第5話

 水のように澄みきった秋の空に笛と太鼓の音が響きわたる。村の端に建てられた見張り台のうえからでも、祭りのお囃子と威勢のよい屋台の呼び声や子どもたちの笑い声が聞こえてくる。


 早く交代の時間にならないだろうか。

 そんなことを考えながら見張りの男は自分のくじ運の無さを嘆いた。祭りの日に限って見張り当番になってしまうとは、ツキがないというしかない。


 爽やかな風に乗ってタレのついた串焼き肉の焼けるおいしそうな匂いが漂ってきた。さぞ酒のつまみにあうだろう。男は祭りの日にしか飲めない渡来ものの葡萄酒のことで頭がいっぱいだった。


 エルデラント聖王国で行商しているコル・エルガの屋台はめずらしい売り物が多くて人気があったが、特に葡萄酒の人気が高く毎年すぐ売り切れてしまうのだ。


「今年はありつけないかもなぁ」


溜息が自然と口から出てしまう。と、そんな男を下から呼ぶ声があった。見るとコル・エルガがこちらにむかって手を振っていた。


「コルさん、屋台は大丈夫なんですか?」


「いやなにちょっと抜けるだけだよ。それよりこんな日に見張り役なんてツイてないな」


「いやぁまったく。それよりどうかしたんですか?」


コルは片手にもった革の水袋を掲げて言った。


「どうかね。売り物の酒なんだが、祭りの日に飲めないのは辛いだろう。だれにも言わないからこっそり楽しんでくれ」


「本当ですか。いや有り難い」


手渡された革袋から一口飲むと、爽やかな香りのあとに葡萄の豊穣なコクのある甘みと心地よいくらいの渋みが口の中に広がった。


「あぁ、やっぱりうまいなぁ。コルさんの仕入れた酒は最高だよ」


「ありがとう」


「しかし、今年のは去年のに比べて甘みが強いような気がするなぁ。仕入先を変えたのかい?」


二口、三口と飲みながら首をひねる。おまけになんだか酔いのまわりも早いような気がする。まだそんなに飲んでいないのに雲を踏むかのように足元がふらふらと定まらなくなってきた。


「それはねぇ、蜂蜜を混ぜてあるんだ」


「蜂・・・みつ・・・?」


呂律もうまく回らなくなってきている。男は立っているのが辛くなりがくんと膝から崩れ落ちた。


「薬の味を分からなくするためさ。君が愚かなおかげでうまくいったよ」


コルは自嘲てきな笑みを浮かべて言った。


「なにを・・・いっれるん・・・」


「でもきっと眠っていたほうが幸せだよ。これから始まる地獄を見なくて済むんだから・・・」


男は朦朧と薄れゆく思考の中でなにか取り返しのつかない過ちを犯したのだと気づいた。だが視界はどんどん暗くなりやがて意識は深い深い闇に飲まれ沈んでいった。









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