第2話「自宅で店舗で、彼女には会社で」
また、あの夢を見た。
最後の甲子園、その切符を得るための最後の試合。
そして、
マウンドに
地区大会の決勝戦での、逆転負け。
律儀にその一部始終を再生して、夢は終わった。
「……またかよ。ったく」
ベッドを抜け出て、部屋の時計を見る。
まだ七時だ。
実家を
スマホを手にとって、まずはメールを確認した。
「オヤジからの連絡はナシ、と……」
正重は姉と二人暮らしで、社長の父親はずっと家を空けている。
だから、家を継いだ正重が若干18歳で副社長なのだ。
従業員は配達を担当してくれる人が一人……そして、今日からは二人だ。
先日面接して採用を伝えた、
「やれやれ、これで帳簿とのにらめっこからも解放される、か」
自室を出て階段を降りると、台所に立つ姉の背中が見えた。
味噌汁のいい匂いがして、はやくも食欲が腹の底から湧き上がる。
軽く挨拶を交わして、そのまま繋がった店舗の方へと正重は歩いた。つっかけのサンダルを履いて、無数の
姉がいつも新聞を事務所に放り込むので、取りに行ったのだが――
「あ、え、お、うっ……あのっ! おはようございますっ!」
何故かそこには、吉乃の姿があった。
初めて会った時と同じ、長い
カジュアルな格好でいいと伝えてあるので、今日の吉乃はジーンズに
白い肌を浮き立たせるように、黒いシャツに黒いジーンズ。
どこまでいっても地味なモノクロームの吉乃がぎこちなく
「……なにしてんの、ええと……染井さん」
「あ、はい! 私、新入社員ですし……まず、
「あ、そう……何で?」
「だって、新人ですから!」
見れば、やたらと机も床もピカピカだ。
聞けば、正重の姉が店のドアを空けてくれたのだという。
まだ少し寝ぼけているが、正重はぼんやりと吉乃を見詰めた。
リカーショップトノサキは、就労規則や社員のアレコレに関する取り決めはない。正確には、個人事業主としてそれらのルールがあるのだが、細かくやってる
掃除は気付いた時に正重がやってたのである。
「あー、うん。ええと」
「あっ、他に何かないですか? え、えと、副社長っ!」
「……うーん、まずその副社長っての、何か、ちょっと」
「す、すみませんっ」
また、謝った。
今日も吉乃は「すみません」を口にする。
やれやれと頭をバリボリかきながら、パジャマ姿のまま正重は言葉を選んだ。
「出社、九時でいいですよ。タイムカードはそこにあるんで。掃除や洗い物は、適当に……何か、新人がやるって決まり、あるんですか? その、普通の企業だと」
「私はそう教えられたので……誰よりも早く来て、全員の
「……始業前に?」
「はい」
「勤務外の時間ですよね……あの、手当とかは」
「ない、ですね」
意外と外の世界は
だが、確かに綺麗になった事務所は気持ちがいい。
でも、
「ま、今度から朝はゆっくりでいいんで」
「えっ! そ、そうなんですか?」
「朝早いと、大変でしょう。俺も、この通りまだ起きたばかりだし」
「じゃあ、もしかして……重役出勤していいんですか!?」
「は? いや、九時までに来てくれれば」
「始業ギリギリまでなんて、
身を乗り出してしまった吉乃は、
いったい、彼女はどんな会社に勤めていたのだろう?
確か、すごーく有名な企業だ。
日本で知らない人はいない、多国籍な大企業である。
そして、思い出す。
意外とブラックな企業として有名だったかな? と。
そんなことを考えていると、背後で声がした。
「ちょっと、マサ君? 朝ごはんだけど……ねね、よしのんもどう?」
振り向くと、エプロン姿の姉がいた。
吉乃とは対象的に、地味な部屋着でも一種不思議な
「え、えと、私は……その、社員ですし。……よしのん?」
「染井吉乃だから、よしのん! いいわねえ、あたし好きよ? 綺麗な名前じゃん」
「あ、はい……すみません」
「朝はしっかり食べないと働けないわよ? ほら、マサ君もこっち来て!」
それだけ行って、住居の方へと姉は戻っていった。
あれが外崎家の家事一切を取り仕切っている、
「えと、じゃあ……染井さんも飯、食べてよ。これ、業務じゃないけど……手当もでないけど、頼める?」
「は、はひっ! じゃあ、あの……すみません、
「うんうん、あと俺のことは副社長じゃなく、正重とかって呼んで」
「わかりました……正重さん。あ、あのっ! じゃあ……私も」
「普段は何て呼ばれてるの? あ、馴れ馴れしくてごめん、普通に染井さんでも――」
だが、平然と吉乃は
最初、意味がわからなくて正重は目を点にしてしまった。
「ええと……『おい』とか『こら』とかですね。あとは、『この野郎』『馬鹿野郎』とか……酷いですよね」
「ん、んっ!? ……何それ、酷いっていうか」
「馬鹿はともかく、野郎って……私、これでも一応、仮にも女の子なのに」
「そっちかよ! ってか、一応も仮もなく……おっ、女の人でしょうって」
それも、美人の女性だ。
何だか
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