少女と竜

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少女と竜


  少女は、憧れていた。

 かつて魔物から自身を護った、世界に一人しかいない、王剣流剣帝の女性に。赤色に輝くアダマンタイトの剣を携えた白銀の髪の女性に。


 護られたその日から、自分もそうなりたいと必死に剣を振り続けているが、何をどうやればあの人のような力が得られるのかがわからない。

 魔力を剣にまとわせ、その剣からは斬撃が飛ぶ。大きなうねりを伴って、敵を切り裂く赤い閃光。

 いくら剣を振っても斬撃など飛ばないし、魔力をまとわせることすらできない。

 道場に入ればわかるのかもしれないが、祖母しかいない少女には道場に入るだけの貯蓄はないし、そもそもこんな山の中腹にある家からでは通う事は到底不可能だ。

 魔物を相手にとろうにも、弱い魔物ならたくさん斬っているし相手にならない。強い魔物は山の上の竜がほとんど食べつくしてしまっている。その竜と戦おうにも、街一つならすっぽりと翼で覆ってしまえる巨大な竜には、十五歳にも満たない少女に勝ち目などないことくらいわかっていた。


 どうやって自分と同等の相手を見つけようかと考えていた矢先、空から自分の身長の半分くらいの子竜が落ちてきた。

 少女はとりあえず、刺さっている矢を抜き、前に滞在した冒険者が忘れていった酒で消毒し、折れた骨には添え木をした。

 そしてすぐに何事かと思い調べて見ると、国が竜を討伐しようと軍を派遣したらしい。逃げようとした子竜は矢で撃ち落とし、親は殺したが、撃ち落としたはずのその子竜が見つからず、探しているとのこと。 

 少女はひらめいた。この竜を隠し育て、自分と同じくらいの大きさになってから戦おうと。

 竜の成長はとにかく早いと聞いていたので、戦う日はすぐ来るだろうと思っていた。


 しかし竜の成長が早まるのは生まれてから五年は経ったころで、まだ生まれて三年の竜には急成長まで2年かかる。

 少女はそうとは知らず、それから毎日たくさんの水と肉を竜に与え、余った時間で剣を振ることとなった。


 そんな生活を二年続け、いざ戦おうという頃には情がわき勝負どころではなかった。

 それも、この二年の間に祖母が死に、竜だけが少女のそばにいるただ一人の者となっていたからだ。

 それからは共に剣の鍛錬に励んだ。微量のオリハルコンを含み、一撃で岩をも穿つ竜の爪は鍛錬の相手としては最適だったのだ。

 鍛錬だけでなく、食事や睡眠、風呂までも共にする仲になった。

 言葉もわからず、種族すら違えど彼女らは家族だった。


 しかしそんな平穏にも終わりは訪れる。

 山を探索していた冒険者に竜を目撃された。そもそも急成長をする竜種のなかでも成長に拍車がかかる王竜は隠し通すのに無理があった。

 その情報を受けた国軍が、再び竜の討伐にやってきた。

 軍は隊ごとに別れローラー作戦で山を捜索。そして、少女との剣の鍛錬中に一つの小隊が二人を発見、少女を襲っていると誤解し攻撃を仕掛けた。

 しかし少女と竜は息の合ったコンビネーションで小隊を苦闘の末全滅させ、山にあるよほどこの土地に詳しくなければわからない洞窟に隠れた。

 どうやっても竜が見つけられなかった国は、竜は逃げたと判断して捜索を断念した。そこで、二人の生活は再び始まったかに見えた。

 しかし、自分のせいで少女を傷つけてしまう事を恐れた竜は闇夜に紛れ少女の元を去った。


 少女はそれを悲しんだが、当初の目的である王剣流剣帝をめざし一人で鍛錬した。山を下りた少女は大切に貯蓄していたなけなしの祖母の遺産と冒険者業で稼いだ金で剣の街と呼ばれる剣帝のいる街に辿り着き、道場に入った。剣術の腕を認められ、王剣流の剣士になってからは公級、聖級と破竹の勢いで昇格していった。


 少女が二十歳になるころにはとうとう剣帝の一歩手前の、剣王になっていた。

 剣公が五人でかかっても倒せなかったケルベロスも斬ったし、幾年前の自分と同じくらいの子供もたくさん助けてきた。


 竜も、沢山斬った。

 過去の彼との経験が竜と戦うのを助けてくれた。

 初めは嫌な気分もした。しかし、三匹、四匹と斬っていくうちにそんな感情はなくなり、竜のすべてを知っているような戦闘が話を広め、少女はいつしか「竜殺し」と呼ばれるようになっていた。


 しかし、そこに達成感はなく、ただ、虚無感や欠落感が少女を蝕んでいるだけだった。


 少女がその命令を受けたのは王剣流剣王になってから二年目の冬だった。

 山に竜が現れたので討伐しろという命令だ。竜を斬るのに抵抗はあったが、他の誰でもない王剣流トップの立場である剣帝からの命令であり背くわけにはいかなかった。


 国の支援で送られた大部隊を引きつれ、雪の残る山道を通り抜けた末に竜と対峙した少女は、自身の欠落感がどこからきているのかを悟った。

 どうすればその穴を埋められるのかも悟った。

 そして、少女はその竜がかつて自分と生活していた竜であることを理解した。

 竜は屋敷を覆いつくすほどの大きさに成長していたが、少女にはわかった。

 竜もそれを悟ったらしく、戦闘は止むかに思われたが、後ろでは魔導士が五人がかりで大魔導を放とうとしている。

 少女はそれを知らず深く積もった雪の上に愛剣を落とし竜の前に歩みより魔導の射程に入る。魔導が少女を貫くかと思われたが、竜は放たれた大魔導からその両翼で少女をかばった。

 ろくに回避行動もとらなかった竜はあっけなく死に、少女だけが残った。

 再度の別れを悲しんだ少女は、少量の鱗と爪、骨しか残らなかったその亡骸を魔導士に命じ土魔術で固定させた。


 それからさらに三年の月日が流れ、少女は第十二代王剣流剣帝になった。

 しかし、その後三日で王剣帝の座を下り、竜の亡骸の真下に竜剣流という新たな流派の道場を開いた。

 以来、少女の一族では竜の牙と鱗から作り出した竜鱗剣・竜牙剣という二振りの剣が受け継がれ、それはまさに王竜の爪のようであったという。


 少女の死後、主要だった剣術の流派は王剣流から竜剣流に変わり、剣の街も竜剣流が治めるようになった。

 核を壊され魔物として再度動きだすことはなくなった竜は、今日もこの街を見守っている。

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