第4話 夢告げはまことにつき

さわやかな朝だった。


しかし、朝がさわやかだからと言って目覚めもさわやかとは限らない。

リサはそれを身を以て知った。


目覚めは最悪だった。夢見が悪かった。

最近頻繁に夢に出て来る自称女神のドヤ顔にイラっとした。

あの無駄にデカい乳をもぎ取ってやろうかと思う程度にはリサの神経を逆なでした。

決して、己の胸がささやかなものに見えたからではない。

決してだ。


リサは深呼吸して意識を切り替える。

が、切り替えた思考もまたやはり憂鬱なものだった。


ここ数日の勇者召喚の準備から始まり、召喚したま……勇者のアレコレとか。

全ては夢だったのではないかと思う。というよりむしろそうならないだろうか、とリサは遠い目で思った。


「失礼いたします」


そう言ってしずしずと入ってきたのは巫女様である。

その手には水を張ったタライときれいな手ぬぐい。

顔を洗えば服を手にした巫女様がやって来る。

着替えは自分でやりますときっぱりと断って受け取った服は、大変肌触りの良いだった。

神殿で寝泊まりしながらも、文官服に身を包むこの現状はリサが聖女である事を頑なに否定し、神殿側が何が何でも本人に認めてもらおうと押し問答をした結果である。


「聖女」といえば、栄誉職である。しかもこの世界を司る女神から与えられたそれは一国だけのものではなく、世界共通である。


女神の託宣を受けた者は進んで己が身を捧げるのが世の常識であって、自身が聖女である事を否定する者など、長い歴史の中でもありえない事だった。

世の慣わしで言えば、女神の託宣を受けた聖女がしかるべき神殿に名乗り出て、祈りの間で大神官立ち合いの元で祈りをささげて、女神の祝福を受け、初めて世界に聖女として認められるものである。


聖女とはつまり、女神の指示を受けて名乗り出るものであり、リサ本人が、夢に現れたのは『自称』女神であり、神殿の女神像とは似ても似つかないものである。数日に渡る激務の見せた都合の良い夢です。と言い張っている以上、それ以上、話を進める事ができないのである。業を煮やした女神が神殿に降ろした託宣は折り悪く、勇者召喚の儀に追われた神官の誰一人として受け取れないという状況も悪かった。

本人に認めさせようにも、女神の御遣いたる聖女に人間が何かを願う事は許されていても、強制することは許されていない。


そして極めつけはリサの境遇である。

魔導士と神官のサラブレッドともいえるその生まれと、女の身でありながらも社会で働く事を選び、仕事に真摯に取り組むその姿は男性優位の社会の中で、多くの反感を買った。陰口や理不尽な嫌がらせも日常茶飯事である。


そんな境遇に身を置くリサから言わせれば、聖女などクソくらえである。

こちとら女神と神殿の無茶ぶりに連日連夜こき使われ、上司からはパワハラの毎日、同僚からは女という理由だけで見下され、お高くとまった神官からは女の癖に男の仕事を。男を馬鹿にしているのかとせせら笑われたばかりである。


そんなお高くとまった連中から、手のひらを返され、へこへこと頭を下げられていい気分な訳もない。


こんな腐った国の有様をまざまざと見せつけられながらも生まれ育った人間が、どうして世界を救う一助となりますと名乗り出る事ができようか。

はっきり言って、あきらかな女神の人選ミスである感が否めない。


それでもリサは聖女の託宣を否定しながらも、神殿側と膠着状態のまま、手打ちにしたのはひとえに情を捨てきれなかった自身の甘さ故であると自覚はしている。


両親や良くしてくれる友や知り合いも少なからずいるが、そういったな人たちは一概に良い笑顔でリサを応援してくれている。


そんな人たちがいるからこそ、リサは文官の立場でできる事の為に動くのだ。

リサは姿見の前で自身の服装に乱れがないかをチェックする。

世話をしたそうにそわそわする巫女達は視界に入れない。


「よし!」


リサは気合をひとつ入れた。

これからとお話しをしなくてはならない。



塵ひとつ見あたらないきれいな廊下をメイドに先導されながら歩く。

その先にたどり着いた扉の前でメイドは丁寧に頭を下げ、その場を去っていった。

扉の両脇には衛兵が立っていた。

リサが声をかければ、衛兵たちの顔色は目に見えて悪くなる。

ノックした扉は内側から開かれた。


「入れ」


言葉少ななそれに、リサは遠慮なく入る事にした。


「失礼します」


一声かけて入った部屋は、貴賓用の部屋だった。

ソファに腰かけ、こちらを向いた男は鷹揚に頷いた。


「よく来たな、聖女よ」

「聖女ではありません。リサです」


リサの応えにが形の良い顎に手をあて、思案気に宙へと視線をやり、そのが再びリサをとらえる。


「よく来たな、聖女リサよ」

「アマオウさん、話を聞いてました?私は聖女ではなく、リサです」


リサは『文官』の部分を強調し、そして自身の服装を示して見せた。


「ふむ」


アマオウはリサの姿を頭の先から足の先まで一通り視線を滑らせた。


「うむ、文官の服が良く似合っているぞ、聖女リサよ」

「そういう事を言ってるんじゃありません」

「では、どういう事を言っているのだ?」


どこかずれた回答に対し、冷静に言葉を突き返すリサにアマオウは真面目に聞き返す。

リサは一度、こめかみに指をあて、目を閉じ、そして意を決したようにアマオウを見つめた。


「私の事は決して聖女と呼ばないでください。さもないと」

「さもないと、どうする?」


アマオウの問い返しにリサは息を吸う。


「あなたが魔王である事を言いふらします」

「……ほう」


しばらく両者の間に沈黙が訪れた。

その静寂を破ったのは魔王だった。


「貴様……」

「……」

「どこで我を魔王と見破った?」

「……」


何故、見破れないと思ったのか……。


そんなセリフが喉まで出かかったが、リサは辛うじて飲み込んだ。


「ええ…っと」


その姿の禍々しさや、その身から漏れる魔力の禍々しさ等、細かく数え上げればきりがない禍々しさとか言ってしまって良いなら言いたい。しかし、言ってしまって魔王として開き直られても困るのだ。


「角……、かな?」


どう言ったものか、と迷いながらもまず最初に目についた特徴を挙げてみる。


「ほう、角……、であるか」


当のアマオウを見れば、本人は勇者を自称して余程バレない自信があるのか

。その整った表情には一切変化は見られない。


事もなかった。


「あの、アマオウさん……」

「何か?」

「おでこの眼、すっごい勢いで揺れてますけど……」

「……」


アマオウはゆっくりと全ての眼を閉じた。

それでも尚、動揺が隠しきれていないのか、額の瞼がぴくぴくと痙攣している。


「……文官リサよ」


目を閉じたままのアマオウはおもむろに立ち上がり、歩き出すと、一切の迷いなくリサの前に立った。


「はい」


応えたリサの肩をガシリと掴むと、くわっと三眼を開いた。


「そなたはリサである!」

「はい!」


リサは勢いに飲まれて返事をした。

そして、先ほどの激しさはなんだったのかと思うような静かな声でアマオウはリサに問いかけた。


「そして、我はアマオウである。間違いないな」


子供に言い聞かせるような表情のアマオウの額の眼だけはぎょろり、ぎょろりと忙しなく揺れていた。


「はい!」


リサは大変良い笑顔で頷いた。






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通りすがりのま・・・勇者です。 かずほ @feiryacan

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