第73話


『トワ……ちょっといいか』


 フィーユに対し、変態的とも取れる発言をしていた俺に、それまで黙っていたミーレスが小さく呼び掛ける。まさかフィーユへの発言を注意されるのだろうか……?


 慌ててミーレスの方を向けば、そのまま部屋の外に連れ出される。フィーユに聞こえないように配慮しているのかもしれない。


『……あの、フィーユという女の子なんだが……』


 ミーレスが言いにくそうに言葉を吐く。

 やはりフィーユに関することのようだ。


『す、すみません……! あの発言は本心じゃないと言いますか、いやあんな可愛い子が妹になってくれたら嬉しいですけど、本気で言ってる訳じゃないと言いますか、フィーユが自分のことをいらない子だなんて言うのが可哀想で、いらなくない理由を伝えたかったと言いますか……』


『あ、いや。お前の発言はまぁいいんだが……』


『へ?』


 誤解を解くためマシンガンの如く必死に言い訳を重ねていると、ミーレスが俺の言葉を遮る。どうやら俺の『妹になってくれ』発言に対する苦言ではないようだ。

 ミーレスがゴホンと一つ咳ばらいをし、話を戻す。


『あのフィーユという女の子なんだが……あの子は多分、魔力暴走を起こして牢屋に閉じ込められたのだと思う』


 魔力暴走。

 前にアルマが魔法について教えくれた時、魔力量が多く、その魔力を制御出来ない子供が起こしやすいと言っていた現象だ。フィーユはまだ幼いし、魔力も強そうで、正にその条件に当てはまる。


『少し前、ナーエの貴族街で魔法の暴走事故が起きた。貴族の家が丸々1つ吹き飛んだらしい。噂だがその暴走事故は、まだ幼い子供が起こしたそうだ』


『……なるほど。確かにフィーユは、1人だけ他とは違う頑丈そうな牢屋に閉じ込められてました……可能性は高そうですね』


『やはりそうか……。トワ、悪いことは言わん。フィーユは牢屋に戻した方がいい』


 ミーレスの言葉に、俺は目を見開く。

 情に厚そうなミーレスが、まさかそんなことを言うとは思わなかった。俺はミーレスの言葉に動揺しつつも、きっぱりと断言する。


『……戻しません。フィーユの意見を聞いて、フィーユが俺について行きたいと言うなら、俺はフィーユを連れて行きます』


 俺の言葉を聞き、ミーレスが困ったように頭を抱える。


『トワ……気持ちは分かる。だが……あんなに魔力の多い子供は滅多にいない。いつまた暴走事故を起こしてもおかしくない』


 ミーレスが俺を宥めるように言葉を続ける。


『ずっと牢屋に閉じ込め続ける訳ではない。きちんと教育して……魔力の使い方を覚えれば、外に出れるはずだ』


 ミーレスの言う通りかもしれない。

 だが俺は、牢屋で聞いたフィーユの泣き出しそうな声音の、悲痛な叫びが忘れられない。


 魔力の使い方を覚えるなんて、いつになるか分からない。

 それにあの下級貴族達が、フィーユに優しく魔力の使い方を教えるとは、どうしても思えない。もしフィーユが優しく魔法教育をされているのなら、あんな風に『ここから出して』と叫ばないはずだ。


『フィーユは牢屋から出たがってました……。俺も幼い女の子をあんな劣悪な環境に閉じ込めるのは反対です』


 絶対に譲らないという強い意志を持って、ミーレスに反論する。そんな俺を見て、ミーレスは『はあぁ……』と深く深く溜息を吐く。


『……そうか。旅の目的地の時といい、救出作戦の時といい、お前がこうと決めたら、意志が固いことはもう充分理解したさ』


『す、すみません……』


 俺が思わず謝ると、ミーレスは呆れたように笑う。


『謝るくせに譲らないのだよな、お前は。まったく……! まぁいい。あの子が暴走事故を起こさないよう、お前が気を付けていてやれ』


 ミーレスは説得を諦めてくれたようだ。フィーユを牢屋に戻さないというのは、俺の中で譲れないものだった。どんなに説得されても納得しなかっただろう。


『分かりました……と言いたいところなんですが、どう気を付ければいいんでしょう……?』


『魔力の使い方を体に覚えさせるのが一番だな。小さな魔法を何度も使わせて、魔力の使い方を覚えさせると共に、体内の魔力量を減らすことを心掛けろ。体内の魔力が少なければ、暴走することも減る』


『分かりました。ちょこちょこ魔法を使わせてあげればいいわけですね』


 ミーレスに魔法を使わせる時の注意点などを細かく聞きながら、スマートフォンにメモを取る。


『―― まぁ、こんなものかな。さて、じゃあ本人の意思を確認するか』


 説明を終え、ミーレスが部屋の中に戻る。俺も部屋に入り、そっとフィーユの様子を窺う。

 見た感じ、出て行った時と同じ無表情のままでソファに腰掛けており、俺達の会話を気にしている様子はない。

 俺はフィーユの前に跪くと、優しい声と笑顔を心掛けながら話し掛ける。


『フィーユ。俺はナーエの街を出て、遠い遠い場所へ旅をしようと思ってる。危ないこともあるかもしれない。フィーユはどうしたい? お家に帰りたい? それとも俺と一緒に旅をしたい?』


 もしフィーユが家族の元へ帰りたいと言うなら、何が出来るかは分からないが、俺は惜しみなく協力するつもりだ。


『……お家は……いや……』


 フィーユがぽつりと呟く。


『……お父様が……私をいらないって言うから……』


 悲しそうなその呟きを聞き、俺は思わず顔をしかめる。慌てて笑顔を作り直し、そっとフィーユの頭を撫でる。


『そっか……じゃあ俺と一緒に来る?』


『……うん』


 俺の問いかけに、フィーユが少し迷い、コクリと頷く。


『よし! じゃあ一緒に色んな街を見て回ろう!』


 俺はスマートフォンで撮った、ノイの写真をフィーユに見せる。


『俺が前にいた街だよ。皆優しくて、凄くいい街だったんだ。次に行く街もそんなところだといいな』


『……うん』


 フィーユはスマートフォンの写真を食い入るように見つめながら、少し明るくなった声で頷く。そんなフィーユの頭をもう一度撫でながら、ふと会話に全く入ってこないイケメンの存在を思い出す。


『あ、ファーレスはどうする? ナーエに残るか? 俺の旅に一緒に来るか?』


 俺がそう問いかけると、ファーレスは少しの沈黙の後『……あぁ』と一言だけ返事をする。いや、『あぁ』ってどっちだよ。頼むから顔面だけじゃなくて、コミュニケーション力にもステータス割り振ってくれよ。


『えーっと……ナーエに残るのか?』


『……いや』


『じゃあ俺の旅に一緒に来てくれるのか?』


『……あぁ』


『お……おぉ……よろしく……』


 内心「え、来るの?」と思ってしまったことは内緒だ。しかしファーレスは、多分、恐らく、俺の予想が正しければ、護衛的な職業のはずだ。パーティーの戦力アップは喜ばしい。


 ―― 本当に職業が護衛であってるのか、一応確認しとくか。


 ファーレスに質問してちゃんと答えが返って来るかなー……と疑いつつ、問いかける。


『ファーレスの服装を見て、護衛の仕事をしてるのかと思ったんだけど……あってる?』


『……いや』


『あ、護衛じゃないのか?』


『……いや』


『え、やっぱり護衛なのか?』


『……いや』


『はぁあ!? どっちだよ!?』


『……さぁな』


『……いや、だからさぁ……護衛っぽい仕事ってことか?』


『……あぁ』


『お、おぉ……』


 本当に言葉通じてるよな? と心配になりつつも、取り敢えず回答が出た。ファーレスは護衛っぽい仕事をしている。


『……護衛っぽい仕事をしてるってことは……強いんだ、よな?』


『……あぁ』


 信じるぞ? その言葉信じるからな?

 いや本当にファーレスとの会話は疲れる。コイツ今までどうやって人とコミュニケーション取って来たんだ?


 俺は呆れながらファーレスの顔面を見る。


 ―― あぁ……イケメンは女子達が勝手に話しかけてくれるから、相槌を打つだけでいいのか……


 ふと正解に近そうな考えが頭をよぎり、俺の中のイケメン殺すゲージが一気に溜まった気がした。

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