タイトルをめぐる十人十色

 ここは、街外れにあるとある美術館。

 美術館に雇われた私の仕事は、展示されている美術品の横に立ち、監視をすることだ。

 

 今日、私が担当する美術品は、大きなキャンバスに描かれた1枚の絵。

 そこには、抜けるような青と白い線が広がっていた。

 なんでも、今日から展示を開始した作品らしい。

 

 周りの美術品には展示スペースの前に、作者名とタイトルが書かれた紙が掲示されているが、この作品には作者名がラリーと書かれているが、タイトルが書かれていなかった。

 

 ちなみに、私は美術品を見る目がないので、この絵は何を表しているのかはわからなかった。

 

 美術館の開場前に、1人の若者が挨拶をしてくれた。

 聞くと、この絵の作者である、ラリーらしい。

 

 普通、作者は常に美術館にはいないが、ラリーは、鑑賞者の反応が気になるのか、開場後になると、遠巻きにこちらの様子を伺っていた。

 

 ラリーが見守るなか、1人目の鑑賞者が現れた。

 オシャレな服がよく似合う老夫婦だった。

 

「いやぁ~これは綺麗な空だね」

「そうね。まるで、秋の空のようだわ。白い線は雲かしら」

 老夫婦はそういうと、次の美術品へと向かっていった。

 

 私がふとラリーの方を見ると、ラリーは反応を貰えて嬉しいのかと思えば、呆気に取られた顔をしていた。

 

 次に現れたのは、若い夫婦だった。

 若い夫婦は、絵を一目見ると、


「これは海の絵だね!キャンバスの大きさは広い海を表しているんだ」

「本当だわ。白い線は波の色ね!これを見ていたら去年の夏に行った海を思い出しちゃった。今年も海に行きたいわ」

「ああ、もちろん。今年も行こう」


 そんな話をしながら、若い夫婦は次の美術品に向かった。

 

 私は再びラリーを見た。すると、今度はなぜか寂しそうな顔をしていた。


「鑑賞者の感想は嬉しくないのかい?」

 私は、少し離れたラリーにそう言った。

 

 そうするとラリーは、自分の絵へと近づいてきてこういった。

 

「これは川の絵なんです。白い線は川の流れを表現しようと思って……」

 ラリーは、残念そうな顔でそう告げた。

 

 なるほど。川のつもりで描いた絵を、空だ海だと言われたから嬉しくなかったのか。人の感じ方は十人十色というけれど、こればかりは本当の様だ。

 

「なら、タイトルをつけてみればいいんじゃないかな?」


「良いタイトルをつけようと思って悩んでいたら、展示する日になってしまって。結局良いタイトルも思い浮かばず、展示している間に考えてくれって言われました」

 

「なるほど、良いタイトルが思いつくといいね」 

 私は、出来る限りの返事をした。

 

「だけど今、この絵のタイトルを思いつきました」

 ラリーはそう言うと、ポケットからペンを取り出し、タイトルの紙にこう書いた。

 

≪タイトル:僕のこころ≫


「ラリー、これはどういう事だい?」 

 私は意味が理解できずにラリーへと尋ねた。

 

「この青色は、理解してもらえなかった僕のこころの色さ」

 ラリーはなぜかスッキリとした顔でそう言った。


 ――なるほど。これだから芸術はわからない。

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短編小説の練習 彩森いろは @I-iroha

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