第2話 ウィルクリブ家


 


アストルダムの王女アリアドネは、表向きは城に監禁となったが、彼女の暗殺を恐れた女王の命令により極秘にリオの屋敷でその身を隠す事となった。リオ意外にアリアドネの命を救おうとする者はいない。それが女王の言葉だった。


オルリアンは、雄大な自然のある広大な領土に恵まれた世界一の大国だった。400年の歴史を誇る古い国家はオルリアン城下を中心に各地にいくつもの城を構築して強大な軍事力と財力で国を繁栄させてきたが、それは昔の話。今は衰退の一途を辿っていた。



リオ達がオルリアン城を出ると道の両側には美しい田園が広がっていた。白鷺が時折空を渡り、トンボは夕焼けと共に田園を飛び回っていた。1本のあぜ道をリオは馬に跨り進んでいた。その後ろに乗っていたのはアリアドネだった。男性のように短く切られた髪にスッポリとフードを被されていた。彼女の意識は朦朧としていた。


殺された。最愛の我が子。自分の分身。自分の命よりも大切な命。まだ言葉も喋れなかった。自分の足で歩くことさえも。愛するあの人とのたった一人の私の子供。私のすべて。私の人生。


アリアドネの心臓は茨に締めつけられるように痛く苦しくそして熱くなっていた。胸は張り、乳がにじみ出ていた。息子がいなくなったことを知らない自分の体は容赦なく、朝から何度も泣きながら自らの乳を搾り、捨てていた。自分の感情が毒のように体中に浸透し、今にも吐いてしまいそうだった。



「あのような嘘をよくつくことができましたね。」


 彼女はリオの揺れる背中を見ながら言った。これがやっと絞り出せた言葉だった。リオは振り向かず答えた。


「今は事実になりました。」


 アリアドネはこの少年に対して何も興味は無かった。


「私はあなたにもらった命で復讐を誓いました。夫と息子を殺した者すべてをこの手で、殺します。」


 風が少し吹いていた。稲穂がゆれている。雲はゆっくりと地平線を撫でていた。二人の背中には400年の歴史を誇るオルリアン城がそびえ立っていた。城はさっきよりだいぶ小さくなっていた。


2人はそれから一言もしゃべることは無かった。


 日が沈みかける頃、ある屋敷の前で止まっ

た。外れかかった巨大な門。屋敷を囲む壁は何箇所も大きくヒビが入っていて、葛がはびこっていた。


「着きました。」


 リオは馬から降りて壊れていない方の門を両手で開けて、馬に乗せたままアリアドネを通した。獅子の飾りがある巨大な門を通り抜けると屋敷が見えた。鉄格子は錆びていて廃墟の様子だが、それほど古い建物のようではなかった。白塗りの池に水は無く、中央の女神の水がめからは草が垂れ下がっていた。庭も荒れ放題だった。草という草は伸び、木という木は枯れていた。建物には蔓がはびこり、まるで幽霊屋敷のようだった。

大きなドアの前で立ち止まるとリオはアリアドネを馬から降ろした。端整な顔立ちに似合わずがっしりとしたその体で軽々とアリアドネを抱き寄せて、壊れ物を扱うようにそっと地面に足をつけさせた。そしてラウダはポケットから鍵を取り出した。鍵の先端にはやはり獅子の紋章が付いていた。リオが鍵をさすと鈍い金属音がした。そして扉が開いた。


「お入りください。」


 アリアドネは最初の一歩を踏み出した。中は言うまでもなく広かった。薄暗かったが内装は綺麗だった。外に比べて掃除されていた。真正面には左右対象に赤い絨毯が轢かれた螺旋階段が伸び、ホールのシャンデリアはダイアが散りばめられていてものすごい存在感。これ一つで立派な家が買えそうだ。

 次に、アリアドネの目に入ってきたのは二つの大きな肖像画。一人は女性。金色の髪を後ろで束ね、緑色のドレスを着ていた。鋭い刃のような目が印象的で、鼻筋が延び、口が小さく品があった。もう一つの肖像画の男性は、すぐに誰だか分かった。


アドリア二世 


「ウィルクリブ家の獅子紋。」


アリアドネは小さな声で言った。


リオは真っ直ぐアリアドネを見た。


アリアドネは青ざめた顔でリオを見た。


オルリアンの貴族は大きく2種類に別れる。1つが商業家。これは国の経済の大部分を締める巨万の富を生み出す貴族のこと。そしてもう一つが将軍家。代々国を軍事力で支えてきた貴族である。もともと将軍家の方が商業家より慣習的に地位が高いとされ、ウィルクリブ家は将軍家の頂点にいた。そう。つまりリオは王家の次に匹敵するほどの一族の少年だったのだ。しかし、アリアドネには、別の意味があった。


 リオはアリアドネを見ながら小さな声で呟いた。


「父です。」


 アリアドネはリオを見た。


「私の夫は、リオグラードを持ち戦いに出たのに死にました。」


リオは動揺せず、アリアドネをじっと見つめていた。


「リオグラードと対等に戦えるのは、アドリアが持っていた剣、ベオグラードだけ。」


リオはアリアドネをじっと見つめた。


アリアドネは一歩後ろに下がり、青白い顔と真っ白な髪で、リオに聞いた。


「あなたが、私の夫を。」


リオはアリアドネに一歩近づいた。


「殺しました。だからあなたを引き取りました。」


アリアドネはさらに一歩下がったが、壁にぶつかった。リオはアリアドネにさらに一歩近づき、続けた。


「あなたは、夫を殺した者を殺したがっていた。だから僕は僕とあなたを引き合わせた。」


 この少年はなぜ自分を他人のように話すのか不気味だった。


「・・・・・。」


アリアドネの眼には水晶のような大粒の涙がたまっていた。


リオはアリアドネの肩にそっと手を置いた。その手は確かに温かかった。


「でも、あなたに僕は殺せない。

アストルダムへ必ず返します。」


アリアドネはその場に跪いた。

リオはその姿を見ても顔色1つ変えなかった。そして一歩ずつアリアドネから離れて行った。

リオの父、アドリアの近くには人目をさけるように小さな肖像画が掛けてあった。リオと同じ茶色い髪の、若くてとてもやさしそうな女性。下を向いていたが、幸せに満ち溢れていた。リオはその肖像画に近づくと、誰にも聞こえない声で、一言呟いた。


「ただいま母さん。」


そのとき正面のホールに人が入ってきた。


「お兄様!」


 茶色い髪を二つに束ね、鶯色の今流行りのワンピースを着ているのはリオの妹のヴィアナ。兄にそっくりな茶色い大きな瞳を持つ、とても人懐こそうな少女。小さな肖像画の女性にそっくりだった。


「ヴィアナ!寄宿学校は休み?」


 ヴィアナは女子高に通っていた。名門貴族が十三歳になると入る寄宿学校だった。リオの表情は先ほどとはまるで別人のように明るかった。


「戻られたと聞いてお休みを貰ってきました。」


 ヴィアナは笑いながらリオの腕にからみついた。


「きゃあ!お客様がいらしたのね!」


 一瞬にして屋敷の空気が変わった。アリアドネは頭がクラクラしていた。答えたのはリオだった。


「客人だよ。しばらく家にいてもらうことになったんだ。」


 ヴィアナはアリアドネに近づくとすぐにおでこに手を当てた。アリアドネはその手が触れた途端、意識が飛んでいくのが自分でも別った。


「しっかりして!!」


夫を殺した少年の妹の声はどんどん遠くなり、そのまま奈落の底へ落ちて行った。







 その日の夜。

大きな獅子屋敷で、一つの窓から明かりが漏れている。外は気味が悪いほど静まり返っていた。時折フクロウが鳴いていた。


 立派な古いテーブルの上に料理が入っていた皿、飲み干したグラスが置いてあった。

 

「ヴィアナ、ありがとう。」


リオは改めて妹にお礼を言った。


「先生が、乳腺炎ておっしゃってた。

赤ちゃんはどうしたの?あの方は誰なの?」


ヴィアナは恐る恐る聞いた。


「赤ちゃんは死んだ。ごめん。ヴィアナ、誰かは言えないんだ。」


それがすべての答えだった。


「まさかとは思ってたけど、どうして。」


ヴィアナは賢かった。すべてを理解していた。

「大丈夫。時が来たらアストルダムに帰ってもらうつもりだ。」

リオはヴィアナを安心させたかった。

ヴィアナはそんな兄の気持ちを理解してニッコリ笑うと、

「先生に今夜お泊まりになるお部屋をご案内してくるわね。王女様の体調が良くなるまでお医者様にいてもらってもいいわよね?おやすみなさい。」

と言い、リオにハグをするとメイドを連れて出ていってしまった。リオと別れたヴィアナの顔は笑っていなかった。真っ直ぐと暗い廊下の先を見つめていた。




 

リオは階段を登り、長い廊下を歩き、自分の部屋に入った。家具はどれも高級品ばかりだが、リオの興味をひくものはなかった。机の周りとその隣の本棚だけ、使い込んでいる様子だが、あとはほとんど埃をかぶっていた。本棚には古い本と新しい本がぎっしり並んでいた。数学、生物学、物理学、兵法。小さい頃から家庭教師が3人ついていたリオは、兵士学校でも成績優秀だった。ヴィアナも同じだ。

 一本の蝋燭の火が時折ゆれる。気が付くと、花瓶に花があった。ガーベラだ。

昼間にヴィアナがいけてくれたのだろう。

ガーベラは母の好きな花だった。アリアドネのところには行った方がいいものか?いや、自分が行ったところで。リオはベッドに倒れこむとそのまま深い眠りについた。



 

                   

 次の日、

鳥の鳴き声と共にアリアドネは目覚めた。

最悪の人生が始まった。そんな朝だった。

アリアドネは立ち上がると窓の外を見た。ここから飛び降りたら死ねるだろうか?ふと無意識に下を覗くと、

リオが昨日乗っていた馬にブラシをかけていた。リオの愛馬アノウはディフタトル種というオルリアンに生息する気性が荒い大型の馬だった。野生の血がなかなか抜けないため、乗りこなせる者は少なく、多くの騎士はポルタヴァという種類の小柄な馬に乗っていた。リオの身体能力は父譲りだった。リオは馬に抱きついた。馬も自身からリオにくっついた。その姿を見るとアリアドネの目から大粒の涙が出てきた。そこに夫を見てしまった。

夫は首を切られ、戦いの場であったミュラカー平原にその首を埋められて、オルリアン国旗を突き刺されたという。どんなに痛かっただろうか、苦しかっただろうか。最後の景色はどんなものだったのだろうか。息子と無事に天国で会えただろうか?私も早くそこへ行きたい。アリアドネはその場にうずくまり声を出して泣いた。


アリアドネは熱はあるものの体調は落ち着き、いくつかの薬を飲み続ければ元気になるとの事だった。

               


「食事をとったらすぐに出るだって??」


 リオはヴィアナに聞いた。ヴィアナは今日にも寄宿学校に帰るというのだ。


「ええ。午後のお別れ会には出たいのよ。」

「お別れ会?」

 リオは手を止めて、ヴィアナに聞いた。

「テーゼの民が移動を始めるの。テーゼの民は河にいないとき、寄宿学校でお庭の手入れや、お仕事をしている方が多いのよ。それでみんなでお別れ会をする事になったの!私が企画したのよ!主催者がいないと話にならないでしょ?」

 テーゼの民とは、オルリアンの東の国境近くにすむ民族のことである。オルリアンには、東の国境近くに国を横断する大河が流れている。テーゼ河である。テーゼの民は古くからこの河の番人と呼ばれ、ある周期で河と、ヴィアナの寄宿学校のある地域を移動して生活していた。

「春に移動?つい最近そっちに移住してきたばかりだと思ってた。」

 リオは不思議に思った。ヴィアナは特に気にかけている様子はなかった。


 食事が終わってすぐ、ヴィアナの馬車が到着した。リオがヴィアナに会ったのは年のはじめ以来。さびしかった。


「それじゃあ、お兄様。次なる活躍とご健康を願っております。夏休み、楽しみにしてるわ!どうかお元気で。」


 リオはヴィアナと握手した。


「アリアドネ様のこと、気をつけてくださいね。」


 ヴィアナはそう一言言うと馬車に乗り込んだ。馬車は静かに動き出した。リオは一歩前に出た。馬車の中のヴィアナは心配そうな笑顔でリオを見ていた。馬車はどんどん小さくなっていった。そして馬車はやがて見えなくなった。リオは深いため息をついて、ゆっくりと歩き出した。玄関横のドアからアリアドネはその様子を見ていた。まだ頭はクラクラするが、意識はハッキリとしていた。


リオはやがて走り出した。アリアドネはとっさにリオの後を追った。

リオは荒廃した屋敷の庭の道をひたすら進んでゆく。屋敷の中で見た影を背負った少年は、どこかに行ってしまったかのように足取りは軽かった。茶色い髪をたなびかせ、軽快な足取りで、草をかきわけていた。どれくらい歩いたであろうか。

 リオは止まった。空は青い。明るい日差しが雲の割れ目からさしていた。アリアドネは心の中でつぶやいた


 ―何なのここは―


 裏庭?違う。錆びれた塀に、バラのアーチ。バラなんか咲いていない。あらゆる植物が伸び放題に伸び、湿気た地面にはコケが生えていた。そして、裏庭にもっともたくさんあり、もっとも目立つものは、墓だった。とても数えきれる量ではなかった。庭、というより、墓地だった。中心には噴水があった。ヒビの入った白い大理石の噴水からはジャボジャボと音を立てて水が出ていた。それが余計に不気味だった。荒れに荒れているのに、お墓の一つ一つに花が飾ってあった。アリアドネは開いた口がふさがらなかった。

 リオはひとつの墓の前で立ち止まった。立派な剣が彫刻された墓だった。リオはその墓石の前に膝をついた。

「ただいま戻りました。父さん。」

 アドリア2世の墓だった。世界を震撼させた英雄の墓は、このように雑草にうもれていることを、世間の何人の人が知っているのだろうか。アリアドネもその場にしゃがみこんだ。リオの横顔はとても凛々しかった。あふれ出る悲しみを笑顔で隠して微笑んでいた。アリアドネは思った。

(あなたもなのね・・・・。)

アリアドネは心臓がキュッと痛くなるのを感じた。



「具合は大丈夫ですか?」


リオは大きな声で叫んだ。

バレていた。

アリアドネはゆっくりと立ち上がった。

           

「ここはいったい。」

アリアドネは恐る恐る聞いた。


「裏庭です。」 


リオは静かに答えた。2人の間には生暖かい風が吹いていた。


「ウィルクリブ家のために戦った人や馬が眠っています。」


リオはまっすぐな瞳でアリアドネを見た。


「具合は大丈夫なのですか?」


リオは再び聞いた。

アリアドネは何も答えられなかった。

リオはゆっくりとアリアドネに近づいた。


「俺もいずれここで眠ります。あの白いブランコの横にするつもりです。あなたがもし私を殺したときはどうかその願いだけは叶えてください。」


 この少年とこの裏庭にいると分からなくなる。死が曖昧になる。違う。夫と息子の死は、真実で、アリアドネの世界を変えたのだから、死は曖昧ではない。アリアドネがしゃべろうとしたとき、


「リオーーーーーーーーーーーーーー!」


突然の叫び声!!!!!!!!


 裏庭から勢いよく駆けつけてきたのは、国王軍の鎧を着けたエドワードだった。まるでリオがいつもここにいることを分かっているかのようだった。リオは顔色を変えた。エドワードは息を切らしながら言った。


「緊急収集!戦争だ。」


 リオの眼はその言葉を聞いた途端、鋭くなった。

「アリアドネ様、家は自由に使ってください。私の名を使って人を雇ってもかまいません。失礼します。」


 そう言ってリオは獅子の紋章が入ったペンダントをアリアドネに渡した。アリアドネはその場に呆然と立ち尽くした。

 リオとテッドはアリアドネを残し、裏庭から走って出ていった。残されたアリアドネは振り向いて、この騒然とした庭と多くの墓を見て、体中が震えた。リオがいなくなった途端、この場所は、人間が自らの手で作り出した、ただの墓地と化した。アリアドネはリオが言っていた白いブランコに恐る恐る近づいた。そこには小さな白い墓があった。


ー愛しのメアリ 安らかに眠れ

オルリアンの花よー


雲からは、太陽の光が漏れていた。

                 


 オルリアン城にリオとテッドが着く頃にはもう兵士達は集まりつつあった。昨日の今日まで祝杯を挙げていた兵士たちは、意気揚々としていた。二人は息を切らし、召集場所へ向かった。

「リオ!テッド!ここだ!」

 デルタがもう来ていた。エドワードがデルタに聞いた。

「相手国は?」

「イスタ。」

 リオは聞き返した。

「イスタ!?」

 遠くでラッパが高々と鳴った。あれは将軍登場のラッパだ。2日前の戦いとは規模が違う。三人はラッパの鳴る方向を見た。リオの眉毛がピクリと動いた。


「イーグル・ウィルクリブ将軍!イルフォン騎士団だ!」

 隣の騎士が叫んだ。


 少し長めの母譲りの金髪、茶色い刃のような鋭い眼。高い鼻に190センチの長身。将軍の証しである黒いマント。肩には銀色の鷲の爪の飾り。リオと5つしか離れていない兄だった。若干21歳にして将軍の座についたエリート。ウィルクリブの名を存分に使っての出世だった。実力があるのも事実。彼は将軍になってから一度たりとも負け戦をした事がなかった。イーグルは、シェトランドという地域に広大な屋敷を構え、イルフォン騎士団という独自の屈強な部隊を形勢していた。

 イーグル将軍は黒いマントをなびかせながら、話を始めた。


「イスタは、我が国の領土の最西、ニオブ地帯を奪わんとしている。国防を優先とする。イスタは100年前のイスタ建国以来、東の島国とともに鎖国を行っている。外交手段が無いため大将は捕まえるのが国王のご命令だ。以上。後は連隊長の指示に従え。」

 歓声が響いた。みな腕を上げて意気だって

いた。リオもなんとなく手を上げた。ニオブまで歩いて6日かかる。どうしてわざわざイルフォン騎士団と国王軍が。ニオブの地方将軍は何をしてるんだ。どうせイスタと聞いてびっくりして、理由をつくってイーグル兄さんに押し付けたんだろう。兄さんをつぶそうと考えてる将軍はいくらでもいる。リオはこの国の王と貴族によくあきれる事があった。リオは階段を下りていく兄の姿を見た。兄は自分とは違う世界にいる。そのときイルフォン騎士が、リオに話しかけてきた。


「リオ・ウィルクリブ。ウィルクリブ将軍がお待ちだ。付いて来い。」


 テッドとデルタは驚いた!リオが一番びっくりした。もう兄とは1年近く口を聞いていない。


「はい。」


 リオは騎士の後ろに付いて歩いていった。だんだんテッドとデルタの姿が小さくなっていく。二人はお互いの連隊長の方に歩き出していった。

 なぜ突然兄さんが?リオが不思議がって歩いているうちに、将軍の部屋に着いた。ノックをすると、確かに中からイーグルの声がした。

「入れ。」

 リオは騎士とともに中へ入った。そこには立派な椅子に座って外を見る兄、イーグルの姿が確かにあった。


「お前は出て行け。ご苦労。」


 イーグルは振り向きざまに言った。騎士は、はっ!と言い、一礼して出て行った。リオには会釈すらしなかった。騎士がドアを閉めると、二人きりになり、静寂が訪れた。


「お久しぶりです・・・・・。」

 リオはおそるおそる言った。



「ああ。」

 イーグルの返事はそれだけであった。リオは思った。

(だから会いたくなかった。)

 リオにはなぜ兄が自分を呼んだか不思議がる理由があった。イーグルはリオが大嫌いだった。リオはそれを知っていた。そして父に一番似ていて一番気に入られている弟を憎んでいた。その態度は年取るたびにひどくなっていった。リオはいつか兄と仲良くなれる日を小さい頃から信じていた。

「ヴィアナは?」

 リオははっとして答えた。

「昨日屋敷で再会しました。今朝学校へ発ちましたが・・。元気そうでした。」

 イーグルは眉をひそめて唇をかんだ。

「今朝?」

「学校に用事があると。」

「用事とは?テーゼの民について何か言ってなかったか。」

 リオは驚いた。

「はい!お別れ会を開くと。」

 イーグルは生意気な笑みを浮かべた。それは若者の冒険心が作り出す笑みだった。眼は恐ろしく鋭かった。何かに納得したようだった。イーグルはおもむろに地図を広げた。リオは状況が把握できなかった。イーグルはリオを見た。

「いいか。オルリアンの北にあるイスタが、なぜ真西のニオブから攻め入ってくるか分かるか。東を我々の盲点にするためだ。」

 リオ驚きを隠しきれず、イーグルを見た。イーグルもうなずいた。

「異例の時期のテーゼの民の移動だ。彼らかおそらく鍵を握る。」


 リオは思った。この人、凄い。


「お前は今回ニオブへは行かず、東のテーゼ川から最も近い、国境近くのグディニア城へ行け。これは極秘の命令だ。5人まで好きなものを連れて行ってかまわない。私たちはおそらく次の満月あたりにイスタと接触する。十分その前に城には着くだろう。城に今、城主はいないがジット王子が指揮を取ってお前を待ってる。

 戦いで負けることは許されない。お前の活躍を期待しているのは国王だけではない。」


 兄は自分の眼を見てくれていた。リオは思った。この仕事をこなすしかない、と。


「承知しました。イーグル将軍。」

 将軍は深くうなづいた。


 リオは、テッドとデルタを連れて行くことにした。連隊長には指示が伝わっているらしく、すぐに承諾してくれた。極秘任務には、信頼できる友達を連れていくしか無かった。リオを貶めようとしている貴族はそこかしこにいて常に眼を光らせていた。




 三人がグディニア城へ出発した頃、ヴィアナの通うアイノーゼ寄宿女学校では、テーゼの民のお別れ会が始まっていた。ささやかなガーデンパーティー。学校の庭にいくつかのテーブルが並び、各自が持ち寄ったサンドウィッチやフルーツなどで会食をしていた。

「ヴィアナ様、私たちのために本当にどうもありがとうございます。このご恩は一生忘れません。」

 ヴィアナは持ち前の明るさで振舞った。

「がんばってね!応援してる!」

 テーゼの民の少女は突然泣き出した。

「こんな私達に優しくしてくれて本当に・・・、感謝しています。」

 ヴィアナは少し驚いた。

「何言ってるの!また冬には会えるんだから!どうしたの?」

 少女は泣き崩れてしまった。ヴィアナはなんだか決まりが悪くなり、困ってしまった。

 パーティーが終わりかけのころ他のテーゼの民の一団が寄宿学校の前に到着した。生徒たちはその旅の一団に興味心身だった。重苦しい雰囲気とぴりとした空気。小さな赤ん坊をおぶった母親、老人、とてつもない大人数だった。ヴィアナはその一団を見て胸騒ぎがした。お兄ちゃんが気にしてた、異例の時期の移動。彼らは明らかに何かを隠している。ヴィアナの瞳は、ウィルクリブ家の勇猛な熱い心を燃やしていた。

 そうしてテーゼの民は謎の大移動を始めたのだった。

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