第25話「それはやっぱり家族会議でした」
夕暮れ時、
これから大事な、リカーショップトノサキの未来を決める会議だ。
「マサ君、
姉の
勝手にこの場を、飲み会にしてしまっていた。既に栓を抜いたビール
「はい! じゃあ、第一回リカーショップトノサキ家族会議を始めます! まずは、乾杯しよ! 乾杯!」
とりあえず正重は、吉乃からビール瓶を取り上げ、彼女のグラスに注いでやる。
家業の危機、従業員全員の未来を決める大事な話し合いだ。
だが、過度にシリアスなムードにはしたくないし、それは姉も同じなのだろう。
つつがなく乾杯して、互いのグラスが小さくカチン! と歌う。
そして、吉乃が水炊きを全員に取り分ける中で、単刀直入に正重は話を進めた。
「えっと、清春さんはまだ詳しく聞いてないかもだけど」
「はあ。さっき、お
「うん。つまり、オヤジが勝手に安請け合いしたらしくて……うちの店、コンビニになる契約をしちゃったらしいんだ。まあ、吉乃さんが言うには法的には無効らしいけど」
吉乃はウンウンと大きく頷いている。
まず、正重の父であるリカーショップトノサキの社長、
さらに、書類上も本人のものではないサインは無効である。
そのことを吉乃は、清春にも改めて話していた。
「つまり、今回の話に関しては、当事者である社長、正重さんのお父様がいない以上は進められません。連絡もまだ取れてませんし、私達がお父様とハッピーマート側との交渉があったと確認することもできないんです」
吉乃は律儀に正重にも鍋を取り分けてから、再度清春にビールを注ぐ。
妙な緊張の中でグラスを乾かしていた清春が、珍しく口を開いた。
「その、坊っちゃんはどうしたいんですか?」
「俺? いやあ、コンビニができたら便利だとは思ってたけど……うちかあ、って思って。ただ、吉乃さんから聞いた話では、俺や
涼華が大きく
彼女はグイグイとビールを飲みながら、吉乃に注がせて水炊きを
だが、こうして家族で食事をする時間すら、コンビニという業態は奪ってゆくだろう。
吉乃は「毎日期限切れの廃棄弁当を食べる日々ですよ」なんて言うが、彼女の話はシャレにならない……どうにも、リアルさが感じられて
清春はじっとグラスを見詰めて、それを一気に飲むとボソボソと喋り出す。
「俺は……この店に、酒屋として残ってほしい。俺の仕事は、酒の配達と、年寄りの見回りと……この店を、坊っちゃんとお嬢さんごと守ることですから」
「清春さん……」
「俺は、
誰もが珍しく多弁な清春を見やった。
彼はビールの
その言葉は、巨体に似合わず小さな声だが、はっきりと強い意志が感じられた。
「旦那様が拾ってくれなければ、俺はろくでもない生き方をしていた人間です。坊っちゃんやお嬢さんが小さい頃から、旦那様にはお世話になっていましたから」
「そういえばそうね……あたしがただの美少女だった頃からいたもんね、キヨさん」
「この店で初めて、人様の役に立てる仕事をしたんです。それと……旦那様がいつか帰ってくる、その場所を残したいんです。誰よりも酒が好きで、誰かに酒を届けることだけを考えてる、旦那様の……いつの日か、帰る場所を守りたいんですよ」
不思議と涼華が、いつになく優しい顔をしていた。
ヒョイと彼女はビール瓶を手に取ると、片手で無造作に清春に注いでやる。
清春は
涼華の笑みが、全てを物語っていた。
そして、これ以上は互いの意志を探り合う必要はない気もした。
「そっかー、キヨさん男だねえ! 飲みねえ、飲みねえ!」
「あ、いや、明日の運転もあるんで。明日も、明後日も、その先も……ずっと、配達の仕事があると思ってますから。だから、まあ……程々に」
「うんうん! ……大丈夫だよ、キヨさん。あたしとマサ君でお店は守るから。よしのんもいてくれるしね。何よりキヨさんがいてくれれば
珍しく清春が笑った。
その顔は、
正重も心を決める。
確かめるまでもなく、リカーショップトノサキはこの町の酒屋として残る道を選んでいた。その気持ちを全員で共有したところで、吉乃が言葉を挟んでくる。
「では、リカーショップトノサキの総意ということで、ハッピーマートとのフランチャイズ契約を無効とする方向で動きます。いいでしょうか、正重さん。皆さんも」
「うん。俺達はそれでいい。吉乃さんは」
「私も勿論、コンビニ化には反対です。……この店、私も好きですから。あと……コンビニって、いい思い出がなくて」
「そうなんですか?」
「徹夜続きで会社にずっと泊まってると……その、コンビニだけが社会との接点になっちゃって。下着も
町のオアシスとして、24時間いつでも営業しているコンビニエンスストア。
24時間会社で過ごす人間にとって、唯一の選択肢なのだろう。
だが、リカーショップトノサキは、そういう場所にはならない。この町で営業する居酒屋や飲食店のお
何より、正重にとってもここは、親しい誰かが帰ってきて欲しい場所なのだ。
「じゃ、そういう感じで。姉貴からは何かあるか?」
「んー? あ、そうだ! こないだのワイン
「……そういうことを聞いたんじゃないんだけどさ」
「あたしから言うことなんて何もないよ。信じてますって、副社長! あ、いっそもう社長名乗っちゃう? よしのん、書類上の手続きとかできそうだし」
すかさず吉乃が「すぐに手配できますけど」と本気にする。
それは置いといて、いよいよ正重は腹が決まった。
こうして、改めて正式にハッピーマートの介入は断ることになった。
だが、その先に意外な展開が待っているとは……この時誰もが、全く予想だにしないのであった。
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