第17章 三度めの出会い

  年が明けた。亜紀は元日の夜、一人で近くの神社に初詣に出かけた。友人や恋人を誘うにはご近所過ぎるというのもあったが、今年は一人でお参りしたかったからだ。

 普段は存在を忘れてしまうほど、こじんまりとした神社には、亜紀が思っていたより参拝客がたくさん来ていた。ここ、元日に来るのは初めてだけど、毎年こんな感じなのかな。

 参拝を済ませて(10円のお賽銭で、あれやこれや願ってしまった)、本命の――いやいや、もちろんお参りが本命ですよ、と慌てて神に言い訳しつつ、お守りを求める人の列に並んだ。これまた意外に客が多い。受付も1つではないようだ。十人ほど待つと亜紀の順番が来たので、お守りのラインアップ(と言っていいのか分からないが)の中から目的のものを探したが、それらしいのが見当たらない。念のため聞いてみよう。

『縁結びのお守りは、ありませんか?』

 ぎょっとした。すぐ隣で自分と同じセリフが同じタイミングで発せられたからだ。そっちの方へ顔を向けると、若い女の子がぎょっとしたような顔でこちらを見ていた。

 あれ、この子? 

 声をかけようとしたら、前に立つ売り子から、縁結びは取り扱いがないという意味のことを丁寧に言われた。

「分かりました」

 そっか。ないんだ。がっかりしたところで、後ろの客が強引に前に出てきたので、脇に避けた。

 そうだ、あの女の子。背伸びをしながら辺りを見回したが、少女の姿はすでになかった。  

 今の子は、会社の近くで立っていたあの女の子だ。紺色のダッフルコートに防寒3点セット。あの時と同じ恰好だったからすぐに思い出せた。


* * *


 神社のはしごをしてもいいのかは分からなかったが、亜紀はもう少し足を延ばして、近隣の別の神社にも行ってみることにした。母に自転車を借りておいて良かった。

 先ほどの神社よりもさらに規模の小さなその神社で、縁結びのお守りが入手できた。さっきの神社の神様は恋愛は担当(?)してないわけだね。ともかく目的が果たせて良かった。

 ほっとすると同時に、疑問がわいた。これどうすればいいんだっけ? だって、本人には――渡せない。

 うまくいってほしいという一心でお守りを求めてしまったが、貴美子本人が彼を好きかどうかは確認していない。毎晩届く手紙に対して、ようやく返事を書くようになっただけだ。

 そもそも貴美子は、彼から告白を受けたことも、その恋の進行状況も亜紀には語っていないのだから、亜紀がそのことで縁結びのお守りを渡すのはおかしい。

 妙齢(27歳)の独身女性に何の脈絡もなく縁結びのお守りを差し出すなんて、“お年頃なんだし、そのそろお見合いなんかどう?”と親類のおばさんが写真を突き付ける行為に近い。わたしアホだ……。一人で突っ走り過ぎてしまった。

 ため息をついて、ひとまずお守りをバッグに収めた。お守りゲット作戦が徒労だったと気づいたとたんに、なんだか疲れてしまった。

 寒いし、何か温かいものでも飲んで帰ろう。


* * *


 最初に行った神社の近くまで戻ると、亜紀はファミリーレストランに入った。

 元日で、しかも夕食には少し遅い時間のせいか、店内はそれほど混んでいなかった。スタッフのみなさんお疲れ様です。元日から営業してくれてありがとう。

 入り口で、お好きな席にどうぞと言われたので奥に進む。

「あれ」

 誰かが言った。視線を感じた方へ亜紀が目を向けると、すぐそばの席に座った少女が亜紀を見上げていた。さすがに驚いた。またあの子だ。

「よく会うね」

 今回は防寒装備を全部外しているから、少女の顔がよく見えた。ショートカットがよく似合っている。

「3回もって、すごいよね。偶然とは思えない」

 亜紀がそう言うと、少女がうなずきながら微笑んだ。

「3回?」

 そう言ったのは、少女の向かい側に座っている女性だった。お姉さんかな。この人はお守りの列には並んでいなかったと思う。亜紀より少し年上と見えるその女性は穏やかな笑みを浮かべている。すごくきれいな人。美人姉妹なんだね。亜紀は女性に会釈をしておいて、少女に尋ねた。

「あの後、お守り買えた?」

 お守りに“買えた”はまずいかなと思っていたら、少女は首を横に振った。少女によると、亜紀と会った神社は2社めだと言う。

 わたしの手元に、行き場を失った縁結びのお守りがあるんだけど。少女に譲ろうかと一瞬思ったが、かえって迷惑かと思い黙っていることにした。

 亜紀が、入手できた神社の場所を教えると、少女は顔を輝かせた。

「ありがとうございます。今日はちょっと疲れちゃったから、明日行ってみます」

「あの」

 少女の姉が亜紀に言った。

「よろしかったら、ご一緒しませんか?」

「いいんですか?」 

 正直なところ、この少女には先日のことを聞いてみたかった。だから、その提案は実にありがたかった。

 失礼します、と言って亜紀はマフラーを外しながら少女の隣に腰を下ろした。少女の前にはおいしそうなパフェとカップが、姉の前にはカップだけが置かれている。

 通りかかったスタッフを呼び止めてコーヒーを頼むと、ドリンクバーですね、と確認された。何度もお代わりできるのは嬉しいが、話す気も聞く気も満々の時に席を立たないといけないのはちょっと調子が狂う。亜紀が急いで飲み物を取りに行って戻ると、姉の方が尋ねてきた。

「今、娘からペトラ社の方だとうかがったんですが」

「ええ。――って、え?」

 変な返事になってしまった。娘!? なんとお母さんでしたか。 

 亜紀は気を取り直して言った。

「そうなんです。先日会社の前でお嬢さんをお見かけしまして。それが最初の出会いです」

 亜紀が名乗ると母親はうなずき、たけなかですと名乗った。それから少女が言った。

「美春です。お母さんは恵子っていいます」

「美春、ペトラ社まで一人で行ったの?」

 少し咎めるような母の尋ねに、美春はばつが悪そうな顔をしながらうなずいた。それからパフェのクリームに長いスプーンを突っ込んだ。

「でも、何もしたり言ったりしてないよ。会社に着くまでは、もし会えたらひとこと言ってやろうかなって思ってたけど」

 この子、やっぱりうちの会社の誰かが出てくるのを待ってたんだ。本当のお父さんを訪ねてとかそういう感じ? 亜紀が考えていると、

「実は私たち」

 恵子が説明してくれた。

「親類の男性の恋を応援してまして」

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