6.
水咲さんはひとしきり泣くと、堰を切ったように話し出した。
「オリエンテーションの時の自己紹介で、佐々木悠哉さんって聞いてすごくびっくりしたの。たっくん、あ、貴史のことね、たっくんが手紙書いてた相手の人と同姓同名で、しかもこの3月に医学部に受かったってお母さん宛の手紙で知って。まさかと思ったけど、もしかしてあの『ゆうやお兄ちゃん』なのかもって思って、だったらちゃんと、私からもお礼を言いたくて」
何よりもまず彼女の行動力に驚いた。確実に俺が『ゆうやお兄ちゃん』である保証はどこにもないのに、自分の直感を信じてここまで大胆な行動に出たのだ。いささか唐突で大胆すぎる気はしたが、きっとこれが彼女なりに勇気を振り絞った結果なのだろう。
「たっくん、4年前に病気が分かって、最初は10歳まで生きれるかどうかって言われた。あたしも親も、たっくんに見つからないように泣いたよ。たっくんがあと2年も生きられないなんて、小学校も卒業出来ないなんて、って。小学校の途中からときどき熱を出すようになって、でもそんな高い熱でもなくて、あたしや親は風邪かしらね、くらいにしか思わなかったんだ。病気が分かった日も発熱で早退して、そしたら大きい病院に移ってくださいって言われて、行った先でそんなこと言われて」
ストレスでしょっちゅう熱を出す子、よく感染症にかかっては熱を出す子。小学校の頃の同級生にもそんなやつらはいたし、大抵は1日2日で元気になってまた校庭を走り回っていた。親だって、軽い発熱がまさか我が子の命を奪う病気のサインだとは思わないだろう。しかし貴史くんと水咲さん、そしてご両親に告げられたのは、あまりにも残酷な事実だった。貴史くんに残された時間は、あと2年あるかどうか――
「最初のうちはたっくんも治療頑張ってたけど、つらいこと沢山してるのにじわじわ悪くなっていって、去年の2月だったかな、もう治療は嫌だって大泣きしたの。楽しいこともない、大好きなクラリネットも吹けないのはもう嫌だって」
深刻な病状を記したブログの記事や難しい言葉の並んだホームページの無機質さが脳裏を掠めた。ブログに載っていた、スキンヘッドの子供を笑顔を不意に思いだす。カメラに向かってピースサインをするその顔は、まつげも眉毛もなく真ん丸にむくんでいた。
「その時、たまたまたっくんの小学校で、メッセージカードをつけた風船を飛ばそうっていう企画があったから、ダメ元でカードに住所書いて風船を飛ばしてみたの。誰か手紙をやり取りする友達が出来れば、たっくんも元気になってくれるかなって思って。そういう風船ってだいたいどっかの海に落ちちゃうんだけど、たっくんの風船は運よく拾ってもらえて、手紙を書いてもらえた。その手紙を書いてくれたのが、ユウさんだった」
たまたま玄関先に落ちていたあの風船は、貴史くんの元気を取り戻す一縷の望みだった。手紙を受け取った貴史くんは、家族が驚くほどの変化を見せたそうだ。
「たっくん、病気が見つかった時よりずっと悪くなってたのに、ユウさんと文通するようになってからすごく生き生きしてたんだよ。前は泣いて嫌がってた点滴も、ユウさんがお医者さんになって特効薬作ってくれるまで頑張るって、泣き言も言わなくなって。薬の副作用がどれだけつらくても、弱音を吐かなくなったの。前はすぐつらがってたのに、だよ。好き嫌いも一気に減って、先生も看護師さんもびっくりしてた。たっくんに聞いたら、お友達が出来たんだってすごく嬉しそうに話してくれたんだ」
治療の性質ゆえにほかの入院患者との交流がなく、見舞いも家族のみしか許されなかったのだそうだ。その家族でさえ、貴史くんの状態があまりに悪いと会えないことがあった。そんな孤独な入院生活の中で、貴史くんは俺の手紙を何より楽しみにしていたと水咲さんは言う。
「たっくんは昔から人見知りがあって、友達もほとんどいなかったみたいなの。文通を始めて2ヵ月くらいした時、僕を励ましてくれるお兄ちゃんがいるから、もう泣き虫貴史は卒業するんだって、すごくいい笑顔で言ってた。ユウさんがお医者さんになるためのお勉強頑張ってるから、僕も治療頑張るんだって」
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