第71話
俺の祈りが通じたのか、警備兵は大きないびきをかいたまま、起きる気配がない。
無事牢屋の外に出ることが出来、はぁと大きく安堵の息を吐く。
『……俺はまだやることがあります。あとから合流するので、ギルドに向かって下さい。ミーレス……ギルドマスターに「牢屋に囚われていた」と伝えれば匿ってくれるはずです』
イケメンにもちと女の子を託し、早口でそう伝える。イケメンは無表情のまま無言でこちらを見ている。俺の言葉を疑っているのかもしれない。
『……すみません。時間がないんです。怪しいと思うかもしれませんが、今は信じて下さい』
それだけ伝えると、俺は牢屋の中に戻る。
―― 危険かもしれない。でも……やっぱりメールから貰った精霊石は諦められない……!
出入り口と机はそれ程離れていない。パッと魔石製の箱を持って一目散に出口を目指せば、何とかなるだろう。
―― あんな奴らに、大事な物を奪われてたまるかよ……!
まだ警備兵は大きないびきをかいている。
右手に銃を持ち、心を落ち着かせる。
―― 大丈夫、大丈夫だ。
静かに机に近付き、魔石製の箱を慎重に持ち上げる。
―― ジャラッ!
箱の中の魔石が崩れたのか、箱を持ち上げた瞬間、思いのほか大きな音が響く。
『んあぁ……?』
眠りが浅くなっていたのか、耳元で鳴ったその音で警備兵が目を覚ます。
―― ヤバイ……!
『……てめぇ、何してやがるっ!』
寝ぼけまなこだった警備兵が、俺を視界にとらえ一気に覚醒する。警備兵が椅子から立ち上がろうとするが、椅子に縛りつけておいた腕と足が邪魔をして失敗する。
このままじゃ椅子と縄がもたない。
警備兵が魔力で肉体を強化すれば、椅子も縄もたちまち拘束の意味をなくすだろう。寝起きに突然の状況と言う、警備兵の力が完全に発揮できていない今しか、反撃のチャンスはない。
―― 『 死んだらそこで終わりなんだから』
―― 『一瞬の躊躇いが命を落とすことに繋がる』
―― 『迷わずに、自分の決めた道を進みなさい』
色んな人に言われた言葉が頭の中を駆け巡る。
―― 『それが故郷に帰るのに必要なら』
あぁ、そうだ。
スティードに稽古をつけて貰ったあの日。
俺は故郷に帰るために必要なら、生きているものを傷つける覚悟を決めた。
警備兵の顔に銃口を向ける。
引き金に手を掛ける。
「……ごめんなさい」
俺は、そのまま、引き金を、引いた。
パンッと鈍い銃声が小さく響く。
目の前に赤黒い破片が飛び散る。
生理的な涙が浮かび、視界が滲む。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
椅子に縛られたまま、動きが止まった警備兵に震える手で再度照準を合わせる。
―― パンッ! パンッ! パンッ!
警備兵が動かなくなったことを確認し、やっと銃を下す。もう危険はないはずなのに、手の震えが止まらなかった。魔石製の箱を持ち、牢屋を後にする。
―― 人を殺した……
―― あ、死体どうしよう……
―― ギルドに行かないと。
―― この手で人を殺したのか?
―― あの人達、無事ギルドに着いたかな?
―― 死体はどこかに隠すか?
―― 人殺し……
頭の中がぐちゃぐちゃで考えがまとまらない。魔物を倒して、覚悟を決めたつもりだった。もう、命を奪うことに、慣れたつもりだった。
―― 人を、殺した、この手で。
銃を持ったままの右手に目を落とす。
運が良かったのか返り血が付くことなく、手も銃も綺麗なままだ。
―― でもこの手は……
急がなくてはいけないのに、足に力が入らずふらふらと歩く。
―― ギルド、ギルドだ。ギルドに行かないと。
立ち止まって座り込みたい。
涙が止まらない。
目も耳も塞いで、静かなところで眠りたい。
『トワッ!!』
牢屋から10メートルほど歩いただろうか。突然後ろから名前を呼ばれ、ぎゅっと抱き着かれる。
『……みー……れす……?』
俺の名を呼び、きつく抱きしめてきたのはミーレスだった。あまりに強く抱きしめられ、背骨が折れそうなほど痛い。
『トワ……無事でよかった……! 心配かけおって……!』
ミーレスが泣きそうな顔で笑う。密着したミーレスの身体から伝わる体温、そしてミーレスの泣きそうな表情を見て、俺の中の抑えていた感情が一気に溢れ出した。
『み……ミーレス……ミーレス……! 俺……俺ぇ……っ!』
ぼろぼろと涙が零れる。
こんな子供のように泣きじゃくるのは恥ずかしくて涙を止めたいのに、止め方が分からない。
『俺っ! 俺……人を殺した……! この手で……! この手で人を殺したんだ……!』
懺悔するように叫ぶ。
ミーレスに何を求めているのか分からない。
断罪して欲しいのか、慰めて欲しいのか、許して欲しいのか。
『……そうか』
ミーレスはただ一言そう呟き、もう一度強く俺を抱きしめた。
『……トワ、その感情を忘れるな』
ミーレスがどんな思いでその言葉を吐いたのかは分からない。
でもきっと、俺の心に渦巻くこの想いは、一生忘れてはいけないものなのだ。
……
「きゅーっ!」
聞きなれた鳴き声と共に、ミーレスと抱き合う俺の頭に、見知った柔らかな衝撃がくる。
『も、もち!?』
もちはあのイケメンに託したはずだ。何故ここにいるのだろうか。取り敢えず飛びついて来たもちを受け止め、ミーレスから離れる。
『あ、えと……ミーレス。その、すみません……色々ありがとうございました』
『……もう、大丈夫か?』
『はぃ……』
ミーレスの問いかけに対し、俺は消え入りそうな声で返事をする。ミーレスに抱き着き、子供のように泣きじゃくった。とても恥ずかしい。
『あ、あの……ミーレスは何でここに?』
ミーレスは外で騒ぎを起こした後、怪しまれないようにギルドに戻る予定だったはずだ。
もしやあのイケメンと女の子が、ミーレスを呼んで来てくれたのだろうか?
しかしギルドと牢屋は結構距離があり、そんな数分で行き来できるほど近くはない。
『お前が心配でな。近くで様子を探っていたんだ』
『そうだったんですか……』
どうやらミーレスはギルドに戻らず、万が一のため近くで待機してくれていたらしい。となると今度は、ギルドに向かったイケメン達が気になる。
もちがここにいるということは、近くにいるんだろうか?
それとももちだけ勝手に来てしまったんだろうか?
「もち、お前と一緒にいた人達は?」
「きゅー」
俺の問いかけに答えるように、もちが俺の髪を咥えぐいぐい引っ張る。もちが引っ張る方向を見れば、イケメンと女の子が立っていた。木の陰になっていて見えなかったが、どうやらずっとそこに立っていたようだ。
『あ、ど、どうも……』
二人に向かい頭を下げるが、イケメンは無表情のまま、女の子は俯いたまま、二人共反応してくれなかった。
『トワ、ここにいて見つかったら困る。一度ギルドに戻ろう。ギルドの裏口から入れば、姿を見られる心配も少ない』
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