第3話「仕事準備、完了」
いつもの居間のちゃぶ台に、今日は初めての人がいる。
お客さんというか、新しい従業員だ。
姿勢がいいし、
だが、彼女は
姉の
「ねね、よしのん! 何か……テレビ、珍しい?」
「へっ!? あ、いや、えと、その……この時間、テレビ見てるの……不思議、で」
「なにそれー、ふふ。駄目だぞっ! 社会人たるもの、ニュースくらい見ないと!」
因みに涼華が毎日見てるのは、ややバラエティ寄りのニュース番組だ。朝はどこのチャンネルも、最新のニュースが行き交い話題に満ち溢れていた。
だが、まるで子供のように吉乃は見入る。
それこそ、初めて朝のテレビを見た人間のようだ。
「ちょっと、いっつも思うんだけどさ? マサ君、お行儀悪い。新聞読むの、やめなよ」
「いや、ちょっと待って……一応さ、お得意さんとかとの話題作りとか……あと、プロ野球のニュースくらいは」
「まだ開幕してないでしょ」
「キャンプとかさ、それと他にも色々と」
涼華は昔から、家事だけは
母親が早くに出ていったから、そうならざるを得なかったのだろう。
「ねね、よしのん。味、どぉ?」
「あ、はい……凄く、
「でしょー!」
「えと、まず……温かいです。それに、手作りで」
「もー、味とかは?」
「味もあります、その……こ、こんな朝食、初めてで」
「またまたぁ、大げさなんだから」
不思議な違和感があった。
テレビに気を取られながらも、吉乃はせっせと食事を口に運ぶ。そして、えもいわれぬ幸せそうな顔をするのだ。
白い肌を
だが、吉乃は遠慮がちにしながらも朝食を全て平らげた。
「ごちそうさま、でした」
「はーいっ、お
「あ、ゴメン」
急いで味噌汁をかっこみ、味わう間もなく飲み込む。
だが、そんな正重の隣で、吉乃は自分の
それは、小さなペットボトルのミネラルウォーターと……白い紙袋だ。封筒サイズのそれから、
そういえば、面接の時に健康状態の話をしなかったのを思い出した。
どこか
ただ、まるで
「あっ、ちょっと! よしのん、何座?」
「えっ? あ、えと、確か……4月18日生まれなので」
「へー、もうすぐ誕生日じゃん? で、
丁度今、朝のニュースで星座占いが始まったところだ。
涼華はこれが好きで、毎日一喜一憂している。
女性アナウンサーが、下から順に今日のラッキー星座ランキングを読み上げていった。因みに正重は
いいえ私は蠍座の女、なんて歌って上機嫌なのが、涼華という人だった。
「おおっ、牡羊座一位っ! 圧倒的に、一位だよ!」
「こんな番組、やってたんですね……その、初めて、見ました」
「またまたー」
テレビではラッキーアイテムがどうとか、今日の仕事運の話をしてりしてる。
それを聴きながら、涼華が朝食の後片付けを始めた。
やっぱり同世代の女性同士、吉乃の雇用は正解だったかもしれない。ちょっと妙なとこがあるが、物静かな吉乃を姉も気に入ったようだ。それに、誰にでもおせっかいで
「さて、じゃあ少し速いけど仕事を始めますか。いい? 染井さん」
「は、はいっ! あの、ごちそうさまでした! お姉さんも、本当にありがとうございます。私、朝ごはんを座って食べるなんて、その、久しぶりで」
「なにそれー、ふふ。いいのいいの、気にしないで。あたしも手伝うけど、お仕事がんばろ!」
涼華はいつもの調子で台所へと去っていった。
そして、正重は吉乃を連れて再び店舗の中を突っ切る。その先の倉庫脇に、事務所として使っているスペースがあるのだ。
そこには、ちょっと古いけどパソコンが机の上にある。
「早速だけど、染井さん。
「はいっ! が、頑張ります!」
「あんまししゃかりきにやらなくていいから。あと、他の仕事もおいおい」
大きく
正重は、まずは店の雰囲気に慣れてもらえればと思った。確定申告も来年の話だし、帳簿だけやってもらう訳にもいかない。でも、最初はこんなもんだろうと考えていたのだ。
だが……突然、吉乃はキーボードに手をおいてマウスを握り、
「あ、結構いい
「……ん、まあ。その、よくわからないけど」
「とりあえず、今ある伝票を入力しちゃいます。それで、まずは帳簿をデータとして作りますね。それと……少し、使いやすくしてもいいですか?」
「あ、はい……その、お願いします」
不思議と正重には、吉乃がイキイキして見えた。
彼女は、あまり正重が触らないようなソフトも起動してチェックしながら、一言断りを入れてくる。何でも、作業環境がどうとか、設定の変更がどうとか。
やりやすいようにどうぞ、と言ったその瞬間だった。
彼女はキーボードをズダダダダ! と歌わせながらマウスを操る。
見たこともない画面やウィンドウを何度も経由して、どうやらパソコンは生まれ変わったようだ。そして、満足げな吉乃が振り返る。
「あの、正重さん……裏帳簿、本当にいいですか? かなりのもの、できますけど」
「や、それは
「
「……マジ?」
「はいっ、マジです!」
「ま、裏帳簿はいらないけど、気付いたこととか何でも言って。正直、節税なら助かるから」
時計を見れば、ちょうど九時になるところだ。
そろそろもう一人の従業員も出勤してくる。
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