第3話 グディニア城
オルリアンの自然は実に雄大だ。決して雪が溶けることのないオルガニア山脈が国王の領土を見下ろし、母なる大地は豊かな命を育み続けている。東は平野が広がっており、農業をするには最適な気候で春夏秋冬様々な農作物が生産されていた。
3頭の騎馬は平野を進んでいた。兵士養成学校の印であるオルリアン国旗の刺繍のある白いマントはまるで白鳥の翼のように風になびいていた。
「リオ!このままじゃ今日の夜にはグディニア城に着いちゃうよ!」
エドワードが太陽を見ながら言った。デルタも続いた。
「アノウのペースは早すぎる!俺が先頭に代わろうか!」
リオの愛馬アノウはディフタトル種、エドワードとデルタが乗るポルタヴァ種よりも一回り体が大きく体力差もあった。エドワードとデルタの馬は既に疲れきっている様子だ。リオはそれを見て速度を弱め、デルタに前を譲ることにしたが、突然リオは遠くを見だして目を細めた。
「止まれ。」
「?」
エドワードとデルタは馬を止めつつ、リオが向いてる方向を見た。三人が見る方向には20騎以上の騎馬隊がものすごい勢いで砂を巻き上げながら走っていた。
「盗賊か?」
デルタが言った。しかしリオには既に青い大きな旗とその中心に書かれている人魚が見えていた。
「デーゼの騎馬隊だ。」
エドワードとデルタは驚いた。
「どうなってるんだ?民はもっといるはずだし、河に着くのは3日後のはずじゃ。」
驚くデルタに対し、エドワードは言った。
「偵察隊だ!急ごう!」
エドワードは馬を走らせようとした。
「待て!」
リオはエドワードを止めた。
「今動き出したら怪しまれる。少し南下して城に向かおう。」
エドワードは頷くと手綱を緩めた。
程なくして騎馬隊は見えなくなった。
「何をあんなに急いでいるんだ。」
リオは呟いた。
夕方のグディニア城。その城は遠くの地平線を360度見渡せる小高い丘の上にあった。東のオルリアンを守る古城で、テーゼ河のすぐ近くにあり、青く美しいオルリアン国旗をなびかせながら、東の国境を守り、他国に睨みを利かせていた。レンガ造りの灰色の城は、しっかりとした造りで150年の歴史を感じさせる力強さを持っていた。城主はカイン・バルデランド。王家の血を引く者。今のオルリアン王と血縁関係はだいぶ離れているが、元を辿れば同じ一族にたどり着くことになる。
「門を開けろー!!」
門兵たちはリオの手綱さばきに歓声を挙げた。リオの手綱さばきは素人が見ても見事なものであった。大きな門の中は小高い丘かまあり。地形を崩さずに完璧に整備された芝生の庭が広がっていて小さな小屋がいくつか見えた。庭を手入れする庭師や兵隊の行進する姿が見れた。
三人が馬から降りる頃、一人の少年が馬に乗って近づいてきた。
健康そうで人懐っこそうな面立ち。くせ毛の金髪に藍色の瞳と少し大きめの口。背は小さく、すばしっこそうだった。茶色いズボンに黒のブーツを皮ひもでグルグルにしばりつけていた。腕は細かったが、筋肉はがっちりついていた。
少年もリオを見た。
(こいつが、リオか。)
自己紹介されなくとも、誰がリオだかすぐに分かった。肖像画で見た事のあるアドリア二世に瓜二つだ。
「俺はジル。城主のカイン・バルデランドの息子だ。着いてこい。」
三人は国境を見渡せる城の一番高い塔へ案内された。リオが階段から外を覗くと、外にはのっぱらが広がっていた。塔の形と同じ丸い部屋に入ると、三人は木の椅子に座らされた。ジルも座った。三人とジルの間には、テーブルが一つあった。
「今回指揮を取る、ジル・バルデランドだ。父は今、城にはいない。」
3人は唖然とした。この少年が?指揮を取るだって??
やはりどうでもいい任務だから自分が選ばれたんだ。リオは失望した。考えてみれば、国の一大事の任務にこんな子供らが任されるわけなかった。兄さんに優しくされたのでのぼせ上がっていた自分が冷静さを取り戻したんだとリオはガックリした。
「リオ・ウィルクリブです。」
リオは力の無い返事をした。
ジルはリオの眼を見た。
「よろしく。」
にやっと笑ってそう答えた。エドワードとデルタがリオと同じように言い、ジルがリオに答えたように同じように言うと、エドワードが不安を隠しきれずに質問してしまった。
「他に・・・。騎士は?お歳を召された方はいらっしゃらないのですか?」
無造作な金髪と、藍色の瞳のジルはエドワードを見た。
「いないわけがないだろ。ここはオルリアンの東の要だ。よく聴け。ここの兵士は俺意外全員テーゼの民だ。じゃなきゃわざわざ王城からお前らを呼ぶわけがないだろ。」
エドワードは顔を青ざめた。そしてジルの度胸を知った。なにを企んでいるかも分からないテーゼの民の中に、孤立して1人、3人を来るのを待っていたのだ。
「他の兵士達には、お前達は訓練に来たって言ってある。少し人数は少ないが良くある事だから怪しいと思うやつはまずいない。イーグルは直轄のイルフォン騎士団を送ると言ってくれたんだが、あまり地位の高い奴が来ると不信がるからって頼んだんだよ。そしたら本当にまさか生徒が来るから、俺だって動揺してるんだぜ?だか、そんなことを言ってもしょうがない!協力して切り抜けよう。歳は関係ない。」
リオはこの瞬間、ジルへの不信感を敲き切った。
イーグルがなぜ自分を選んでくれたかは少し分かった気がした。今回の任務、信頼こそ最高の武器だった。だから自分はエドワードとデルタを選んだ。それと同じように兄が自分を選んでくれたはずだ。しくじるわけにはいかない。兄さんも21歳で将軍をしているんだ。想像できない試練はある。それが現実になったとしても乗り越えるてみせる。リオはそう思った。戦いや、作戦の事となると、まるで自分が自分でないように熱く燃え上がる事をリオはいつも感じた。そしてこれがウィルクリブ家の血なのだと思わざるえなかった。
「ジル様。」
「ジルでいい。」
リオの瞳の色は変わっていた。ジルにはそれが分かった。
「ジル、二十騎余りのテーゼの騎馬隊が、城に向かってきている。」
ジットは眉を顰めた。
「確かか。」
デルタが答えた。
「はい。3人でテーゼの紋様を確認しました。我々は先回りしてきましたが通常のルートで来れば、今夜には城に着くと予想されます。」
ジルは頷いてから言った。
「リオはどう読んでるんだ?」
「イスタとの戦争と関わりがあるのなら、たとえ農民といえど、3千人の大集団が来られたら厄介です。ここは夜来る騎馬隊から真意を聞くことが必須だと思います。」
リオは答えた。
「同感だ。そうしよう。」
ジルはエドワードとデルタを見た。二人も頷いて納得した。ジルとリオの怯みない様子に、2人は安心しきっていた。
「とりあえず夕方まではゆっくり休んどけ!」
ジルの言葉遣いと、軽いノリに慣れるのには時間がかかりそうだが、3人は思い思いに夜を待つことにした。
「ああっと!いけねえ!もう1つ!」
部屋を出ようとする3人に、ジルは付け加えた。
「今、この城に静養中のラトーナ・ウィルクリブ夫人がいる。」
「ラトーナさんが!?」
リオが驚きの余りに叫んだ。ラトーナとは、イーグルの妻。オルリアンでも有名な美人だったが、体が弱く、よく空気が綺麗なこのグディニアに静養に来ていた。イーグルとはお互いに十六歳の時に結婚し、ラトーナはイーグルから寵愛をうけていた。子供はいない。
「今回の事は何にも知らないんだ。城から出したかったんだが、一昨日来たばっかりで、体調も良くないし兵が怪しむといけないから滞在している。イーグルには手紙を送ってるんだがまだ返事をもらうまでに時間が無い。」
つまり、3人は最悪の場合、ラトーナとその侍女を守らなくてはならないのだ。
一人、顔色を変えてその事実に衝撃を隠しきれない青年がいた。エドワード・オムザ。彼は震える手を押さえ、平静を取り繕った。まさかこんなところで彼女と再会するなんて。
やがて日が沈みかけようとしていた。草原の風は少しずつ夜を運んできていた。兵士の間には、妙な緊張が走ってきた。彼らは今回の大移動の事を民からも城主の息子からも聞かされていない。しかし、この夕方になり急に命令が下った。全員配置に付け、と。敵の名は明かされず、ただただ夜を待つことになっている。テーゼの民でもある兵士が寝返ったら、リオ達に勝ち目はない。交渉に入るタイミングはほんの一瞬だ。こんな作戦、どんな隊長が許してくれるとでもいうのだろうか。
リオとジルは城門の中央で、双眼鏡を片手に地平線を見ていた。時折強風が吹き、リオの真っ白なマントが流されていた。エドワードとデルタは、脱出ルートを確保しつつ、ラトーナ婦人とその侍女の部屋の近くに待機していた。
「リオ!」
門の上に立つジルが強風に負けない大きな声で、リオに話しかけた。身軽そうに門の出っ張りに立つジルは活き活きとしていた。
「はい。」
リオはジルを見上げる姿勢で返事をした。
「お前はどうして騎士になったんだ?」
「考えたことはないです。それは、ジルがどうして城主の息子になったのか?と
聞かれるのと同じことですよ。」
リオは答えた。もう何日も前から準備されているように。
ジルは笑った。
「お前、気味悪いな。」
リオは驚いた。そんなこと、あまり人に言われた事がなかった。不思議がるリオの顔を見てジルは続けた。
「いや・・・、お前の顔を、こう、パッっと見た瞬間に聞こうと思っただけだよ。怖いほど静かな心臓の鼓動。まさかお前オバケじゃないだろうな?!」
ジルはそう言いはなつと出っ張りから降りてきた。リオはムッとしたが、妙に核心をつかれたようで、今までにない胸の高鳴りを感じた。身体中に血がめぐっているのを感じた。等身大で自分を見てくれている。アドリア二世の三男坊の自分ではなく、ただのリオを見てくれている気がした。
一方、重々しい雰囲気の中、暗い廊下を蝋燭一つで、エドワードとデルタは立っていた。ジットの配置は完璧で、二人のいる廊下の窓からは、城門の内側が一望でき、リオとジルが立っていると思われる場所(松明が風になびいていた)月明かりの元はっきり確認できた。そう、もう夜が更けていた。
「おい、あのジルとかいう奴、ふざけた奴だぜ。リオの様な、貴族の威厳か?騎士の誇りみてーなもんが何も感じない。」
エドワードは笑った。そういえば、しきりに上下して動き回る松明が窓から見えている。デルタは平民だ。彼は貴族ではないからこそ、そういう気持ちを大切にしていた。階級を気にせず自分を友達として扱ってくれる、エドワードとリオが大好きだった。ゆえにジルが引っかかるのかもしれない。勿論、リオと同様ジルの計り知れない実力も感じ取っていた。
「来た。」
リオとジルは同時に言った。兵士は誰一人気づいていない。しかし二人は感じ取った。
暗闇に風とともに、馬の足音と人の気配がやってきた。やがて光がポツポツと
見え始め、はっきりと蹄が石をこする音が耳に入ってきた。リオは剣を握った。
「いよいよだ。」
「はい。」
リオはジルの隣に立った。
騎馬隊は到着した。興奮した馬たちは鼻息を荒くさせ、体から水蒸気を発していた。高々とテーゼの紋章を掲げている。ざっと騎馬の数は三十。昼間より少し増えていた。
城門の出っ張りに立ち、ジルは叫んだ。
「水の番人、テーゼの民よ。ここから先は国境のテーゼ河を超えるとイスタの領土。わが国はただ今イスタと戦争状態にある。ここから先へは進めないぞ!」
「民がじきに来ます。お通しを。テーゼの民は河を上ります。」
テーゼの民の男は深々と頭を下げた。
「いつイスタが河を渡って攻めてくるか分からない!危険だ!今は移動の時期ではないはすだ!」
民たちはひるまなかった。
「我々は、テーゼのために、河を上ります。どうか通されよ。バルデランド城主の息子よ。」
ジルは言い返した。
「ならば移動の理由を言え。」
騎士は少しの間沈黙をした。馬だけが音を立てて鼻を鳴らしていた。
「言ったらお通しくださるのですか?」
声は震えていた。
「内容を聞きたい。」
ジルは静かに答えた。
リオは感じ取った。民は何かに怯えている。
イスタの兵士が紛れていることを恐れているのか?それとも、時間が無いのか。異様な焦りと、計画性の無さ、そして錯乱状態に近い言動。
「俺たちに、助けを求めてるのか?」
ジルは小声で言った。
「ジル、俺もそう感じる。普通の状態ではなさそうだ。」
リオはできるだけ口元を動かさないようにしながら小声でジルに言った。ジルは顔色1つ変えずに答えた。
リオは突然叫んだ。
「私は将軍家、アドリア2世の息子、リオ・ウィルクリブだ!」
「ウィルクリブ!!!!!!」
その言葉を耳にした瞬間騎馬にまたがる男が構えていた矢を反射的に解き放った。その矢はジルに向かっていた!
リオはジルに飛びかかった。
矢はリオの背中に命中した。
「リオ!!」
ジルの叫び声がものすごく遠くから聞こえてくる。背中が生暖かく、火のついたような激痛に襲われながら、見下ろすと、矢の先端は、胸から飛び出していた。
リオはジルに倒れこんだ。ジルは急いで自分の服を破りながら止血をする。
「リオ!しっかりしろ!!!」
「攻撃するな!」
今にも家を放ちそうなグディニアの兵士達は驚いたように矢を下ろした。
「テーゼの民よ!私たちは味方だ!どうか静まってくれ!」
ジルはは目に涙を浮かべながら、訴えた。
ジルはしっかりとリオの体を支え、血まみれの体を見た。貫通した矢に毒はない。しかし位置が。ジルの声はだんだん遠くに聞こえ、リオの目の前は真っ暗になり、何も聞こえなくなり、意識は消えた。
死んだのかな?
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