第25話「それはやっぱり家族会議でした」

 夕暮れ時、外崎家とのさきけの居間にリカーショップトノサキの全員が集合した。

 外崎正重トノサキマサシゲが事情を話すと、黙って喜多川清春キタガワキヨハルは話し合いに参加してくれた。それと、スーツに着替えた染井吉乃ソメイヨシノも一緒である。

 これから大事な、リカーショップトノサキの未来を決める会議だ。


「マサ君、鍋敷なべしき置いて! ほら、ちょっとそこ詰めて! 今日はね、キヨさんもいるし鍋にしちゃった! 水炊みずたきだよん」


 姉の外崎涼華トノサキリョウカは、張り切っていた。

 勝手にこの場を、飲み会にしてしまっていた。既に栓を抜いたビールびんが並び、吉乃が清春にお酌している。確か、ラベルを上にして注ぐのがビジネスマナーだっただろうか? 清春の強面も、心なしか吉乃を相手に身を硬くしていた。

 勿論もちろん、今日も正重は烏龍茶ウーロンちゃである。


「はい! じゃあ、第一回リカーショップトノサキ家族会議を始めます! まずは、乾杯しよ! 乾杯!」


 とりあえず正重は、吉乃からビール瓶を取り上げ、彼女のグラスに注いでやる。

 家業の危機、従業員全員の未来を決める大事な話し合いだ。

 だが、過度にシリアスなムードにはしたくないし、それは姉も同じなのだろう。

 つつがなく乾杯して、互いのグラスが小さくカチン! と歌う。

 そして、吉乃が水炊きを全員に取り分ける中で、単刀直入に正重は話を進めた。


「えっと、清春さんはまだ詳しく聞いてないかもだけど」

「はあ。さっき、おじょうさんから少し」

「うん。つまり、オヤジが勝手に安請け合いしたらしくて……うちの店、コンビニになる契約をしちゃったらしいんだ。まあ、吉乃さんが言うには法的には無効らしいけど」


 吉乃はウンウンと大きく頷いている。

 まず、正重の父であるリカーショップトノサキの社長、外崎大五郎トノサキダイゴロウに社長としての就業実体がない。長らく店を空け、全く経営にタッチしていないからだ。

 さらに、書類上も本人のものではないサインは無効である。

 そのことを吉乃は、清春にも改めて話していた。


「つまり、今回の話に関しては、当事者である社長、正重さんのお父様がいない以上は進められません。連絡もまだ取れてませんし、私達がお父様とハッピーマート側との交渉があったと確認することもできないんです」


 吉乃は律儀に正重にも鍋を取り分けてから、再度清春にビールを注ぐ。

 妙な緊張の中でグラスを乾かしていた清春が、珍しく口を開いた。


「その、坊っちゃんはどうしたいんですか?」

「俺? いやあ、コンビニができたら便利だとは思ってたけど……うちかあ、って思って。ただ、吉乃さんから聞いた話では、俺や姉貴あねきが清春さんと守ってきた仕事は、コンビニになったらできなくなる。もうかるか儲からないかも大事だけど、それと別次元のものが沢山失われる気がしてるんだ」


 涼華が大きくうなずく。

 彼女はグイグイとビールを飲みながら、吉乃に注がせて水炊きを頬張ほうばっていた。他には、大根だいこんやポテトサラダが並んで、相も変わらず食卓は無国籍だ。

 だが、こうして家族で食事をする時間すら、コンビニという業態は奪ってゆくだろう。

 吉乃は「毎日期限切れの廃棄弁当を食べる日々ですよ」なんて言うが、彼女の話はシャレにならない……どうにも、リアルさが感じられて空恐そらおそろしい。

 清春はじっとグラスを見詰めて、それを一気に飲むとボソボソと喋り出す。


「俺は……この店に、酒屋として残ってほしい。俺の仕事は、酒の配達と、年寄りの見回りと……この店を、坊っちゃんとお嬢さんごと守ることですから」

「清春さん……」

「俺は、旦那様だんなさまに約束しました。旦那様が店を空ける間、ずっとお二人を支えて守ると。……それと別に、俺自身の意志で、このままでいてほしいんです」


 誰もが珍しく多弁な清春を見やった。

 彼はビールのあわだけがかすかに残るグラスを、グッと握って喋る。

 その言葉は、巨体に似合わず小さな声だが、はっきりと強い意志が感じられた。


「旦那様が拾ってくれなければ、俺はろくでもない生き方をしていた人間です。坊っちゃんやお嬢さんが小さい頃から、旦那様にはお世話になっていましたから」

「そういえばそうね……あたしがただの美少女だった頃からいたもんね、キヨさん」

「この店で初めて、人様の役に立てる仕事をしたんです。それと……旦那様がいつか帰ってくる、その場所を残したいんです。誰よりも酒が好きで、誰かに酒を届けることだけを考えてる、旦那様の……いつの日か、帰る場所を守りたいんですよ」


 不思議と涼華が、いつになく優しい顔をしていた。

 ヒョイと彼女はビール瓶を手に取ると、片手で無造作に清春に注いでやる。

 清春は大柄おおがらな身体をたたむように恐縮しながら、両手でグラスを持って酌を受ける。

 涼華の笑みが、全てを物語っていた。

 そして、これ以上は互いの意志を探り合う必要はない気もした。


「そっかー、キヨさん男だねえ! 飲みねえ、飲みねえ!」

「あ、いや、明日の運転もあるんで。明日も、明後日も、その先も……ずっと、配達の仕事があると思ってますから。だから、まあ……程々に」

「うんうん! ……大丈夫だよ、キヨさん。あたしとマサ君でお店は守るから。よしのんもいてくれるしね。何よりキヨさんがいてくれれば百人力ひゃくにんりきだってばよ! なんてな、わはは!」


 珍しく清春が笑った。

 その顔は、朴訥ぼくとつな男の見せた本音と本気が感じられた。

 正重も心を決める。

 確かめるまでもなく、リカーショップトノサキはこの町の酒屋として残る道を選んでいた。その気持ちを全員で共有したところで、吉乃が言葉を挟んでくる。


「では、リカーショップトノサキの総意ということで、ハッピーマートとのフランチャイズ契約を無効とする方向で動きます。いいでしょうか、正重さん。皆さんも」

「うん。俺達はそれでいい。吉乃さんは」

「私も勿論、コンビニ化には反対です。……この店、私も好きですから。あと……コンビニって、いい思い出がなくて」

「そうなんですか?」

「徹夜続きで会社にずっと泊まってると……その、。下着も靴下くつしたも買えるし、三食毎日コンビニのご飯で……よく覚えてるんです」


 町のオアシスとして、24時間いつでも営業しているコンビニエンスストア。

 24時間会社で過ごす人間にとって、唯一の選択肢なのだろう。

 だが、リカーショップトノサキは、そういう場所にはならない。この町で営業する居酒屋や飲食店のお勝手かってとして、御用聞ごようききとしての仕事がある。夕方になれば、小銭こぜにを握り締めた子供たちの社交場にもなりたい。

 何より、正重にとってもここは、親しい誰かが帰ってきて欲しい場所なのだ。


「じゃ、そういう感じで。姉貴からは何かあるか?」

「んー? あ、そうだ! こないだのワインけようよ! よしのんもキヨさんもいるしさ!」

「……そういうことを聞いたんじゃないんだけどさ」

「あたしから言うことなんて何もないよ。信じてますって、副社長! あ、いっそもう社長名乗っちゃう? よしのん、書類上の手続きとかできそうだし」


 すかさず吉乃が「すぐに手配できますけど」と本気にする。

 それは置いといて、いよいよ正重は腹が決まった。

 こうして、改めて正式にハッピーマートの介入は断ることになった。

 だが、その先に意外な展開が待っているとは……この時誰もが、全く予想だにしないのであった。

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