第19章 神頼みしかない

「これ」

 美春に差し出すと、驚いたような顔で見返してきた。

「ヤマケン博士に渡してくれる?」

 もちろん亜紀からということは内緒で、だ。

「だって、これ亜紀さんの」

「自分用じゃなくてね。ほんとは貴美子さんにと思ったんだけど」

 亜紀は、貴美子に渡せない理由を、美春と恵子に説明した。

「じゃあ、亜紀さんが応援してくれてるの、貴美子さんも知らないんだ」

「うん。元々は勝手に健司さんの恋を応援してたの。で、先輩も彼を好きになったら二人とも幸せになれる、ってわたしの独断で」

「美春、亜紀さんのご厚意、お受けしよう」

 母の言葉に、美春はうなずいた。

「亜紀さん、ありがとう」

 母子に頭を下げられ、恥ずかしくなった。

 美春は神妙な顔でお守りを取り上げると、押し頂くようにした。それから少し哀しそうに言った。

「わたし、クリスマスには二人が会えるかなって思ってたんです」

 でも、何もないまま大晦日を迎えた。そして今日、年が明けてしまった。

「もう、配達始めて2か月になるのに」

 そういえば、寒い中、毎晩バイクで遠距離を往復していると聞いた。

「けん兄、電話は迷惑だし、メールも嫌だ、やり方変えるつもりないって言うんです」

 彼ならそう言うだろうが、従妹としては心配だろう。

「もう神頼みしかない、ってさっきの神社でもお願いしちゃった」

 そのせいで、高校受験の合格祈願をし忘れたのだそうだ。それは気の毒に。

「まあ、彼女に嫌われて真っ白な灰になってたこと考えたら、一応今の状態はマシなのかな」

 確かに、貴美子は一時、健司をあからさまに嫌っていた。亜紀は言った。

「何やったのかは知らないけど、わたしもあの時は完全に終わった! と思ったよ」

「それ、きっと、引っぱたかれた時だ」

 美春が苦笑した。

「けん兄はね、でめきんみたいで素敵です、って言ったんですよ。面と向かって」

 さらには、貴美子と健司がなぜつり合わないと思うのかを、本人の口から説明させたそうだ。

「コンプレックスの塊みたいな人に?」

 あの時の貴美子の怒りぶりがようやく納得できた。何やってんだ超人。

 あ、そうか。彼にとってはでめきん=美なんだから、まちさんが見かけを気にしてるって発想はないんだ。でも普通は怒るよ。

「そこからよく文通までこぎつけられたね」

「けん兄の執念ですね。ちょっと怖い」

 二人で笑っていると、

「文通のこと、亜紀さんはどうやって知ったんですか?」

 恵子が不思議そうな顔で尋ねてきた。美春が文通や配達の話を持ち出した時、二人の恋を内緒で応援している亜紀が、それを聞いてもあまり驚かなかったことが気になったらしい。

「国生研の金枝教授からうかがいました」

 貴美子が手紙を受け取るだけでなく、返事を出すようになったころ、貴美子の父親が、友人である国生研の金枝教授に話した。それを金枝が亜紀に知らせてくれた。

「教授もそうですけど、先輩のご両親も二人のこと応援してるそうですよ」

「すごい!」

 もうくっつくしかないじゃん、と美春が両の拳を握り締めた。そして、すぐに胸の前で手を開いた。

「亜紀さんと教授、貴美子さんのお父さん、お母さんで四人」

 親指から順番に4本倒れた。

「こっちは、わたしとお母さん、それから葉子伯母ちゃんに、お兄ちゃんも」

 8本目が折られた時、

「ん?」

 そばを通りかかった、高校生くらいの男の子が立ち止まった。お、のっぽフェチ&癒し系大好きな浩子さんが大喜びしそう。

「あ、お兄ちゃん」

 なんと、ご家族でしたか。って、恵子さんはいくつで彼を生んだの!? この家族にはびっくりさせられてばっかりだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る