第四章【ベスティアの森編】

第78話


「永久ー? 早く起きないと遅刻するわよー?」


「……え?」


「どうしたの? そんなお化けを見たみたいな顔して」


「いや……その……、何か、凄く、長い、夢を……見てた……気がして……」


「夢?」


「うん……。異世界に、行く、夢……」


「異世界って……あんた、漫画や小説も程々にしときなさいよー?」


「……うん」


「朝ごはん、食べるの?」


「あ、うん……」


「トーストとコーヒーだけでいい?」


「うん……」


「まだ寝惚けてる?」


「いや……もう、大丈夫。ごめん、もう家出るだろ? 俺がやるよ」


「そう?」


「うん、ほらもうこんな時間じゃんか。急がないと」


「じゃあ、洗い物だけよろしくね」


「分かってるよ」


「じゃあ、行ってきます」


「ん、行ってらっしゃい」




 ―― あぁ、俺はこの後の光景を知っている。




 玄関の扉を開ける音。

 何かが落ちて割れる音。

 何かが倒れる鈍い音。




「……母さん?」




 ……




「うわあああぁああぁぁぁあぁぁっ!!!」




 ハッと飛び起きる。周囲を見回すと、驚いて固まっているフィーユが目に入る。


『ご、ごめん……起こしちゃったな……』


『……私は、平気。……トワ、大丈夫?』


 慌てて謝ると、フィーユがふるふると首を横に振り、気遣わしげにこちらを見る。


『……うん。大丈夫、大丈夫。ビックリさせてごめん』


『……怖い夢、見たの?』


 フィーユが心配そうな瞳でこちらを見つめる。


『んー……そんな感じ、かな?』


『……トワ、昨日もうなされてた……』


『うわ……毎夜毎夜、ごめん……』


『……トワ、大丈夫?』


『うん、大丈夫だよ』


 フィーユにちょっと顔洗ってくると告げ、外に出る。


『おはよ、ファーレス』


『……あぁ』


 外に出たついでに、ファーレスに挨拶を投げつつ状況を確認する。


『周りに敵はいなさそう?』


『……あぁ』


『分かった。俺は魔力感知出来ないからさ……本当助かるよ、ありがとな』


『……あぁ』


『ちょっと顔洗ってくる。引き続きよろしく!』


『……あぁ』



 俺は精霊石で冷たい水を出し、勢いよく頭から被る。



「……しっかりしろよ、俺……」



 ……



 ナーエを出発して7日ほど経った。

 そろそろ魔力圏内を抜ける頃だろう。


『フィーユ、どうだ? 魔力圏内を抜けると敵がいっぱいいそう?』


『うん。いっぱいいる……』


 ファーレスよりも魔力感知が出来る範囲の広いフィーユに、おおよその敵の数と位置を教えて貰いながら、俺は魔石銃に遠距離用スコープを装備し、スコープを覗き込む。


『……この距離は見えない。フィーユ、もう少し近くの敵を教えてくれ』


『……うん。えっと……もう少し右……そう、その辺!』


『……この距離もまだ見えないな。フィーユ、次は?』


『えっと……もっともっと左……その辺!』


『……見えた!』


 俺は狙いを澄まし、引き金を引く。


 ―― パンッ!


 鈍い音と共に、赤い花が弾ける。

 今回は一発で当てれたようだ。多少射撃の腕が上がったのかもしれない。まぁ、運が良かっただけだと思うが。


『フィーユ、今の距離を覚えておいてくれ。あの距離までなら俺が遠距離で攻撃出来る』


『……うん! トワ、すごい……! 姿も見えない魔物、倒しちゃった……!』


 フィーユが尊敬の眼差しで見てくるが、肉眼では見えないだけでスコープ越しなら見えている。


『うーん……見えない魔物は倒せないんだけどね。遠くを見る道具のおかげだよ』


 苦笑しながらフィーユの誤解を解く。フィーユは理解したのかしてないのか、相変わらず俺をキラキラとした尊敬の眼差しで見ていた。


『ファーレスはこの距離で魔力感知可能か?』


『……いや』


『分かった。じゃあファーレスが感知してる中で、一番遠くにいる魔物の位置を教えてくれ』


『……あぁ』


 ファーレスは頷きながら方向を指で示す。スコープを調節しながら、ファーレスが示した方向の魔物も撃ち倒していく。


『フィーユ、ファーレスが感知した魔物の位置、何となく分かるか?』


『うん』


『じゃあその距離も覚えておいてくれ。あと大体でいいから、フィーユが感知出来る距離と、俺の射撃できる距離、それからファーレスが感知出来る距離の差を教えてくれ』


『……うん!』


 フィーユはタブレットのお絵かきアプリに円を描き、その中にもう1つ円を描く。更にその円の中にもう1つ円を描き、合計3つの円を描いて俺に見せる。


『……1番外側の円が、私の感じられる範囲。2番目の円が、トワの攻撃出来る範囲。3番目の円が、ファーレスの感じられる範囲だよ!』


『分かりやすいよ、ありがとう』


 円を見る限り、フィーユが魔力を感じられる範囲はかなり広い。俺の遠距離用スコープは500メートル程先まで見通せるため、その円と比較するとおよそ2倍、つまり半径1キロ程の範囲が感知できると思われる。ファーレスが感じられるのは50~100メートル程だろうか。


「魔力感知、便利だな……」


 魔力感知は俺の魔石銃とかなり相性がいい。広範囲、高性能なレーダーを持っているようなものだ。


 アルマ達に魔法について教えて貰った際、魔物達の遠距離攻撃は物を投げたりする程度で、遠距離魔法を使う個体も少ないと言っていた。

 使ったとしても、せいぜい物を投げるのと同じ程度の距離しか攻撃してこないという話だったので、魔石銃ほど遠距離で攻撃出来る手段は持たないと考えて良いだろう。


「まぁ、森に入ったら、魔石銃のアドバンテージはかなり減るけどな……」


 遮蔽物の少ない平野では、魔石銃はかなり長距離まで射撃可能だ。しかし森に入ってしまえば木などの遮蔽物が増え、距離を詰めなくてはいけなくなるだろう。


「しかも、魔力感知出来るのは俺達だけじゃないしな……」


 魔力を持つ者は皆魔力を感じることが出来るらしい。つまり、魔物達も魔力感知が可能なはずだ。相手も同じレーダーを持ってるようなものなので、注意するに越したことはない。


『フィーユ、ファーレス、魔力を感知したらすぐ教えてくれ。特に俺達の近くにいる魔物と、進行方向にいる魔物は最優先だ。出来る限り俺が銃で射撃する』


『分かった!』


『……あぁ』


 フィーユとファーレスが力強く頷いてくれる。


『山に入った後はまた戦略を変えるかもだけど……取り敢えず平野はその作戦で行こうと思う。ファーレス、それで大丈夫かな?』


『……あぁ』


『よし、じゃあこのままナーエの魔力圏内を抜けて……ロワイヨムに向かおう』




 異世界生活480日目、俺達はとうとうナーエの魔力圏内を抜けた。



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