7.

「でも全然具合が良くならないたっくんを見るの、すごくつらかった。髪の毛も抜けてどんどん痩せていって、去年の末に主治医の先生から、出来る治療はし尽したって言われたの。子供はたいてい薬がよく効くのに彼はどうしてって、先生も涙目になってて。年明けに、本人が望むなら自宅で過ごさせてあげてくださいって言われて、それからは家でたっくんの世話してた」

 家族の絶望感はいかほどであっただろう。良くなると信じてつらい治療を続けること数年、当初告げられたより長い時間を生きたとはいえ、貴史くんはついに元気な身体を取り戻すことはなかった。間近に迫った死に向かっていく息子を、弟を、ご両親や水咲さんはどんな思いで看病していたのだろうか。

 水咲さんは泣きながら、それでもつとめて冷静に口を開く。

「たっくん、最後までユウさんの試験結果気にしてたんだ。お兄ちゃん、お医者さんになるための大学に入れるんだよねって何度も何度も訊いてきた。絶対大丈夫だよ、って何度も言い聞かせたら、嬉しそうな顔してすうーって眠る、そんなのの繰り返しだった。でね、高校の卒業式の日、なんか寝つけなくてあたしすっごい早起きしたんだよね。まだ全然二度寝できる時間だったけど、せっかくだからたっくんの様子見に行こうと思ってたっくんとこ行ったの。そしたらたっくんがベッドから身体を起こして、お姉ちゃん今日卒業式だね、って。途切れ途切れにしか話せなくなってたはずなのに、このとき久しぶりにハキハキ喋ったんだよね。あたしが頷いた瞬間ベッドに倒れ込んで、声かけても反応しなくて息してなかったからすぐに往診してくれる先生呼んで――それがあの子の最期だった」

 強い子だと思った。自分が苦しい時に他人を思いやれる人はそうそういない。貴史くんは12歳にして、大人でも滅多に持ちえない強さを持っていた。重い病気が、つらい治療がそうさせたのかもしれない――だとしたらとても悲しい強さではあるけれど。

「たっくんが12歳まで生きられたの、ほんとにユウさんのおかげなんだ。だからユウさんには、たっくんがどんなだったかちゃんと話しておきたかった。たっくんを支えてくれて、本当に、本当にありがとう」

 やっぱり貴史くんは、俺の想像をはるかに超えるところにいた。そして俺が支えられたのよりもはるかに強く、俺のことを支えとしてくれていた。少しこそばゆく、でも、俺が貴史くんの支えになれたことがすごく嬉しかった。

「水咲さん、来週末、一緒にお墓参り行っていいかな」

 まだ泣き止まない水咲さんに、そう声をかけた。

「医学部に合格しましたって報告しに行きたいんだ。お母さんにはお手紙出せたけど、貴史くんには言えずじまいだったから」

 水咲さんは驚いたようにこちらに向き直り、次に今まで見たことのない、心底嬉しそうな笑顔で頷いた。

「その時にアルバム持ってくるね。またここに来てもいい?」

「泊まりは勘弁な」

 ひとしきり笑うと、水咲さんは俺の了承を取る前に布団に潜り込んだ。明日も早いしな、と俺は苦笑いでシャワーを浴びにいく。


 翌朝、俺より一足早く目を覚ました水咲さんは文字通り飛び起きた。

「なんでユウさんがいるのーっ!?!?」

 目覚ましにはちょうどいい声量だ。そして自分の家と間違えるほど眠れたのは結構なことだが、俺が人んちに押しかけたかのような物言いに笑いそうになる。

「いや、水咲さんがうちに押しかけてきたんでしょ……」

 眠気の残る目をこすりながら答えると、水咲さんはぽかんとしてこう言い放った。

「えっそうなの?覚えてない……」


FIN.

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