第79話
『木が増えて来たな……』
魔力圏内を抜けて10日程経過した。
この10日間は、ファーレスにも魔石銃の使い方を教え、必ず2人1組のペアになった。
俺とフィーユがペアの場合は、俺が銃で攻撃役、フィーユがレーダー役だ。その間ファーレスは休んだり、食事を用意したりする。
俺とファーレスがペアの場合は、やはり俺が銃で攻撃役、ファーレスがレーダー役だ。フィーユが休む。
ファーレスとフィーユがペアの場合は、ファーレスが銃で攻撃役をし、フィーユがレーダー役だ。その間に俺が休む。
フィーユにも一応銃の使い方を教え、アルマから貰った試作品……威力の弱い銃を渡してある。万が一の時はこれで身を守れと言ってあるが、使う場面が来ないことを祈りたい。
『……あれ? そういえばファーレスって武器持ってるっけ?』
『……いや』
『……おいおい』
ふと気づいたが、牢屋にいたファーレスは、立派な鎧を着ているが武器を持っていない。鎧はまだしも、武器は流石に取り上げられたのだろう。
『ファーレスはどんな武器使ってたんだ?』
『……さぁな』
『……おい』
一緒にいて気づいたのだが、ファーレスは『あぁ』と『いや』以外の返答を、全て『さぁな』で誤魔化している気がする。俺はスティードから借り受けた長剣を出し、ファーレスに見せる。
『こんな感じの長剣?』
『……あぁ』
護衛のような仕事をしていたなら長剣使いかな? と予測し、長剣を見せてみたのだが、どうやらビンゴだったようだ。もし違う場合はちゃんと『……いや』と返事をする。最近分かってきた。
『……困ったな、これは大切な人が貸してくれた、大事な物なんだよ。おいそれと人に貸せるものじゃない……』
俺が持っている長剣は、スティードから借りた物だけだ。ロワイヨムに着いたらファーレスの長剣を買うことにして、仕方がないので短剣を差し出す。
この短剣はナイフ代わりに使っている物で、普段野菜や肉を切ったりしている物でもある。
『取り敢えずこの短剣で我慢してくれ』
『……あぁ』
『……料理にも使うから、緊急時以外はあんまり汚いもの切らないでくれよ……?』
『……あぁ』
一応、この世界で売られている石鹸のようなものと水で洗うとはいえ、汚物を切ったナイフで食材を切りたくない。
『木も増えて来たし、そろそろ途中にあるっていう、ベスティアの森に入ると思う。一応、装備の最終チェックをしよう』
俺もざっと自分の装備を確認する。
アルマから貰った鎧に、魔石銃、それから一応スティードから借りた長剣も装備している。問題ない。
フィーユは武器として試作品の銃を、防具として厚手の服とマントを身に着けている。
これは魔物の牙や爪を通しにくい素材で出来ているらしく、ナーエの商人がくれたものだ。
俺の鎧を貸そうか迷ったが、サイズが合わないため却下した。森に入ったら、フィーユは常に荷台の中にいて貰う予定だ。最悪、いざとなれば魔力で防御壁のような物も作れるらしい。
ファーレスは元々身に着けていた鎧と、俺が貸した短剣を装備している。
『よし……森に入ったら何があるか分からない。皆、気合入れて行くぞ!』
『……うん!』
『……あぁ』
……
俺が最初にいたディユの森とは違い、ベスティアの森はロワイヨムとナーエを行き来する通り道のため、道がちゃんと整備されているようだ。
整備されていると言っても、馬車が通れる道幅があるというだけで舗装されているわけではないが、充分だ。
「最悪、フィーユに魔法で木を焼いて貰いながら進まなきゃいけないかと思ってたけど……よかった、これなら馬車でいけそうだ」
王族や商人も行き来するのだろうから、馬車が通れる道があることは考えてみれば当たり前なのだが、俺の中でディユの森での印象が強すぎた。
「あ、もしかするともちの仲間もいるのかな?」
「きゅ?」
ディユの森以外で、もちの仲間……だいふく達を見かけたことがない。まぁ小さくて見落としているだけかもしれないが、森に住んでいる魔物なのかもしれない。
「……俺、だいふくは撃てないなー……」
もちに似ただいふくに向けて引き金は……多分引けない。まぁもちに戦闘能力はないようだし、だいふく達も大した戦闘力を持っていないだろう。現れたら逃げればいい。
『フィーユ、どう? 近くに魔物いる?』
『うーん……トワの攻撃範囲内にはいないかな? もっと遠くになら何匹かいるみたい』
『そっか……。俺達の方に向かってきたりしてる?』
『ううん。……多分、私の魔力にビックリしたのかな? 離れていってるみたい、です!』
フィーユは得意げな顔で、感知した結果を教えてくれる。
そういえばロワが、強い魔力を持つものは強い魔力に近づかないと言っていた。恐らく、フィーユの魔力を恐れる魔物は逃げていくのだろう。
裏を返せば、フィーユが近付いても逃げない魔物は、魔力が弱くてフィーユの強さが分からない魔物か、フィーユを恐れないほど強い魔物ということになる。
「弱い魔物ならいいけどな……」
溜息を吐きながら、『逃げない魔物は最優先で位置を教えてくれ』とフィーユに指示を出す。
『ファーレスはベスティアの森、来たことあるのか?』
『……あぁ』
『何だ、来たことあるのか! ここの魔物って強いのか?』
『……いや』
『おー……!』
俺はファーレスと会話しながら、射撃スコープを近距離用に切り替える。ファーレスがベスティアの森経験者だったのは嬉しい誤算だ。なんとなく、経験者がいると心強い。
『もしかして、ロワイヨムにも行ったことあるのか?』
『……あぁ』
『何だ、そうだったのか……! 言えよ、そういうことは! お前、本当喋らないからな……』
『……あぁ』
『あぁ、いや、さぁな、以外の言葉、ちょっと喋ってみてくれよ』
『……あぁ』
『いや、だから! あぁ、いや、さぁな、禁止だって! 何でもいいから!』
『……あぁ』
『クソ……本当ムカつく、このイケメン……』
俺が青筋を立てていると、会話から仲間外れにされていたフィーユが『……トワ、お話なら私としよ! ファーレス、喋らないもん!』と不満そうに口を挟む。
『そうだなー。ファーレスなんかほっといて、フィーユとお喋りするか』
『そうだそうだー!』
責められるファーレスを哀れに思ったのか、もちがファーレスの頭に飛び乗り、慰めるようにぽふぽふ跳ねる。
『ふはっ……! もちぃー、そんな薄情な奴ほっとけー』
『ふへへっ、そうだそうだー!』
『きゅー?』
もちを頭に乗せたファーレスという絵面が非常にシュールで、思わず吹き出しながらファーレスを責める。フィーユも便乗して相槌を入れるが、やはり堪えきれず吹き出してしまっている。
『……ふっ』
その時、常に無表情のファーレスが一瞬、ふわりと柔らかな笑みを浮かべる。
『あっ、今ファーレスも笑っただろ!』
『……いや』
『いや、絶対笑った! 一瞬だけど確実に笑った! フィーユも見たよな!?』
『見た!』
『ほら、絶対笑ったって!』
『……いや』
『何なんだよ、お前はぁー!』
異世界生活490日目、確実に笑みを浮かべていたのに頑なに否定するファーレスを責めつつ、俺達はワイワイと賑やかにベスティアの森へ突入した。
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