするのは、もう少し彼女の人柄を見てからでも遅くないのに。

 といっても、今まで中身も外見も恋愛対象としての女性にはまったく興味がなかった従兄を思うと相当の進歩だ。だからこそ、生まれて14年ずっと彼を見続けてきた美春としては、複雑な気持ちだった。

 かつて、従兄の“誰でもいい”発言が許せなくて、じんましんが出るほど健司を嫌ったこともある美春だが、なんだかんだ言って彼のことが大好きだ。好きとか憧れの気持ちが、これまた兄とはちょっと違う。前に“お子様に用はないよ”って振られたけど、自分が大人になった時にまだ従兄が独りでいたら、お嫁さんになってあげよう、と少し、ほんの少し思っていた。

 だから従兄を、あのクールなけん兄を夢中にさせて、あんな恥ずかしそうな表情までさせちゃう彼女がうらやましい。妬けちゃうよ。

 まあいいや。もしも、いい人じゃなかったら、わたしぶち壊しちゃうもんね。

 

* * *


 今日はマーケティング部の二人もいないし、いつも以上に研究室の雰囲気がのんびりしている。ここは、ほんと居心地いいなあ。

 ペトラでも同じような工程、手順で検証作業をやるが、ここにいる男性研究員は三人とも、スピードアップが可能な作業については、すさまじい速さで片付けて、その分まったりしている気がする。もし、このやり方が逆だったら自分も貴美子も苛々しただろうと、亜紀は近くにいる大野や吉崎を見ながら考えた。ペトラ同様“残業はないけど何となく帰りにくい”雰囲気がないのもいい。これはつい先ほど貴美子と話したことだ。いいじゃん国生研。給料はペトラの方がいいと思うよ、って吉崎さんは言ってたけど、本当かな。

 今、貴美子は生体管理室で水質チェックをしている。

 まちさん、でめこちゃんに気づいたかな。

 手元にあった仕事も予想以上に早く片付いたし、まちさんのところに行ってみよう。亜紀が腰を上げると、 

「山本、コーヒー飲みたい」

 大野が言った。反応はない。代わりに吉崎が答えた。

「奴なら少し前に出てったぞ」

「なんだよ、ついでに何かうまいもん出させようと思ったのに」

 自分でやるか、と大野はぶつくさ言いながら立ち上がった。

「清水さんも飲む?」

「わたしは後でいただきます」

 礼を言いつつ断って、亜紀は研究室を出た。

 生体管理室に向かうと、引き戸が開いているのが見えた。近づいて、中の貴美子に声をかけようとした亜紀だったが、急いで後ろに身を引いた。

 まちさんと超人だ! 二人で話してる。

 長身男の隣にいるせいか、貴美子はいっそう小さく見える。山本さん、屈んで話すの大変そう。

 貴美子が触れているのは、でめこ水槽だ。おお、なかなか良い雰囲気ではないですか!

 案外この二人、うまくいくんじゃない? インポッシブルは、ちょっと言い過ぎだったかも。

 がんばれ超人。ほっとしつつ、研究室に戻ろうと亜紀が背を向けた、その時だった。

 突然、後方の出入り口から何かが飛び出してきた。

 え?

 出てきたのは貴美子だった。混乱したような表情の貴美子は、亜紀がいるのとは逆の方向に走り去っていった。

 どうしたの? 何があったの?

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