第二章(高遠仕置)
義信の婚儀に先立って、晴信は久しぶりに諏方上原城を訪ねていた。於福と四郎に面会するためであった。
美しいものは時としてぞっとするような恐ろしさも同時に内包しているものである。
喩えれば、年中冠雪を湛え、雲上にその頂を見せている霊峰富士などがそうであった。国中に隠れなき美しさを讃えられる富士山も、この頂を目指そうと思えば人を
久しぶりに於福と面会した晴信は、その美しさの中にもぞっと肌が粟立つような恐ろしさを見出していた。以前面会したときと比較して明らかに痩せて見える。まるで自らの寿命と引き換えに、その怜悧な頭脳と美貌を得たかのように晴信には思われた。
晴信と面会するなり於福は思いの丈をぶつけるように
「四郎に、諏方惣領の地位を」
と望んだ。
於福の懇願を前に、晴信は考え込まざるを得なかった。
諏方惣領家は、亡き諏方頼重の叔父
晴信は射るような於福の視線から逃れることを望むように
「四郎のことは考えておる。良い報せをやるからしばらく待て」
そういって回答を先延ばしにするよりほかなかった。
このしわ寄せが来たのは高遠頼継であった。彼は突如晴信から切腹を命じられた。
「それがしはつい先年、諏方大社の宝鈴を鳴らして忠節を誓ったものにございます。切腹を命じられる心当たりがありません」
と抗弁したが、晴信は
「宝鈴は不承不承鳴らしたものであろう。余は諏方頼重を妥当した直後、汝が叛旗を翻したことを未だに赦してはおらん」
と、十年以上前の事件を持ち出して頼継に切腹を強要したのであった。
諏方惣領家を現状のまま維持し、四郎に高遠諏方家を継承させ於福の希望と妥協を図るという意図に基づく命令であったので、頼継が如何に抗弁したとしても聞き入れられるはずがなかった。
もう何を言っても無駄だと悟った頼継は最期に至り
「このようなことになることが分かっておったのであれば、頼重を滅ぼした後、諏方領を平らげ命懸けで武田に抗すべきであったわ」
と毒づいた後切腹して果てた。なんとも後味の悪い仕置であったが、晴信にはこれ以上の妙案はなかった。
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