第二章(砥石崩れ)‐三

 戦後、勘助は強いて砥石城攻めを敢行した晴信に青ざめながら諫言した。

「それがしや真田殿が止めたにも関わらず、砥石城攻めの軍を起こされたのは何故か」

 勘助の形相に晴信も縮こまった。

「まさか砥石城如き小城があそこまで抵抗するとは思わなんだ。許せ」

「許せでは済みませんぞ。それがしや真田殿は此度の戦を諫止しました。御屋形様は若手の将の支持を得て強行なされた。戦死した横田備中守殿は如何か」

「否とも応ともいわなんだ」

「その通りです。横田備中守殿は否とも応とも申されませなんだ。

 否といったそれがしと、応といった御屋形様をはじめ若手諸将が生き残り、何も言わなかった横田備中守殿が一番難しいお役目を自らお引き受けなされて戦死されたのです。

 なんという不条理でござろう」

 飯冨源四郎はこの主従の遣り取りを、晴信の傍らに控えながら聞いていた。口を出す場面でも、その立場にないこともよく知っていたが口を開かずにはいられなかった。

「横田備中守様はそれがしにこう仰いました」

 思わぬ方向から声が聞こえてきたので、晴信も勘助も呆気にとられたような表情で源四郎の方に向き返った。

「もし勝ち目のない軍役を命じられたとしても、日頃の鍛錬を信じて武威を発揮すれば陣は俄に崩れたつものではない。

 そして、勝ち目のない戦の中でも死闘すれば、それが主に対する諫言ともなろう、と」

 源四郎の言葉を聞いて、晴信は蝟集する村上勢を一手に引き受け奮闘する横田備中守高松たかとしの最後の姿を想いだした。

 あれは、老巧の将が止めるのも聞かず勝ち目の薄い戦を強行した自分に対する横田備中の死を賭した諫言だったのだ。

 晴信の目に涙が浮かんだ。


 晴信は横田備中守の死をいつまでも惜しんだという。近習のうちで武威を目指す者があれば、

「武辺を志すのであれば、原美濃守虎胤や横田備中守高松を見本とせよ」

 と、後年まで語って聞かせたと伝えられている。

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