第18話「その子はママと呼んだとか?」
リカーショップトノサキから、歩いて5分とちょっと。
「まあ、忘れ物を渡すついでに、顔を見てくればいいんだよなあ」
すぐに出てきてしまったので、ラフな服装に
そして、すぐに目的のアパートが見えてくる。
その一室に、吉乃が住んでいる。
「なんつーか……家まで地味、か。でも、何か……らしい、な」
質素な暮らしが自然と伝わるような、そんなアパートだ。家賃もそんなに高くない気がする。何より、立地がいい。
外階段を上がって二階に上がる。
207号室のドアの前に立って、正重は軽く深呼吸。
少し、ドキドキする。
だが、この扉の向こうはプライベートの吉乃がいる。多分、地味な部屋着で過ごしていると思う。
「よ、よし、チャイムを――!?」
震える指を伸ばした、その時だった。
突如、ドアが内側から開いた。
それで正重は、頭を
それは、昨日の男を思い出させる。
そう、突然吉乃の前に現れた、
確かに彼は言っていた。
一緒に育ててきた子たち……そう言って拓也は吉乃に迫っていた。
「……おにーちゃん、だいじょうぶ?」
目の前に、小さな男の子が正重を見上げていた。
年の頃は4歳か5歳だ。
吉乃の年齢を思えば、これくらいの子供がいてもおかしくはない。
そう納得してしまえる自分が、何故か正重はとてもおかしかった。
そう、愉快という意味で言うなら、まったくおかしくない……面白おかしくない。
むしろ、いちいちそんなことで動揺する自分がオカシイ。
「え、あ、お、おう……えっと、あー、うん。ゴホン! ママ、いるかな?」
額を抑えつつ、冷静を
小さな男の子は、ニッコリ笑って部屋の方を振り返る。
「ねー、ママだってー! あはは、変なの!」
自分でも変だと思う。
突然、吉乃に対する情報量が増えて、増え過ぎて、頭がパンクしそうだ。
そして、知れば知る程に
そんなことをぼんやり思っていると、奥からパタパタと吉乃が現れた。
「
「や、やあ。えっと、これ。忘れ物、です」
とりあえず、紙袋を差し出す。
吉乃は受け取り中身を確かめ、少しホッとしたような顔を見せた。そして、胸にそれをギュッと抱き締め、足元の男の子へと屈む。
「もう、継くん。いきなりドアを開けちゃ、危ないよ? さっき、凄い音がしたけど」
「このおにーちゃん、ゴンって! ガン! ってぶつかったー! しかも、ママだって。吉乃、僕のママなの? ママって二人いる人もいるの!?」
「さあ、どうかな。でも、今度から気をつけてね?」
「うんっ!」
立ち上がった吉乃は、何だか気まずい正重に改めて向き直る。
そして「あっ」と目を見開いた。
「正重さん! オデコ! 赤くなってます」
「あ、ああ……大丈夫だから。それより、平気? 有給、気軽に使っていいから」
「私は平気です! それより……ああ、こんなに赤くなってる」
そう言って、何気なく吉乃は手で額に触れてきた。
確かに赤くなってるだろう。
ぶつけた額よりも、
顔が
「あ、あああ、あのっ! 吉乃さん、その」
「はい。あ、この子ですね……大家さんのお孫さんで、
「吉乃とは、ヨシ繋がりなんだよー? 僕、吉乃と遊ぶの好きー!」
大家さんから以前、どうしてもと言われて小一時間
ホッとした。
よく見れば、吉乃に全然似てない。
あの拓也とかいう男にも、
「よかった……ん、ま、まあ! そんだけだから!」
「わざわざ、これを届けに? ……ありがとうございます、正重さん」
「ん、
吉乃は何故か、少し目を
長い
まるで、その名の通り満開の桜が舞い散るような、それは鮮やかな笑顔。
吉乃は胸に抱いた紙袋を、ますます強く握り締める。
「あの、正重さん……じゃ、じゃあ……わがまま、言ってもいいですか?」
「ん、ああ! 大丈夫、ほら、なんてのかな? アットホームな職場? そういうの、割りと本気で目指してるから。調子が戻るまで休んでも大丈夫だし」
「あ、いえ……それは、また、ちょっと……まだ、考え中です。ただ」
「ただ……?」
少し頬を赤らめ、さらに吉乃は笑顔を輝かせた。
「あの……付き合ってもらえますか?」
「はへっ!? ……あ、あああ、いや、ちょっと待って! その、まだ会って半月くらいだし、その、ええと」
「あ、ごめんなさい。えっと……このあと、少し付き合ってほしいんです。私と二人じゃ……ご迷惑でしょうか」
「あ! そういうね、それね! はは、
正重の勘違いという言葉に、また吉乃が少し嬉しそうに、照れくさそうに笑った。
あんなことがあったあとでの笑顔で、正重は心の
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