第9話

 森の中から続々と兵士たちが飛び出してきて、たちまち囲まれてしまった。数は十人ほどだろうか。


「見つけたぞ。ドブネズミども」


悠々と最後に現れた男が言った。


 毒々しいほどに輝く金髪を後ろに撫でつけながら、顔に冷酷な笑みを張り付けている。


 ケイネがオババとシェンを後ろ手に庇った。


「シェン、下がってなさい」


「ん?貴様、男たちを従えていた頭目の女だな。命を懸けて逃がしたというのに、結局こうなってしまうとは哀れなものだな」


 ケイネの胸を悲痛な思いがこみ上げてきた。


 あの人はもうこの世にはいないのだ。心に襲いかかってくる絶望を必死の思いで振り払う。


 シェン。私の大事な娘。せめて彼女だけでも守らなくては。


 その強い決意が龍槍を構えさせた。


 自分は助からなくてもいい。覚悟がすべての雑念を押し流し、心が刃に付き従うように鋭利に形を変えていく。


 髪が燃えあがる炎のように紅蓮に輝き、火の粉が周囲を舞う。


「ほう・・・その姿、聞いたことがる。貴様ら北の蛮族どもは龍の火から生まれたと自称しているらしいな。なかでも赤髪になれる者は人を超えた膂力を手に入れるとか・・・。おもしろい。その力、見せてみろ」


やれ。という命令で堰を切ったように兵士たちが襲いかかった。


 ケイネは右からくる兵士の振り下ろした剣を半身になって躱し、そのまま喉に穂先を突き立てる。

 

 崩れ落ちる体を肩で押しのけながら穂先をすばやく引き抜くと、近くにいた別の兵士の足を薙ぐ。


「あああっ!」


 裂帛の気合とともに龍槍が突き出され、痛みに膝をついた兵士の頭上を掠めるようにその背後にいた者の胸を貫通した。


 瞬く間に三人が命を落とした。凄まじい槍捌きに兵士たちは気勢を削がれ、たじろぐように二三歩後退する。


 そんななか前に出た者が一人だけいた。


「やるな。想像以上だ」


「ユリウス団長!危険です。お下がりください」


部下の警告を無視しユリウスは正眼に剣を構えた。


 軸の通った安定した構えだ。舐るような殺気がケイネの身体に纏わりつく。


 この男、強い。直感がそう告げていた。


 鼻孔から肚に深く空気を吸い入れ静かに吐息すると、ケイネの全身に闘気が漲った。


「はっ!」


 もういちど鋭い気合と共に槍を突き出す。


 その渾身の突きをユリウスはいとも容易く弾き飛ばしてみせた。勢いを殺さずに下りの斬撃を繰り出し、ケイネもそれに応えるように槍を操る。


 二人の攻防はまるで吹き荒れる暴風のようだった。


 部下の兵士たちはその激しさに呆気にとられたように立ちつくした。


「ふふふ、楽しいぞ。貴様の夫と殺りあったときよりなぁ。」


ユリウスはケイネの気を散らそうと言葉で挑発し始める。そして部下に目で合図を送りシェンの方を一瞥した。


 合図された兵士が弓に矢をつがえシェンに狙いを定めて引き絞る。


 オババがそれに気づいてシェンに覆いかぶさった。


「貴様の夫がどういうふうに死んだか聞かせてやろうか?どんなふうに命乞いをしたか。奴は哀れにも私の足元に這いつくばって・・・」


「だまれ!あの人は命乞いなんてしない!あの人は―――」


びゅっと風を切る音がしてケイネの顔の横を矢が掠めていった。


 放たれた矢はオババの背中に深く射貫く。激しい痛みと全身の力が抜けていくのを感じてオババは呻き声を漏らした。


 だが決してシェンから離れようとはせず孫娘を亀のように庇い続けた。


「お母さん!」


ケイネは思わず我を忘れ、悲痛な声で叫び敵に背を見せてしまった。


 その隙をユリウスは見逃さなかった。左手でケイネの肩を押さえつけ突進するような勢いで背中の心の臓のあたりに剣を突き立てた。


「がっ・・・あ・・・」


ケイネの胸から赤く染まった刃が飛び出している。傷口から血潮が迸り刃を伝ってザクロの粒のように血が滴り落ちた。


 シェンはまるで時間の流れが遅くなったように感じた。


 音のない世界で、まるで大木が斧で切られて徐々に倒れてくるように、母の身体が斜めに傾いていく。


 自分の悲鳴すら聞こえなかった。



 












 



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