第21章 SAのメシは旨い

 1月27日、0時20分。

 たこ焼きとアメリカンドックときつねそばにミルクティーを載せたトレーを下ろすと、健太は貴美子の前に座った。

 ミルクティーは貴美子のだ。お待たせしました、と差し出すと、貴美子は礼を言ってから恐縮したように受け取った。

「さっきはごめんなさい。あんなことになるなんて」

「少しは楽になりましたか?」

「はい」

 貴美子は言ったが、まだ痛いんだろうなと思う。バイクに乗り慣れていない人が、1時間以上も跨っているのは辛かったはずだ。実際、貴美子はこのサービスエリアに到着した時、脚が固まってしばらくシートから降りられなかった。体の痛みもそうだが、この寒い中バイクで走るのは苦行に等しい。

「あの、オレだけすみませんけど。いただきます」

 貴美子は何も食べる気がしないと言うので(こんな時間だからか、彼の病状を案じてか)、自分だけ食べさせてもらうことにした。サービスエリアに停まったからには、食の楽しみは外せない。

 半分ほど食べ終わったところで、健太は貴美子に現状報告をした。

「ざっくりですけど、今、距離的には半分くらいってとこです」

 貴美子が神妙な顔でうなずいた。

「残りあと半分、どうします?」

「どうする、って?」

「タクシー呼んで、貴美子さんはそれに乗って、きてもらうって手もありますよ」

 健太が言うと、貴美子は少し考えた。

「そうすれば、早く到着しますか」

「時間は、どうかな」

 タクシーを待つ時間と、健太がタクシーを気にしながら走ることを考えると、むしろ少し余分にかかるかもしれない。

「じゃあ、ご迷惑かけて悪いけど、最後までこのまま行かせてください」

「オレは全然構いませんよ。でも、乗ってるのすっげー辛いでしょ」

「ええ、でもいいんです」

“彼が、寒い中どんな道を通って来ていたのかを知りたい”彼女は出発前にそう言っていた。

「分かりました」

 高速道路を下りれば、休憩できそうなところはあちこちにあるから、前半よりはマシかもしれない。

「何かあったら、背中叩いて教えてくださいね」

「はい」

 貴美子が少し微笑んだ。

“でめこにそっくりで、可愛いんだ”

 彼女の風貌を従兄はそう言い表したが、どの辺りがでめきんぽいのか。健太には分からない。

 さっき会った貴美子さんのお父さんは確かにでめきん風味だったけど。あえて言うなら、ぽてっと砂利の上に座るようにしている時のでめこに似てる、か?

 従兄が彼女に一目惚れしたのが、去年の9月はじめ。そして今は1月の終わりだ。

 長かったな、と心中で従兄をねぎらう。好きになったのに嫌われて、告白した翌日から会えなくなった。これで、やっと好きな人と顔を合わせて話ができる。けん兄の大事なひと、ちゃんと送り届けるからな。

 と、ここまで考えて、思い出した。

「あ」

 気持ちが顔に出たらしい。貴美子が心配そうに見返してきた。

「けん兄が倒れたこと、内緒にしとく約束だったのに、オレばらしちゃったから」

 けん兄怒るかな。従兄が健太に怒りを向けたことは今まで一度もない。幼い時に騒ぎ過ぎだと注意された程度だ。でも、怒られるかどうかは問題じゃない。オレが約束を破ったことには変わりがない。

「私、ちゃんと説明します。無理やり聞き出したんだって」

「すいません」

 これには謝意と詫びの両方の気持ちが含まれている。

 緊急事態とはいえ、彼の“大事なひと”にけっこう触ってしまった。動けない彼女を抱え上げてバイクから下ろしたし(もちろん許可をとってからだ)、歩くのがすごく辛そうだったから手も貸した。健太としては横断歩道の真ん中で立ち往生しているおばあさんを助けるのと似た感覚なのだが。

 従兄が手紙だけの関係を3か月近くも続けた相手と、健太はバイクの二人乗りをし、こうして差し向かいで飲み食いもしている(両方とも従兄が夢見ていることだ)。

 やましい気持ちはまったくない。でも、ちょっと申し訳ないと思う。

 従兄の独占欲が父親レベルでないことを祈りながら、健太はそばのつゆを飲み干した。

「わ、七味入れ過ぎたかも」

 体が温まったのはいいが、汗が出た。ミニタオルはどこだっけ。

 ポケットから財布や鍵を取り出してテーブルに置いていると、貴美子の視線が、今置いたバイクの鍵に向けられた。

「ああ、これ」

 健太は鍵――お守りがいくつもぶら下がっている従兄の愛馬の鍵――を、貴美子に手渡した。

「お守りって、がっつり和風だから、ハーレーには合いませんよね。つうか、つけ過ぎだろ」

 貴美子が微笑んだ。

「渡したの、オレたちですけど」

 健太が二つ、美春が一つだ。

「縁結びのはだぶっちゃって。あれ」

 そういえば、お守りが増えている。健太が渡したものとは違う、交通安全のがある。

「そっちは誰からだろ」

「あ、私です」

 貴美子が少し決まり悪そうに言った。

「私のせいで手紙の配達させといて、お守り渡すのは筋違いなんですけど、バイクには他の用事でも乗るだろうと思って」

「おお」

 けん兄、喜んだだろうな。

 貴美子が縁結びの二つを手のひらに載せた。

「健太君も美春ちゃんも、応援してくれてたんですね」

 一つは、ほんとは美春じゃなくて、亜紀さんからですよ。言いたい。言いたいが我慢だ。亜紀さんは、二人が家に来た時のサプライズゲストなんだから。

「さっそく、ご利益ありましたね」

 健太が言うと、貴美子は恥ずかしそうにうなずいた。

「そうですね」

 おっと、ずいぶんまったりしてしまった。

「そろそろ極寒の苦行、再開しねえと」

 貴美子は一瞬顔をこわばらせたが、すぐに口元を引き締めた。

「よろしくお願いします」

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