ザイセ
ノブ
■
「サササ」
その巨大な身体に似合わない素早い速度で俺との距離を詰めてくる。
右手のハサミか、左のハサミか。または背後に潜むシッポの毒針か。
そもそも毒針なのだろうか。ヤツも、魔力は自由に配置できるはず。
どの部分で攻撃を仕掛けてくるか警戒しつつ、全身に魔力を込める。
水か風の魔力で攻撃を受け流すか、または石の魔力で受け止めるか。
「ササッサ!」
右のハサミが動いた。ブウンと円を描きながら側面から迫ってくる。
どのぐらいの威力か把握するためにも、まずは水で確かめてみよう。
水の雰囲気をイメージしながら、全身の魔力を瞬間的に変化させる。
身体が水に変わると同時に、巨大なハサミが体内を通過していった。
バシャリと震えた振動の強さから相当な破壊力の持ち主だとわかる。
「サササ……」
今さっき食らった右ハサミには、雷の魔力が込められていたようだ。
かすかに残るしびれを薬草をイメージした木の魔力で治療していく。
ジツヒオ、シウオ、ゴタフ、ニカ。シシ、メトオ、ビンテ、リソサ。
順当に八体目まで来たのだ。このサソリの魔物も必ず倒してみせる。
百年に一度生まれる、12の魔力の全てを宿す人間としての宿命だ。
「サッサッサ」
気の抜けた声のリソサに向かって走り出す。今度は俺からの反撃だ。
キーンと耳に突き刺さる感覚を乗り越え、全身を音の魔力で満たす。
音速で接近してブブンと振り回す左右のハサミをくぐり抜けた先の。
地面を蹴り真上に高く飛び跳ねた頂点で、音の魔力を急速変換する。
ビリリとした痛みを乗り越え、雷の魔力を右手の指先に集めていく。
さっきのお返しだ。俺なりに作った特大の電撃をお見舞いしてやる。
電気を通さない石の魔力で防御される前に落雷させようとした瞬間。
こちらに頭を向けていたリソサの、閉じていた両目がカッと見開き。
「ササーサ」
目が不気味に光った、と思った瞬間。視界がすべて暗闇に包まれた。
油断していた。闇の魔力をここまで的確に、素早く発動できるとは。
電撃攻撃は一旦中止だ。風の魔力を込め姿を消しつつ地上へ逃げる。
フワリと地面に着地すると同時に急いで光の魔力を目に集中させる。
ハッキリ目が見えるようになるまで、急いでも1分はかかるだろう。
薄暗い視界の中、巨大なサソリがカサカサと凄い速度で迫ってくる。
何とか時間稼ぎをしなければ。八本の足たちがかすかに目に入った。
あの足たちをうまく止める事ができないだろうか。いちかばちかだ。
腰を落として、地面に手をつき。氷の魔力を手のひらに集中させる。
体内にある魔力を外に放出する瞬間には、かなりの激痛をともなう。
ヤツも目に相応の傷を負ったに違いない。ある意味、これはお礼だ。
「サッ……ササ……ッ」
強烈な氷の魔力は手のひらを中心に地面の上を放射状に伸びていき。
見事、リソサの八本の足たちをガチガチに氷づけにする事ができた。
うまくいったが、自分の両足もガチガチに氷づけになってしまった。
焼けつく痛みを乗り越え、火の魔力を足に重点的に集め氷を溶かす。
ヤツも同じ事を考えたのか、足たちの氷がジワリと溶け出している。
そうこうしているうちに1分は経ったらしい。ハッキリ目が見える。
リソサも完全に氷が溶けたらしい。反撃開始だ。今度は油断しない。
音の魔力で音速で飛びかかり、石の魔力の両腕で全力で殴りかかる。
「サササッ!」
ブブブンと左右に襲いかかるハサミを水や風の魔力でかわしながら。
何度目かの石打撃を当てた瞬間、両方のハサミが粉々に砕け散った。
ハサミを壊された事にとまどっている今がトドメを刺すチャンスだ。
右腕に力を込め、弱点である身体の中心部分を狙おうとしたその時。
足に激痛が走ると共に視界がグワンと回り、目の前が二重になった。
やられた。下を見ると、地面が薄く透けて見える半透明のシッポが。
風の魔力をシッポに集め、透明にして死角をついて刺してきたのだ。
またもや油断してしまった。地下八階まで来たのにもうここまでか。
「サ……サ……サ……」
絶望の表情の俺へのトドメの毒針を構えたヤツが突然、苦しみだす。
危ないところだったが、毒の魔力の発動が何とか間に合ったようだ。
「サ……」
何が起きたのかわからない、といった顔で巨大なサソリは息絶えた。
わからないはずだ。水の身体を殴った時に毒が仕込まれていたとは。
百年に一度生まれる、12の魔力の全てを宿す人間。そしてさらに。
二種類の魔力を同時に発動させられる存在。それが自分らしいのだ。
伝説、神話の世界だけのものと思っていた13番目の魔物なる存在。
自分の力量で、そんな神のような魔物を倒す事ができるのだろうか。
それでも何とかなるんじゃないか、倒せるはずと思える自分がいる。
土の魔力で毒を分解中和すると同時に、木の魔力で身体の傷を治す。
何千年も続いているのだ。きっと今回のザイセも成功できるはずだ。
ザイセ ノブ @nobusnow198211
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます