第8話

「なに・・・あれ・・・」


 厄払いをおえたシェンは山を下りる途中、村のある方角から黒煙が立ち昇るのを見つけた。


 胸騒ぎがする。


 吹き抜けていく風が、ざわざわと囁く木々が、なにかとても不吉なことを伝えようとしているかのようだった。


 あの煙が視界に入るたびシェンの心にも、不安が黒煙のように立ち上った。


 シェンはいても立ってもいられなくなって山道を転げ落ちるように駆け出した。



 しばらく下りたところでシェンは、オババを背負ったケイネが山道を登ってくるのを見つけた。龍槍をオババの尻の下に通して椅子がわりにしている。


「シェン!ああシェン!よかった・・・」


 ケイネはシェンの姿を見とめると安堵して声を漏らした。


 そしてオババを降ろして娘に駆け寄り強く抱きしめた。


「お母さん!村から煙が上が・・・。いったい何が起こってるの?」


オババが震える両の手でシェンの手を包んで泣くように言った。


「災いじゃ。災いが村にやってきおったんじゃ」


「災い?」


ケイネがシェンから身を離す。


「奴らはたぶんエルデラントの軍人よ。盾と外套にエルデラントの紋章が描かれてた」


「エルデラント?なんでエルデラントが私たちの村を?・・・お父さんは?村のみんなはどうなったの?」


シェンの両肩を掴みケイネは重々しく告げた。


「シェン・・・よく聞きなさい。もう村には戻れないの。戻ったら殺されてしまうわ。このまま遠くに逃げるのよ」


「でも・・・。でも、お父さんは・・・」


「言うことを聞きなさい!」


ケイネが感情を爆発させて怒鳴った。


「っ―――!」


シェンは言葉を失った。


 普段の母は厳しくてもここまで声を荒げることはない。母も動揺を隠せないほどのことが起きているだ。その事実に愕然とした。


「大丈夫。あの人はきっと大丈夫よ。だからお母さんたちと逃げるの。一緒に」


シェンはただ頷くしかなかった。ケイネはそんな娘の頬を優しく撫でた。

 

「いい子ね」


そこからシェンたちは人の手が入った道の脇に外れ、道のない藪の中を掻き分けながら進んだ。

 

 森の中は鬱蒼とした木の葉の層に光を遮られて薄暗く、立ち並ぶ木々の幹と生い茂る草で先が見えない。


 誰も喋ろうとはしなかった。シェンたちは不気味なほどの静寂のなかを歩き続けた。聞こえるのは祖母を背負って歩く母の苦しそうな息遣いと、先頭を行くシェンが進むのに邪魔な枝を折る音だけだった。


 時折遠くで鳥たちのけたたましい鳴き声と、ばたばたと慌ただしく飛び立つ音がして、そのたびにシェンは恐怖で手足がすくむようだった。


 それからどれだけ歩いただろうか、突如視界が開けるとそこには小さな川が流れていた。どうやら山腹を横切るように進んでいるつもりが谷のほうに下りてしまったらしい。


「まずいわね」


ケイネが口を開いた。


「ここは見晴らしが良すぎるわ。すぐに来た道を戻りましょう」


「わしは喉が渇いたよ」


オババは疲れ果てていた。老いた体には山の中の逃避行は厳しすぎるのだ。


「お母さんごめんなさい。でも我慢して。ここで休んだらやつらに見つかってしまう。」


来た道を引き返そうとしたその時、雷のような大声が辺りに響き渡った。


「見つけたぞ!こっちだ!」







 
















 

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