天才ミュージシャンの挫折とこれから

【1.才能の持ち主、エトワ】


 街の歓楽街の隅にある小さなライブハウス。

 超満員の客席は、外の大通りへ歓声が漏れ聞こえる程に盛り上がっていた。

 

 光るライトがステージの上の俺を照らす。

 右手には白色のピック。

 左手は長く伸びる6つの弦を押さえている。

 俺が動く度に、抱えている黒色のストラトキャスターは反射した。

 

 俺の名前はエトワ。

 インディーズバンド「キャトルセンズ」のギターを担当している。

 この名前を聞くと外国人に思われるかもしれないが、もちろんこれは芸名だ。

 キャトルセンズは、インディーズバンド界隈でも有名な方で、ギタリストのエトワと言えばこの辺では有名だ。

 

「今日もお疲れっしたー!」

 ライブが終わり楽屋に入るなり、金髪がトレードマークのメンバー最年少18歳のドラムのダイチがそう言いながらソファーへとダイブする。

「ああ、お疲れ!」

 ベースで、リーダーも務める25歳のタカトは手に持った水を飲み干してそう言った。

「今日もいいライブだったな」

 ボーカルでギターのソラは同い年の22歳であり、キャトルセンズのフロントマンだ。ルックスは世に言うイケメンで、その顔に流れる汗を拭いながら椅子に座った。


「エトワさんのファン今日も多かったですね」

 ソファーで寝転んだダイチがにやけ顔を俺に向けた。

「お前のソロの度にファンがキャーキャー言うんだもんな。まったく、嫉妬しちゃうぜ」

 タカトも俺の方を見て冗談めかしてそう言った。。

「恥ずかしいからやめてくれ」

 俺がそう言うとメンバー全員が笑った。

 

 それと同時に楽屋の扉が音を立てて開いた。

「お疲れちゃーん」

 そういうとスーツ姿の男が楽屋へと入ってきた。

 

「あれ、千崎さん。今日来られてたんですか!?」

 タカトが千崎を見るなり立ち上がってそう言った。

 それを見るなり全員がその場で立ち上がる。

 

 千崎トシヒロ。40代のダンディーな男は、音楽業界では有名人だ。

 業界大手のレコード会社に勤め、数々のインディーズバンドを発掘、プロデュースし、ヒットへと導いているいわばヒットメーカーだ。

 数年前から時々俺達のライブを見に来てくれている。

 

「今日も最高のライブだったねぇ。ちょっと話いいかな?」

 そういうと千崎さんは扉から一番近い椅子へと座った。

 

「はい。大丈夫です」

 タカトはそう言うと、椅子に座り直した。


「キャトルセンズってメジャー目指してるんだよね?」

 千崎さんはそう話を切り出す。

「はい。ゆくゆくはメジャーでやりたいと思っています」

 タカトは千崎さんの目をしっかりと見て言い切った。

「うんうん。そうだよね。音楽をやる身としては当たり前だよね」

 千崎さんはうなずきながら言う。

「実はね、キャトルセンズを僕のプロデュースでデビューさせようという計画が上がってて、今日はその為の確認をしようと思ってね。でもそれを聞けて安心したよ」

「本当ですか!?俺達も嬉しいです」

 タカトはそう言いながら俺の顔を見る。その顔は何よりも嬉しそうな顔だった。

 

「近いうちに、正式な話をしに来るよ。それじゃ今日は失礼するよ」

 千崎さんはそう言うと、立ち上がり楽屋を後にした。

 

「「「よっしゃあぁー!!!!」」」

 楽屋からメンバーの声が響いた。

 

 いつもなら、ライブに終わった後はメンバー揃ってご飯に行くのだが、今日はここで解散という流れになった。

 一番最後に楽屋を出た俺は、少し前まで熱気を帯びていたステージへと向かった。

 

 ステージ向かって右側。それが俺の定位置だ。

 俺はその定位置に立つと、ふと考えた。

 

 俺は、バンド仲間やファンから、とてつもないギターの才能の持ち主だと言われ続けてきた。

 ギターの音作りからテクニックまで、ギターに関しての技術はそこら辺のギタリストに負けていると感じたことは無い。

 子供の頃から家にあったギターを触り、高校時代は地元の仲間とバンドを組んで、地域のバンドコンテストで優勝もした。

 大学には行かず、高校卒業と同時に地元を出て、この大都会でメジャーデビューを夢見てバンドを続け、4年目でやっとメジャーデビューが見えてきた。

 俺は小さい頃からギターに関しては誰よりも努力をしてきたつもりだ。

 何百回、何千回と練習したフレーズやリフもある。

 でも、努力だけでは誰しもメジャーデビューすることはできない。

 努力以外に決定的な何かがあるのだと。

 

 俺は心の中で、こう思い始めていた。

 努力だけでは足りないのではないか。

 結局最後に勝ち残る人間は、運、そして才能がある人間なのではないかと。

 

 先ほど夢の様な現実を味わった反動か、そんな残酷な現実を考えながらステージを降り、ライブハウスを後にした。

 

「メジャーデビューか……」

 まだ実感は湧かない。

 帰り道、歩きながら俺はずっと考えていた。

 

 誰よりも努力はしてきたつもりだし、客観的に見てもキャトルセンズは良いバンドだ。

 メジャーデビューはそれぞれのメンバーは才能を惜しみなく活かし、そして努力をして勝ち取った結果だ。メンバー4人が出会えたという意味では運もあったのだろう。

 

 ――でも、その運は俺には無かった、あるいは足りなかったのかもしれない――。

 

 気付いたら俺はベッドで寝ていた。

 でもそのベッドは家のベッドではなかった。

 

「気付きましたか。私の声が聞こえますか?」

 白衣を着た男性の声。

 その姿からここが病院だということが分かる。

 

 体を動かそうにもうまく力が入らない。

「俺は……どうなったんですか?」

 まだ虚ろな声で白衣の男へと聞いた。

 

「ここは病院です。あなたは事故にあったんです。工事現場に組まれた足場が崩れてあなたに直撃しました。ですが不幸中の幸いで、命に別状はありませんでした。今は緊急手術の麻酔が残っているので体が動きにくいと思います」

 白衣の男の話を聞いて、体に力が入らない理由はわかった。


「それで、俺の体はどんな状況ですか?」

 白衣の男へと再び聞いた。

 

「全身の打撲、右足の粉砕骨折、そして両腕の粉砕骨折です。背負っていたギターが盾になったんでしょう。腰や背骨の骨折はありませんでした。そこを骨折していたらもっと大変な事になっていたと思います」


「それで、この骨折はどのくらいで治りますか?」

 一番気になる事はそれだった。

 メジャーデビューという夢が目前まで迫っているのだ。千崎さんには事情を話して完治まで待ってもらえる様に頼んでみようと思ったのだ。

 

「半年あれば、骨折は治っていると思います。ただ……」

 白衣の男は言葉を濁した。

「ただ?」

 それについて俺は問いかける。

「リハビリの効果にもよりますが、後遺症が残るかもしれません」


 その言葉を聞いて俺は言葉を失った。

 

 病室にやってきた看護師から、俺がここに搬送されてきた話を聞いた。

 

 帰り道ビルの解体工事をしていた横を通った時に、鉄パイプなどを組み合わせた足場が崩壊したのだそうだ。そして、何本かの鉄材が俺に直撃した。

 たまたま居合わせた俺たちのライブを見ていたファンが救急車を呼んでくれたらしい。

 一言お礼を言いたかったが、一緒に救急車に乗ってきたファンは、俺の緊急手術が始まるタイミングで帰ったとのことだった。

 

 事情を聞いたあとは入院の手続きなどの話になった。

「着替えなどを持ってきてもらえる人はいますか?」

 看護師は淡々と話を進める。

「えっと……なんとかします」

 まだ現状に混乱しているのでうまく返事ができない。

 

 そんな話をしていると扉の外、廊下の遠くから足音が響きどんどんと近づいてくる。

 足音の数や速さから数人が走っているようだ。

 

 そしてその足音は俺の病室の前で止まると、勢い良くドアがスライドして開けられた。

 

「エトワ!大丈夫か!」「エトワさん大丈夫っすか!?」「……」

 そこには見慣れた顔。

 タカト、ダイキそして神妙な顔で無言のソラ。

 

「病院ではお静かに!」「「すいません!」」

 看護師に怒られるタカトとダイキ。

 

「なんで……ここが?」

 一番の疑問を3人へと投げかける。

「リョートさんがここだって教えてくれたんだ」

 タカトが答えてくれる。

 リョートさんは、俺たちが今日ライブをしていたライブハウスのスタッフだ。

 

 話を整理すると、リョートさんと現場に居合わせたファンは友達で、ライブ終わりに一緒に居たところ俺の事故を目撃したらしい。

 ファンは救急車に乗って、リョートさんはライブハウスに戻って3人へ連絡してくれたそうだ。

 

 それから俺の状態について3人に話をした。

 両腕と右足が粉砕骨折していること。背負っていたギターが盾になってくれたこと。

 そして、後遺症が残るかもしれないということは言えずじまいだった。

 

 3人と話していると幾分か気持ちが楽になったが、面会時間も過ぎていたし、まだ看護師の話が残っていたので、今日の所は3人には帰ってもらった。

 

「ゆっくり休めよ」「おやすみっす」「また来る」

 3人はそう言うと病室を後にした。

 

 次の日、主治医が病室にやってきて、詳細な病状を説明してくれた。

 しばらくは絶対安静なことと、骨の状況を見てリハビリを開始することを告げられた。

 

 数日後、3人と千崎さんが病室を訪ねてくれた。タカトからは、既に決まっていたライブは他のバンドからギターのサポートを受けて出る事。千崎さんからは、メジャーデビューの話は一旦保留してくれることが伝えられた。

 

 ギターは代役を立てて、メジャーデビューは保留。

 つまりは、今の俺にできることは治療に専念するということだった。

 

 それからはとても退屈な日々だった。

 絶対安静と言われベッドから動けなかった3か月。

 

 そして入院4か月目に入ろうかという時に、リハビリの開始を告げられた。

 

 リハビリを始めてからすぐに違和感に気づいた。

 両手の手首の可動域が狭くなっていた。

 簡単に言うと、以前の様に手首を自在に動かすことが難しくなっていた。

 

「久しぶりに動かしますから、最初の内はあまり動きませんよ。ゆっくりとやっていきましょう」

 リハビリを担当するスタッフにそう言われたが、心の中では納得できなかった。

 

 そこから1か月、リハビリに励んで、手首は少しずつ動くようになっていたが、俺の中にあった違和感は確信に変わった。

 以前ほどの動きがどうやってもできない。

 

「手首が動きにくいというのは、骨折の後遺症で間違いないと思います。この先リハビリを続ければ生活に支障がない位には回復すると思いますが、以前ほどに回復する可能性は低いと考えて下さい」

 骨の状態を確認するレントゲンを撮った後、主治医からそう説明された。

 

 病室に戻ってベッドの横に置いてあったエレキギターをケースから取り出す。

 このギターは、エトが数年前使っていたレスポールだ。

 俺が愛用していたストラトキャスターは事故でネックが折れて使い物にならなくなっていた。

 ソラが1人で見舞いに来てくれた時に、ギターがないと寂しいだろうからと置いていってくれたものだ。

 

 フレットに挟まれたピックを右手で取る。

 右膝にレスポールを乗せ、右手で6弦から1弦に向け上から下へとピックを動かす。

 手首に上手く力が入らず、ピックは3弦に引っかかってしまった。

 

 今度は左手でフレットを押さえてみる。

 左手でコードを押さえて、右手はピッキング。

 ――上手く音が鳴らない。

 左手に力が入らず、うまく弦を押さえられていないのか音がビビる。

 

 その日から毎日、何時間も確かめる様に弾き続けた。

 1週間、2週間とリハビリと並行して、ギターを弾き続けた。

 だが、鳴り響く音は、子供の頃ギターを練習し始めた頃の音に似ていた。

 

 そして俺は悟った。

 キャトルセンズのギタリスト、エトワはもう以前の様にプレイできない。と。

 

 絶望とはまた違う、言葉にできない想いが頭の中に広がった。

 こんな時、いつもならギターをかき鳴らして心を鎮めていたが、今はもうそれすら出来なかった。

 

 入院してから5か月を過ぎた頃、退院になった。

 お世話になった主治医と看護師にお礼を告げ、病院のロビーへ行くとそこには、キャトルセンズ3人の姿があった。


「来てくれてたのか」

 俺は内心嬉しかったが照れ隠しでぶっきらぼうに言った。

「当たり前だろ」

 タカトはニカっと笑った。

「飯にでも行きましょう!」

 ダイキは相変わらず元気だ。

「そうだな」

 ダイキの提案に同意すると、いつもライブ終わりに言っていたファミレスへと向かう。

 

 食事が終わって、3人から俺が居なかった間の出来事の話を聞いた。

 積もる話も一通り話終えた頃、俺は大事な話があると3人に切り出した。

 

「俺、キャトルセンズを抜けようと思う」

 俺がそう言うと、3人は黙り込んでしまった。

 

「どうしてだ」

 沈黙を破り、タカトは神妙な面持ちで俺に問いかける。

「リハビリをどれだけやっても、以前のようにギターが弾けなくなってしまった」

 俺はありのままを話す。

 

「本当なのか。それ」

「ああ。本当だよ。メジャーデビューしようってバンドのギターがロクに音も鳴らせないようじゃカッコ悪いだろ」

 俺は、精一杯の強がりで笑いながらそう言った。

「嘘だろ……」

 タカトは言葉を失った。

 他の2人も同じく言葉を失っているようだった。

 

 その日はファミレスで解散をした。

 

 数日後、3人と千崎さんを交えた話し合いで、正式に俺のバンド脱退が決まった。

 その中の話し合いで、キャトルセンズは3人組バンドとしてデビューし、ギターは、千崎さんのレコード会社に所属しているギタリストをサポートメンバーとして迎える形になった。

 

 他人から時には称賛され、時には羨ましがられた才能の持ち主は、ひっそりとステージから姿を消した――。

 

【2.十和田絵斗、これから】 

 

 バンドから正式に脱退がアナウンスされてからも、これと言って変わったことは無かった。

 インディーズバンド界隈の有名人なんて所詮はそんなモノといった所なのだろう。

 

 バンド脱退から数日後、俺は駅に居た。

 黒いキャリーケースを引きずって、ホームに入ってきた特急電車に乗る。

 俺は、指定された座席に座る。

 真ん中通路を挟んで、左右2列ずつに並んだシートの右側の通路側が俺の席だった。

 目的地までここから数時間の電車の旅だ。

 

「隣失礼します」

 発車を待っていた俺に、50代くらいの紳士が声を掛ける。

「はい。どうぞ」

 紳士は、持っていた切符に掛かれた座席の番号を再度確認すると、俺の前を通り過ぎ窓側の座席へと座る。

 紳士が席に座ってすぐに、電車は発車した。

 

 電車がホームを抜け、少しの揺れと共に走り出す。

 窓の外には、見慣れた都会の風景。

 少しずつ加速する列車とともに都会の風景が遠ざかっていく。

 

 もう……この街に帰ってくることはないな。

 流れゆく都会の風景を見ながら、心の中でそう呟いた。


「旅行ですかな?」

 紳士はその風貌に合った渋い声で俺に尋ねた。

「いえ。里帰りです」

 俺は、あるがままの事実を伝える。

「そうですか。実は私も里帰りなんですよ」

 紳士も里帰りらしい。

「一緒ですね」

 紳士の雰囲気も相まって、俺は妙な親近感を覚えた。

 

「お仕事は、都会でなされているんですか?」

 紳士が尋ねる。

「はい。都会で仕事をしていたんですが、先日、辞めたんです」

 俺がそう言うと、

「申し訳ない。言いにくい事を聞いてしまいましたかな」

 紳士はバツが悪そうな顔をしてそう言った。

「あ。いえ、お気になさらず」

 

 ――少しの間お互いに黙ってしまった。

 

「実は、私も、先日仕事を辞めたのです」

 紳士は再びそう切り出した。

「これも一緒ですね」

 親近感がより強くなる。

 

「私は、小さな会社でスーツの仕立て職人をしていたのです。ですが、先代の社長が病に倒れ、息子へと代替わりした途端、職人の若返りという名の下に職を追われました」

 紳士は優し気な顔に似合わず、瞳の奥に強い力を宿してそう言った。

「そうだったんですね」

 俺は最適な言葉が見つからず、相槌を打つだけになってしまった。

 

 紳士が自分の話をしてくれたので、今度は俺が自分の話をする。


「俺も、とあるバンドでギターをやっていたんですが、事故で演奏ができなくなってしまって。こう見えてメジャーデビュー目前だったんですよ」

 俺は苦笑いしながらそう言った。

 

「それはお辛かったでしょう」

 紳士は最適な相槌を打ってくれた。

 

「スーツの職人さんって、俺、初めて会いました」

「ふふ。こう見えても私の仕立てるスーツは人気があったんですよ。気に入って何度も注文してくれるお客さんもいましたね」

 紳士はどこか懐かしそうな顔をしてそう言った。

 

「凄い職人さんだったんですね」

「もう何十年もスーツを作っていますが、きっと私にはスーツを作る才能があったんだと思います。周りの職人仲間からは天職に就いたと言われましたね」


「天職ですか。ということは、里帰りをされた後もスーツ職人を続けられるんですか?」

 俺はそう尋ねた。

「いえいえ。道半ばでこうなったんですから、きっと天職ではなかったのでしょう。また新たな天職を探しますよ」


 俺は、紳士の言葉に心臓をギュッと掴まれたような感覚を覚えた。

 周りから認められ、天職だとも言われたのに、それでもなお、この紳士は前を向き歩き続ける。

 

 ――俺はこんな生き方ができるだろうか。

 どこからともなく現れたそんな考えに頭が支配され、返事が出来なかった。

 

 車内に音楽が鳴る。

「間もなく――お忘れ物にご注意ください」

 特急電車は、一つ目の駅に到着しようとしていた。

「それでは、私はこの駅で降りますので。楽しい時間をありがとう」

 そういうと紳士は立ち、電車を降りていった。

「ありがとうございました。お元気で」

 俺がそう言うと紳士はニッコリと笑って返してくれた。

 

 紳士と別れて、一眠りした頃には、電車は俺の降車駅に近づいていた。

 

「間もなく――お忘れ物にご注意ください」

 降車駅のアナウンスを確認して、降りる準備をする。

 

 車窓から見える景色は、懐かしい景色だった。

 

 駅を出ると、俺の帰らない5、6年ですっかり変わった故郷が迎えてくれた。

 

 高校を出てからメジャーデビューを夢見て大都市へ。

 当たり前だが、俺も、友人も、この街も歳をとる。

 

 地元に残してきた友人は今何をしているだろうか。

 俺の大都市行きを尊重してくれた親友は今も元気だろうか?

 

 こんな形で帰ってくるなんて、1年前では想像できなかった。

 人生は本当にわからないものだ。

 そんな当たり前の事を身をもって実感した。

 

 故郷に帰ってきて数日、燃え尽きた俺は、何をすればよいか思い浮かばなかった。

 

 気分転換に実家近くの公園に行くと、子供の頃遊んでいた遊具はもう何も残っていなかった。

 寂しくなった公園のベンチに腰を掛ける。

 休日ということもあってか、子供たちがサッカーをしていた。

 

 自分と対照的に元気な子供たちを見て、俺は今後について考えていた。

 

 生活は、事故の賠償金や、保険金が入ったのでしばらくは困らない。

 だが、問題は、この先、自分がどうしていけば良いのかという事だ。

 

 今までは、メジャーデビューという夢をがむしゃらに追っていた。

 しかし、ある日急にその夢がなくなってしまった。

 

 俺は、どうすればよいのか。

 そんな思いが頭の中でグルグルと巡っていた。

 

 俺はギターでここ何年も稼ぎ、暮らしてきた。

 俺が一番自信が持っていたのも、もちろんギターだ。


 しかし、今の俺はギターに自信が持てない。

 

「それじゃ俺に何が残る?」

「俺は大都市で何を得た?」

「俺は大都市で何をなしてきた?」

 

 それら全てが、この現実に否定される。

 

 大都市でなしてきた事と言えば、きっと誰かのお気に入りの音楽の1つとして、音楽プレーヤーにでも記憶されている事だろう。

 そんな俺の大都市での証は、今後の俺には全く役に立たないものだ。

 

「あれ?絵斗……??」

 

 公園のベンチで上の空の俺に、突然降りかかる声。

 俺は一瞬反応が遅れたが、声がした方へ顔を向ける。

 

「あっ……タツヒロか!?」

 そこには、俺の親友タツヒロの姿があった。

 タツヒロは、高校からの仲で、俺が夢を追って大都市へ出ると言った時、唯一背中を押してくれた。

 

「そうだよ!帰ってきてたんだね!」

 そういいながらタツヒロは俺の隣に座る。

 

 親友との再会は嬉しいものだが、俺はどこか複雑な気持ちだった。

 

「その調子じゃなんかあったみたいだね……」

 そんな俺の顔を見て、何かを察したようだった。

 

 タツヒロは高校で同じクラスになり、それ以来、高校時代はずっと一緒だった。

 心優しいやつで、本音で語り合える関係だ。

 そんなタツヒロには全てお見通しだったようだ。

 

「実は……」

 俺は大都会であった事を話す。

 タツヒロは真剣そのものと言った顔で聞いてくれていた。

 

「そんな事があったんだね……でも、絵斗が無事に帰ってきてくれて嬉しいよ」

 タツヒロは俺の無事を喜んでくれた。

 

 懐かしい顔に会えて安心したからなのか、帰る場所はここだと実感したからなのかは分からないが、なぜか心が少し落ち着いた。

 

「タツヒロは今何してるんだ?」

 今度は俺がタツヒロに聞く。

 俺の記憶が正しければ、タツヒロは高校を卒業して、地元の大手企業に就職していた。

 

「僕はね。療養中なんだ」

「療養中……??」

 俺はすぐに理解できなかった。

「前の会社で働いていてちょっとね……張り切り過ぎて心を擦り減らしちゃったみたい」

 自嘲気味に笑うその顔に、俺が知っているタツヒロの面影はなかった。

 

 何も言えない……。

 沈黙はダメだと思いながら言葉が出てこない。

 

「就職した企業で、僕は企画部に配属されたんだ。もともと何かを企画するのが好きだったし、自信もあったから本当に楽しくて、僕には企画の才能があるって色んな人に言われたよ」


 俺は、話を聞きながら、タツヒロは文化祭やクラス行事ではいつも企画側に回るヤツだったなと思い出していた。

 

「でも、ある時、自分の企画が上手くいかなくて、クライアントに損害を出してしまってね……その後、何とかなったんだけど、ショックが大きくて。心が折れて身体を壊しちゃったんだ」


 そう語るタツヒロの顔は晴れない。

 

「そんなことがあったんだな……」


「絵斗も僕も、人生生きてると色々あるね~」

 おどけた口調でタツヒロは少し笑ってみせる。

 

「まだ、人生を振り返るような歳じゃないだろ。それに、療養が終わればまたその企画力の才能を活かして活躍できるさ!」

 俺も笑って返す。

 

「そうだね。過去は振り返ったって意味はないよね。僕もこうなってから、過去は振り返らないことにしたんだ。もちろん、企画の才能があったということも振り返らないようにしているんだ。才能を捨てるのはもったいない気もしたけど、今は新しい才能を見つけようと思ってる」

 その時、頭の中のモヤモヤを吹き飛ばす一陣の風が吹いた。

 

「そろそろ僕は時間だから行くね。空いた時連絡するから、またじっくり話そう!」

 タツヒロは携帯で時間を確認すると、ベンチを立ち、小走りで公園を出て行った。

 

 タツヒロの背中を見送り、見えなくなった。

 その途端、頭の中に言葉が溢れてきた。

 

 俺は何を考えていたんだろう。大都市での生活なんて過去の話だ。

 得たもの失ったもの、そんなの考えなくたって、体は覚えている。

 必要な時に、それが発揮できれば御の字だ。

 

 天職に就いたと言われたスーツ職人は、また新たな天職を探すと言っていた。タツヒロは才能があると言われながら新しい才能を見つけると言っていた。

 

 なら俺はどうする?

 答えはもう決まっている。

 

 ギターの才能も、大都市での経験も、全て背負って生きて行く。

 だけど、もう振り返らない。

 

 本当に大事なことは、故郷に帰ってきた今ここに居る俺がどう生きて行くかだ。

 

 俺はそう決意して、ベンチの背もたれに背中を当てて、伸びをする。

 

 心も身体もうつむいてばかりいたからか気付かなかったが、目の前に広がる景色は、抜けるような青空と眩しい太陽が輝く、最高の景色だった。 

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