第10話「あの子、襲来」
なかなかのドタバタが続いたが、彼女は真面目で誠実で、その上に勤労意欲に
だが、
「これで来年からは、青色申告で
今日も今日とて、うららかな春の昼下がりに机へ向かう。
いつも以上に、書かねばならない伝票が多い。
そして、向かいの机でそれを手伝っていた吉乃が、顧客情報を印刷したリストを前に黙々と伝票を作成してくれていた。
まるで
その姿を盗み見ては、一瞬とは言えない時間を正重は
新人さんが美人な年上の女性……悪く、ない。
そう思っていると、伝票を書きながら吉乃が突然語りかけてきた。
「正重さん」
「ふぁっ、へい! ……な、なんでありましょうか」
視線が
突然のことで、変な声が出てしまった。
だが、気にせず吉乃は言葉を続ける。
「あの、この宅配便の伝票……前から思ってたんですが」
「ん、ああ。これはネットで注文を受けたものなんだ。実は、うちにはこの間飲んでもらった
「ああ、そうなんですか」
「かなりバカにならない収入でさ……単価も高いし」
「なるほど! ……でも、正重さん」
グッと身を乗り出して、
彼女が胸を揺らして机の上に乗り出してくるので、その優美な曲線にそって正重はのけぞった。
「送付伝票の作成……自動化、しませんか?」
「……へ?」
「手書きではスピードも正確さも不安が残ります。こんなに沢山の伝票、毎日書いてるなんて……もっと楽をしましょう!」
「は、はい」
吉乃はちらりと、机の
最新鋭ではないが、店の仕事には十分過ぎるカラープリンターである。
「さっきメーカーのサイトで調べましたが、こちらのプリンターで……伝票、印刷できます」
「へ? つまり……?」
「注文を受けたものをパソコンに入力し、それを印刷して、手書きで送付伝票を作る……手間も時間もかかります。でも、パソコンに入力したものを、直接印刷すればいいんですよ」
そうは言うけど、と正重は宅配便の伝票を拾い上げる。
こう見て、意外と伝票というのは書式が
住所等は長さも違うし、
そのことを素直に伝えたら、吉乃はニッコリと
「今晩だけ、一晩時間をください。あのプリンターで一気に印刷できるようにします!」
「えっと、それは」
「今あるアプリで書式を作って、データをリスト化した物をそのまま……今夜中にできるようにしますので!」
「あ、いや……急ぐ必要は。でも、それってできるんですか?」
「可能です」
夢のような話だ。
正直、この宅配便の送付伝票を書くのは、しんどい。
しかも、
だが、
正重がそうした酒を仕入れるルートは、大きく分けて三つ。
まずは、地道な営業で開拓した
特に、父は時々とんでもなく上物のワインや洋酒を送ってくる。
これがあるから、遊び歩いてる父を悪く言えないのだ。
「じゃ、じゃあ、まあ……お願いしようかな。とりあえず今日の分は俺が書くから」
「はいっ! ふふ、よかった……少し、お役に立てそうですね」
「とっ、とんでもないですよ!」
「そう、ですよね。このくらいで役に立ってるなんて……でも、嬉しいです」
「そういう意味じゃなくて……少しとかじゃなくて」
自分がこんなに、日本語の不自由な男だとは思わなかった。
野球に一直線だった時代から、コミュニケーションは言葉ではなく声だった。声を出せば自然と、その響きが意志を伝えあった。
そういう世界にいたのも、今は昔である。
早速吉乃がパソコンに向き合いだした、その時だった。
自宅の方から店舗を通じて、姉の
「ちょっと、マサ君! もうすぐ
「あ、そっか。もうそんな時間か」
吉乃も手を止め、「そういえば、そうですね」と立ち上がった。
もうすぐ常連客で店内は一時的にごった返す。それを最初に見た時の、吉乃の新鮮な驚きの笑顔を正重はよく覚えていた。
だが、宅配便が午後の集荷に来る時間も迫っている。
「正重さん、私が店番をしますね。伝票も半分は、あっちで書きますから」
「あ、じゃあ……半分は無理でしょ。これくらいは俺がやるよ。ごめん、頼めるかな」
まだ50枚程あるが、その大半を正重が引き受ける。
リストもペーパーナイフで切って、10件程吉乃に任せることにした。
時間は今、午後の2時を回ったところである。
これから夕方にかけて、実はリカーショップトノサキは混雑するのだ。それはもう、吉乃くらいのバリバリの元キャリアウーマンでなければ、とても
そして、正重は知っている。
吉乃は片手間で仕事をするような女性ではない。
店番も伝票もキッチリやってくれる、だからその負担はなるべく減らすべきだし、甘えるところは甘える。そうして再び正重は机に向かった。
「でも、そっか……伝票をプリンターで印刷。思いもしなかった。そんなこと、できるのか」
考えてみれば、入力して印刷して、それを見ながら手書き……これは二度手間、三度手間だ。そして、吉乃が見事なイノベーションでそれを解決してくれるらしい。
やはり、彼女のような人材を迎え入れてよかったと正重は思う。
「でも、今夜中にって……それは無理だよなあ。何であんなに、ガンガン働こうとするんだろう。楽したくない、って訳じゃないよな? 印刷するやつ、作るって言ってたし――」
その時だった。
突然、店舗の方から甲高い声が響く。
それは、正重のよく知る少女のものだった。
「ちょっと! あなた、何なの? マサ君のお嫁さん!? こんなの聞いてないわっ!」
「あ、あの、えと……すみませんっ! ごめんなさいっ! 私は、まだ、新人で、えと」
「アルバイト? そう! でも、あなたみたいな地味な人、マサ君にはふさわしくないわっ!」
やれやれと正重は、机に両手を突いて立ち上がる。
実は正重にも、こんな
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