第一章(諏方攻略戦)‐二

 諏方惣領頼重が拠る上原城では、武田晴信が韮崎から諏方に向けて北上し、併せて高遠頼継が高遠城を同じく諏方に向け発向したとの情報に接し混乱に陥っていた。

 高遠頼継の出師すいしに対して

「惣領家に弓を引くか」

 と激怒した頼重であったが、武田勢が諏方を目指して北上中であるとの報に対しては、これが諏方侵攻のための軍兵であることを容易に信じようとはしなかった。昨年締結されたばかりの同盟が強固であることを頑なに信じていたのである。したがって叔父の諏方満隣みつちかが忠心から

「大社神長官じんちょうかん守矢頼真もりやよりざねが晴信を先導している。武田は高遠と申し合わせて諏方に寄せるに相違ない」

 と、これに備えるように進言したにも関わらず、頼重は守矢の裏切りを信じることなく、却って高遠勢駆逐のために同盟者の武田晴信が守矢の先導で後詰に駆けつけてくれたのだなどと信じて疑うことがなかった。

 そのため武田勢はさしたる抵抗を受けることもなく諏方領に侵攻した。武田、高遠の連合軍は上原城下に雪崩れ込んだのである。

 上原城に籠もった諏方頼重は闇夜の中、高遠並びに韮崎の二方向からめいめいに迫る大量の篝火を見て、満隣等近臣の進言どおり、武田勢が上原城を目指し侵略の軍を起こしたことをようやくしにして確信したが、遅きに失した。浮き足だった諏方勢は夜半、城外の様子を見てくる等と称してそのまま武田、或いは高遠の下に投降し、当初千名を数えた諏方軍兵は夜明け前には僅か二百となっていた。

 頼重は、武田晴信と高遠頼継両名に呪詛じゅその言葉を吐きながら上原城に火を放ち、妻禰々と生まれたばかりの嫡男寅王丸を連れて僅か三里(約二キロメートル)ばかり北西の詰城桑原に逃げ込んだのであった。

 つい先日まで嫡子誕生に沸き、幸福の絶頂にあった頼重、禰々の夫妻は、煌々と燃えて夜空を赤く染める上原城を時折振り返り、涙ながらの逃避行を余儀なくされたのであった。

 城を出たとき二百はいたであろう諏方衆はこの逃避行の間も隊列を乱し或いは敵方に投降して、桑原城に入った際には四〇名ほどに数を減じていた。

 頼重を追って桑原城に迫る敵勢を目の前に、禰々は

「私が頼めば、兄上も無体な仕打ちはなさいますまい。高遠、金刺風情に屈するよりは武田に降りなさいませ。お命さえ永らえば、いずれ家族揃って上原のお城に還る日も来ましょうほどに」

 と襁褓むつきにくるまれた寅王丸を抱きながら涙して降伏を勧める。

 相手が新羅三郎義光以来の清和源氏の名族だというのであれば、こちらも神位正一位、信濃国一宮諏方大社を擁する諏方惣領家の当主だという意識が強い頼重は、妻の言にも耳を貸さず、城を枕に討死するというようなことを口走ったが、軍兵四〇名程度では籠城戦もままならぬことは誰の目にも明らかであった。

 諏方家惣領頼重にとっては高遠、金刺に降る選択肢は有り得ないものであった。いずれも主家に取って代わろうという野心を隠す素振りすらない。これらに降ればしいされることは明らかであった。また、諏方大社大祝の被官に過ぎない神長官守矢頼真や禰宜太夫矢島満清の下風に立たされるなど、頼重にとってはもっての外のことであった。

 残された道は昨年締結されたばかりの縁戚を頼りにして武田に降るより他にない。佐久領の上杉への無断譲渡を詫びて許されさえすれば、武田の軍兵を借りて高遠や金刺を駆逐することも将来的には可能となろう、というのが、頼重主従の思惑であった。

 頼重がまさに降伏の使者を武田陣中に遣ろうとしていたとき、軍装に身を包んだ一人の醜男の来訪を受けた。聞けば、最近晴信麾下に参じた武田の足軽隊将山本勘助と名乗る者ということであった。

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