第72話
ミーレスの提案に頷き、ギルドに向かおうとしたところで、先程までグルグル考えていたことを思い出す。
『あ、あの……俺が……その、殺した……警備兵の……死体、は……?』
『……私が処理しよう。隠しておけば多少の時間稼ぎは出来るはずだ。お前は人目に付かないように気を付けながら、先にギルドに向かってくれ。裏口で落ち合おう』
『で、でも……』
『トワ、お前が来ても足手纏いだ。私は慣れている、気にするな』
ミーレスに死体処理を任せるのが申し訳なく、俺が反論しようとすれば、ミーレスは俺の言葉を遮るように言う。
確かにミーレスの言う通り、俺がいても邪魔になるだけだ。それに多分、ミーレスは俺が殺した死体をもう一度見なくていいように、気遣ってくれているのだろう。
『……すみません、ありがとうございます』
『早く行け』
ミーレスが優しく背中を押してくれる。
正直、もう一度死体を見たら気が狂いそうだ。今はミーレスの優しさに甘えさせて貰うことにした。
……
道中無言のまま、俺ともち、それからイケメンと美少女は、人目を避けてギルドを目指す。
無事ギルドの裏口に着き、皆無言のままミーレスを待つ。
数分後、姿を表したミーレスが俺の耳元でそっと囁く。
『トワ、あの警備兵は一命を取り留めていた』
『ほ、本当ですか!?』
ミーレスの言葉に驚き、俺は思わず声を上げる。そんな俺を安心させるように、ミーレスが優しく笑いながら言葉を続ける。
『あぁ。最後の力を振り絞り、治癒魔法でも使ったのだろう。意識がなかったので牢屋の裏手に移動させたが、数時間もすれば意識が戻るはずだ』
『……よ、よかったぁ……!』
俺は思わずその場にしゃがみ込む。
俺の言葉に対し『いや、あまりよくないだろう。お前の危険が増えるだけだぞ』とミーレスが突っ込むが、警備兵の意識が戻る前にナーエを出てしまえばいいだけだ。
―― 俺が命を奪おうとしたことには変わりない。でも……
重くのしかかっていた後悔が、少しだけ和らいだ気がした。そんな俺を見て、ミーレスが表情を引き締め、忠告する。
『……トワ、優先順位を……間違えるなよ』
『え?』
人を殺していなかった……と安心して気を抜いていた俺は、言葉の意味がよく分からずポカンとした表情で聞き返してしまう。
ミーレスはゆっくりと、再度俺に忠告を重ねる。
『お前やお前の大事なものと、それを害するもの。どちらが自分の中で大切かは明白だろう?』
『……はい』
『大切なものを守りたいのなら、間違えるなよ』
ミーレスの言葉が俺の心に深く刻み込まれる。立ち上がり、ミーレスの目をまっすぐ見て返事をする。
『……はい』
俺の返事を聞き、ミーレスは満足そうに頷くとギルドの裏口を開ける。
『ふっ……分かっていればいい。中に入ろう』
……
ギルドに入り、ミーレスが案内してくれた応接室のような部屋でやっと一息つく。
色々あり過ぎて、イケメンと美少女に自己紹介すらしていなかった。
俺は慌ててイケメンと美少女の方を向き、頭を下げる。
『えっと……申し遅れました。俺は永久、渡 永久と言います』
そのまま続けてもちとミーレスを紹介し、無表情で無言を貫くイケメンと美少女に問いかける。
『えーっと……お名前、お聞きしてもいいですか?』
まずは名前を聞こう。全てはそれからだ。
そう思い、ぎこちなく会話をスタートさせる。
『……』
『……』
両者無言。
その場を支配する重い沈黙。
―― 牢屋ではちょっと話したし、言葉が通じないわけじゃないよな……?
二人に向かって話し掛けたのが良くなかったのかもしれない。
うん、そうだ。きっとお互いに遠慮してしまって、回答しにくかったのかもしれない。
ポジティブにそう考え、横にいたイケメンさんの方を向いて話しかける。
『え、えっと……あの、名前、聞かない方がいいですか?』
『……いや』
今度は一言答えてくれた。
いや、この『いや』って聞いていいですよって意味だよな……?
え、これはもう一回名前を問うべきなのか?
何で一回黙ったんだこのイケメン。もしかして『いや』さんなのか?
悶々と考え、名前を聞くのを諦めようか迷っていると、イケメンがぼそりと呟く。
『……ファーレス』
『え?』
『……ファーレス』
どうやらイケメンはファーレスという名前らしい。
俺は慌てて何度も頷く。
『あ、あぁ! ファーレス、ファーレスか! よ、よろしく、ファーレス!』
『……あぁ』
なんだこのイケメン。無口過ぎないか?
イケメンは無口でなくてはいけないみたいな気まりでもあるのか?
確かにファーレスの見た目は、正真正銘まごうことなきクール系イケメンだが、クール系イケメンは5文字以上喋ってはいけないみたいな呪いでもあるのだろうか?
クール系イケメンではない俺には分からない。
『えーっと、ファーレスは何であの牢屋に?』
『……さぁな』
いや、お前自分が囚われた理由分かんねーのかよ。
そう突っ込みたかったが、もしかしたらこれは『それ以上突っ込むな』という牽制なのかもしれない。
取り敢えずファーレスとのコミュニケーションは取れた。
次は怯えた様子の美少女ちゃんだ。
『こ、こんにちわー……名前、聞いてもいいかな?』
取り敢えず美少女ちゃんの前にしゃがみ込み、怖がらせないように笑顔で話しかける。
『……フィーユ。ナーエ・ファミーユ・フィーユ、です……』
美少女ちゃん改めフィーユは、小さな声で答えてくれた。
ファーレスと違い、この子はちゃんとコミュニケーション能力にステータスを振っているようだ。素晴らしい。
『フィーユか。可愛い名前だね。俺はトワ、よろしく』
俺のよろしくに答えるように、フィーユがコクリと頷く。
牢屋に閉じ込められていたせいなのか、元来の性格なのか分からないが、あまり喋らない子のようだ。
『フィーユは……その、なんであんな場所に閉じ込められてたんだ?』
牢屋でもまさかと思ったが、明るい場所で改めて見てもフィーユの髪は紺に近い紫色だった。
服装も黒一色で分かりにくいが、しっかりとした作りの高級そうなワンピースだ。
―― フィーユはやっぱり貴族の子なのか……?
貴族の子だとしたら何故牢屋にいたのか気になり、ファーレスの時と同様に問いかけてみる。
するとフィーユが悲しそうに表情を歪めた後、一言だけ呟く。
『……いらない子、だから』
その言葉を聞き、俺は自分の浅慮を再び思い知る。
レッスの時といい、毎回毎回考え無しに人を傷付けてばかりだ。
普通に考えれば、貴族の子が牢屋に入ることなんてないはずだ。フィーユはもしかしたら、貴族の親に捨てられたのかもしれない。その時親に『お前はいらない子だ』等と罵られたのだろう。
嫌がられるかなと心配しつつも、フィーユを抱き寄せてそっと撫でる。
『辛いこと……思い出させてごめん。何があったのか分からないけど……フィーユはいらない子なんかじゃないよ』
するとフィーユが小さな声で問い返す。
『……いらなく、ない?』
こんな小さな女の子が、自分をいらない子と思ってるなんて悲しすぎる。
少しでもフィーユに伝わるよう、俺は何度も繰り返す。
『いらなくない。フィーユはいらない子なんかじゃないよ』
『……いらなく、ない』
フィーユが小さな声で俺の言葉を繰り返す。
まだフィーユの心に届いていない気がする。
会ったばかりの男にいきなり『いらなくない』と言われても、確かに納得出来ないだろう。
―― 何か……何かフィーユが納得するような理由……! フィーユが必要だという理由を考えろ……!
俺は必死に頭を回転させ、フィーユが自分をいらない子だなんて思わなくなる理由を必死に考える。
正解かは分からないが、思いついた理由をとにかく並べる。
『そうだよ、いらなくない。俺はほら……えーっと、魔力がないんだ。フィーユは魔力がいっぱいあるだろ? だからフィーユがその魔力で俺を助けてくれたら、凄く助かるんだけどなー?』
『……私の魔力が、必要?』
フィーユが俺に問い返す。
これではフィーユの魔力しかいらないように聞こえてしまう。
『そ、そうだね。でも魔力だけじゃなくて、フィーユ自身も必要だよ。えーっと……俺は一人っ子で……兄弟とかいなくて……その、妹とか憧れてたんだ!』
『……妹』
『そ、そう! だからフィーユが俺の妹になってくれたら、凄く嬉しい!』
言いながら、俺の脳内に「後悔」という二文字が大きくよぎる。
―― 出会ったばかりの可愛い女の子に対し、妹になってくれという成人男性。
どう考えても変態だ。元の世界であれば通報物だ。
もう少しマシな理由を思いつかなかったのだろうか、自分は。
恐る恐るフィーユの様子を窺えば、フィーユがコクリと頷いてくれる。まさかこの頷きは、了承の意なのだろうか。
『えーっと、いいの……?』
確認のためにフィーユに問いかければ、フィーユがまたコクリと頷く。
『あ、ありがとう……』
内心「嘘だろ?」と思いつつも、フィーユが頷いてくれたのだ。良しとしよう。
心なしか、先程まで悲しそうだったフィーユの表情も、少し明るくなっている気がする。
異世界生活473日目、一人っ子の俺に可愛い妹が出来ました。……ヤッタネ!
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