第6話「繋がる、連なる、続いてく」
時間が止まったかのような、一瞬のふれあい。
鳴り続ける黒電話のベルだけが、永遠に続くかに思われた。
だが、正重はその奇妙な
「あっ、す、すみません!」
思わず手を放してしまった。
異性に触れるなど、姉以外では初めてだったかもしれない。野球部にもマネージャーはいたし、クラスに仲のいい女子もいた
異性を意識すること自体、もしかしたら初めての可能性すらあった。
吉乃は何も言わずに
「はい、こちらリカーショップトノサキでございます」
綺麗な、とても落ち着いて静かな声だった。
吉乃はすぐにペンを手に、メモの準備をしながら受話器へ耳を
だが、その時……さらなる衝撃が正重を襲った。
吉乃は電話なのに、丁寧に軽くお辞儀をしながら言葉を続ける。
「いつもお世話になっております。外崎正重でございますね? 少々お待ち下さい」
突然の、呼び捨て。
自分のフルネームを、吉乃は
普段のどこかおどおどとした、内気な雰囲気は感じられない。堂々としていて、
そして、吉乃は自分のことをフルネームで呼び捨てにしたのだ。
突然のことで理解不能、思わず正重は固まってしまう。
「え、あ、お……おう? え、待って、待とう。……距離、近いの? そう、なの?」
正重は、こんな小さな酒屋でビジネスマナー云々をうるさく言うつもりはない。しかし、ビジネスマナーに関しては全くの
アットホームな職場を心がけようと思っていた。
でも、アットホームどころか、メイクホームな雰囲気が生まれた気がした。
そしてそれが、勘違いだと今は気付けない。
「正重さん? あの、正重さんっ。お電話です、けど……」
受話器の口を手で
あれ? 今度は『正重さん』だ。
我に返った正重は、慌てて受話器を受け取った。少し混乱していたが、自分に平静を言い聞かせて電話に出る。チラリと見たが、吉乃は何事もなかったかのように自分の作業に戻っていった。
そして、聴き慣れた声が響く。
『いよう、マサちゃん! 何?
「ども、
『本当かい? へへ、いいんだぜ……俺とマサちゃんの仲じゃねえかよ!』
「……どんな仲ですか、どんな」
電話の相手は、
だが、こうして源さんが電話をしてくることは珍しくない。
『実はな、マサちゃん。急な頼みで悪いけど、魔王ってあるかい?』
「魔王、ですか。ちょっと待って下さい、ええと」
昼を過ぎても正重達が事務所にいるので、姉の
魔王とは
すぐに涼華は、倉庫へ走ってくれた。店舗内に
そして、涼華はあっという間に走って戻ってきた。
「ごめん、魔王ない! 勇者に倒されたかも! なんてな、わははっ!」
「いや、ないから……ないから、
再びスマートフォンが鳴る。
着信のメールの、
同業者の一件から、在庫アリとのメールが届いたのだ。
「悪いけど、うちじゃなくて
『ガハハッ! 今夜、
「あー、なるほど。一応、メールで我満さんにも一言入れとくよ」
『おう、ありがてえ! ちょっとひとっ走り行ってくらあ!』
唐突に電話は切れた。
涼華は何事もなかったように昼飯の話をし始めたが、吉乃はしきりに目を
「あ、あの……正重さん。魔王、って? あ、お酒の、銘柄……? でも、在庫はないんじゃ」
「うちにはね。ただ、この小さな町に個人営業の酒屋は12件ある。全部、互いに
「はあ……す、凄いですね。でも、売上が別のお店に」
「いいのいいの。別のお店にないお酒が、うちにあるかもしれないし。こうすれば、無駄な在庫を抱えず自然と住み分けできてるんだってさ」
ウンウンと腕組み頷く涼華は、
そして、正重は逆に吉乃に問いかけようとして……そして、言葉を飲み込む。
突然、呼び捨てにされた……呼び捨てで呼んでくれた、その意味は? もしかしたら、この短時間でも少しだけ、彼女の初日の緊張を
それにしても、吉乃の電話対応は
――言葉遣い?
ああ、とようやく正重は悟った。
何となくだが、
「あの、吉乃さん」
「は、はいっ」
「電話……」
「ああ、すみません! すみません……つい、鳴ったので手を伸ばしてしまいました」
「いや、ありがと……で、さ。もしかして社会常識的に、自分の会社の人間は、例えば上司や
「ああ、そうですね。係長や部長といった役職もつけず、呼び捨てるのが礼儀としては正しいと思います。あと、同姓の混同を避けるためにフルネームで」
「だよ、ね……それだけ、だよね。そっか、はは、ははは……」
馬鹿みたいだ。そして、実際に無知だった。なんてことはない、正重が知らないビジネスマナーだったのだ。それに対して、あまりにも
少し恥ずかしい反面、今も耳の奥に吉乃の優しげな声が反響してる気がした。
すると、
「よしのん、こいつさ……普通に普段から呼び捨てでもいいよ? まだ18のガキだしさー」
「い、いえっ! 正重さんは、その、副社長さんですし。それに……」
「それに?」
「……歳は、関係ないです。こんなに頑張ってて……もう、一人前の男性です」
少し気恥ずかしそうに言って、吉乃が笑った。その微笑みが、
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