第20章 Xデーは近い?

「なんでいんの? 親父とけん兄は?」

「わたしとお母さんだけで初詣。デート中なんだよ!」

「へえ、よく親父が許したな」

 そう言った後、美春の兄は先に座ってて、と友達らしき連れを通した。真っ赤な髪の少年が亜紀たちに一礼しつつ通過し、真っ白けの頭の男の子がやっほーと美春に手を振って奥へと進み、残る黒髪の少年二人は、恵子に“あけましておめでとうございます!”と笑顔を向けて通って行った。

 それから、美春の兄――彼の母から健太です、と紹介があった――は、わざわざ亜紀にこんばんはと頭を下げてくれた。亜紀も頭を下げる。

「お兄ちゃん、びっくりだよ」

 行きかけた兄に美春が声をかけた。美春が片手を亜紀の方に向ける。

「亜紀さんね、ペトラの人」

「え?」

「しかも貴美子さんと一緒に仕事してるんだって。けん兄も知ってるって」

「マジで?」

 言葉は妹に、目線が亜紀に向けられた。それから再び妹を見ると言った。

「聞きたいことてんこもりなんだけど。何で三人でお茶してるかも含めて」

「じゃあ、こっち座れば?」

 妹の言葉に、ほんの一瞬迷うような顔をした健太だったが、

「いや、あっち行かねえと」

 少し残念そうに言って、亜紀に失礼します、と再びぺこりと一礼した。

「美春も母ちゃんもさ、いろいろ話聞いといて」

「亜紀さん彼氏いますか、って?」

「ちげーよ、貴美子さんとか二人のこと」

 妹をにらむと、兄は友達の方に合流していった。

「お兄ちゃん、ほんとはこっちで話したかっただろうね」

「そうね」

 恵子が微笑んでうなずいた。

「お兄ちゃんが一番――葉子伯母ちゃんと同じくらい、けん兄の心配してるから」

「そうなんだ」

 天涯孤独、みたいな印象があったけど、彼のことを大事に思ってくれる親族がちゃんといたんだ。

「そうだ」

 美春が何か思い出したように言った。

「けん兄が、手紙にどんなこと書いてるか知ってます?」

「ううん」

 亜紀が知っているのは、貴美子の父親発・教授経由の情報だから、さすがに内容までは分からない。

「わたし、さっきけん兄に聞いちゃった」

 お守りのお礼に教えますよ、と言う。いいのかな。

「でも、もしかしたら亜紀さん怒るかも。バカバカしすぎて」

「そうなの?」

「一昨日と昨日はね、“大根1本使い切りレシピ”交換したって」

 なんだそれ。女子、っていうか主婦か! 力が抜けてしまった。そういうのを、バイクで何時間もかけて届けてるの?

「全部の手紙がそんなんじゃないと思いますけどね」

 そうであってほしい。きっと最近の話題の中で、従妹に言ってもよさそうな内容が大根レシピだっただけだ。もしかしたら毎回“愛してる”とか書いてるのかもしれない――いや、ないな。そういうタイプじゃないな。

「亜紀さん、連絡先教えてもらってもいいですか?」

「もちろん。情報交換しようよ」

 美春が携帯は持っていないが、パソコンのアドレスならというので、メールアドレスを交換した。

「陰から応援しようね。二人には内緒で」

「はい!」

「あの、お住まいは、この近くですか?」

 恵子が尋ねてきた。

「ええ。ここからなら自転車で15分くらいですかね」

「二人の恋が実ったら、ぜひうちにいらしてください」

 一緒にお祝いしましょ、と言ってくれた。

「ありがとうございます。実現してほしいなあ」

「ホントは今から来てもらって、けん兄に会ってほしいくらいだけど」

 従兄はまだうちにいて、父と正月の宴会の続きをやっているだろう、と美春は言った。

「亜紀さんが現れたら、けん兄どんな顔するかな」

 正直、オフの博士を見てみたい。見てみたい、が。

「ありがと。でも、二人の恋が叶うまで我慢しとくね」

  願掛けで。


* * *


01/14 21:12

しみずあき<aki-toieba3ma@nigiwai.com>

件名:でめきん卒業


 美春ちゃんへ

 こんばんは。貴美子さんが、眼鏡を変えたよ。だから、あまり黒でめきんぽくなくなりました。でめこちゃん風味のところは変わらないけど、でめきんというよりは茶色い何かの小動物みたいな感じ(ごめん、入力しながら自分でも何言ってるか分かんなくなってきた)。

 ひとまず、お知らせまで。お母さんによろしくね。


* * *


件名:まもなくXデー?


 美春ちゃん

 メールありがとう。最近の先輩は、服の色味も変わってきました。バッグとかマフラーなんかの小物がピンクベージュとか優しめのオレンジになりました。

 幸せそうに見えるのはわたしの思い込みかな?

 もしかしたらXデー近いんじゃない?


 お兄ちゃんまで縁結びのお守り買ってたなんてね。交通安全のもセットで(優しいね)。博士のハーレーの鍵にお守りが三つもぶらさがってると思うとおかしくなります。

 二人とも受験がんばってね。自分のことそっちのけで彼を応援してる二人には、神様がきっと味方してくれるよ。

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