第3章 可能性ゼロではない

「教授も、お気づきだったんですか」

「ええ。あれで隠してるつもりなんですから、彼にも困ったものです。まさに、色に出でにけり我が恋は、ですよ。見てるこっちが恥ずかしくなる。大吉コンビやペトラの皆さん――清水さん、あなたは別ですよ――の思い込みが激しいから、まだばれてませんが」

 金枝の話す速度が上がってきた。

「貴美子嬢はね、僕の古い友人のお嬢さんでして。小さな頃から見てきました。で、僕は彼女の親戚みたいな気持ちでいるわけですが、このお節介おじさんは彼女に幸せになってもらいたいんですよ」

 亜紀はうなずいた。同感だ。

「そういう観点から念のためにうかがいますが、彼女、今お付き合いしてる人はいますか」

「いないと思います。私が知る限りですが」

「仮に山本君が自分の本心を彼女に打ち明けたとして、そのう、二人の間におめでたい展開、望めると思いますか」

「それは――すごく厳しいと思います」

 ミッションインポッシブルです、と亜紀は付け足した。これは、まさに金枝が入ってくる直前に考えていたことだった。

「受け入れる側、貴美子さんの方に相当の意識改革が必要ではないかと」

 少女の頃からまちさんを見てきたなら、教授は知っているだろう。彼女の内気な性格と、容姿に対する強いコンプレックスを。

「なるほど」

 思い当たるところがあるのか、金枝は天を仰いでつぶやいた。亜紀は続けた。

「初日から彼女に関心を持ってたみたいですから、たぶん一目惚れなんでしょうが、外見から好きになったっていうのは、貴美子さんには言わない方が」

「そうかもしれませんね」

「ええ。お互い研究者として一緒に仕事をするうちに、気づいたら敬意に恋愛感情が加わっていた、みたいな経過を辿るのがベストではないかと」 

「そうすれば、可能性もゼロではない?」

「はい」

「実際、どれくらいだと思います?」

「1%――いえ、山本さんの場合はあの外見ですから、1の前に小数点とゼロが2つ3つ追加されるかもしれません」

「うーん、まさにミッションインポッシブルですね」

 金枝は唸り、キノコ頭を何度か縦に振った。

「彼ね。中身はむしろ朴訥というか生真面目な男なんですよ。あの綺麗な顔だって、生まれつきのものをそのままくっつけて生活してるにすぎない。なのに無用なトラブルにちょくちょく巻き込まれてます」

 それは気の毒に。美形なりの苦労があるわけだね。

「清水さん、手を貸していただけませんか。その、1の前にあるゼロ、僕は一つでも減らしたい」

「もちろんです。喜んで協力させていただきます。けど」

 言っておいて、亜紀は念のため、先ほど浮かんだ懸念を金枝に話してみた。

「山本さん、彼女を二匹目のペットにするつもりじゃないですよね」

 亜紀が言うと、金枝は微笑んだ。

「大丈夫でしょう。一応確認しましたし」

「確認?」

「“彼女は人間ですよ?”って言っときました」

 うわ、それリアルで聞きたかった!

「どんな反応でした?」

「“分かってます”って。ちょっと怖い顔で」

 金枝は笑っている。

「というわけで、僕と清水さんで、彼のあのキラキライメージを何とかしましょう。でめきん好きをでめきん女子とくっつける作戦、略して“D作戦”です」

「了解しました!」

「僕は彼の意外な側面を、貴美子嬢にそれとなく伝えますから」

「意外な側面、ですか」

「ああ見えて彼、家事万能でしてね。料理はもちろん、洗濯なんかプロの技術を習得してますよ。僕は、時々彼のことを“敏腕家政夫”と呼んでます」

 へえ。亜紀の中では、家政婦=割烹着のおばちゃんだ。彼に割烹着。似合わな過ぎ!

「清水さんは、ペトラの皆さんの間で山本君の話題が出た時にでも、無理のない範囲で彼のキラキラ度を下げてやってもらえますか」

「分かりました」

「貴美子嬢の方は、当面そっとしておきましょう」

 その方がいい。亜紀も同意した。

「えっと、それから君も」

 金枝はふん、と鼻を鳴らすと、でめこに呼びかけた。

「ご主人の恋が実るように協力しなさい。君のそっくりさんが来たら、どれだけご主人が君に愛情深く接してくれるか、念を込めて伝えるんですよ」

 金枝が真面目な顔で叱るように言うのがおかしくて、亜紀は笑いたいのを必死でこらえた。

 でめこは水槽の中から金枝を見上げるようにしていたが、ぷいっと体の向きを変えた。 

「おや、従う気なさそうですね」

 もう無理! 亜紀は吹き出した。

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