第54話

 

 レッスは俺の言葉を聞き、目を見開く。


『旅って……アタシと……?』


『うん。俺が貴族によって捕まった人達を助けたいのは、旅の仲間になって欲しいって思いもあるんだ』


『……そうなの』


『勿論レッスが暮らせる場所が見つかるまでの間だけでいいし。どうかな?』


 レッスは食べ終わった器を置き、俺の方を向く。

 レッスの淡い茶色の瞳が、陽の光にゆらゆらと煌めく。


『旅、誘ってくれてありがとね。……でもごめん、一緒には行けないよ』


 正直、レッスの言葉は意外だった。

 レッスは盗みに罪悪感を感じているようだったし、行く場所もなさそうだったので旅に付いて来てくれると思っていた。

 とうとう旅の仲間が出来るかもと期待していた分少し落胆したが、まだ会って間もない人間に誘われて、簡単に付いていくとは決められないだろう。


『……そっか。いや、謝ることないよ。突然目的地も決まってないような旅に行こうなんて、そりゃ無理だよな』


 断りの言葉を吐いた後、俯くレッスに対して俺は気にするなと笑いかける。


『……アタシ、トワと会ってまだ少ししか話してないけどさ、トワがいい奴だってのは分かるよ』


『え、あ、ありがとう……』


 レッスが突然そんな言葉を吐く。

 俺は少し照れながら頬を掻いてお礼を言うと、そんな俺を見ながらレッスは少し目を伏せて続ける。


『盗みとか、略奪とか、アタシがしてることは最低なことだよ。……でも、生きるためにもしまた同じ選択肢が出たら……アタシはきっとまたこの道を選ぶ』


『レッス……』


『だからさ、あんたとは行けないよ』


 レッスは何だか吹っ切れたように笑う。『そーれーにー』とふざけた口調で続けながら、俺の胸を指で刺す。


『トワ、あんた弱すぎ! 女のアタシに手も足も出ないってどういうこと?』


 確かにレッスの言う通り、あれだけスティード達が訓練してくれたにも拘らず、レッスに攻撃された時、俺は一切反撃できなかった。


『ゆ、油断してたとこに突然だったから……ちゃんと準備してれば色々と反撃出来た、よ……』


 俺の苦し紛れな言い訳を聞いて、レッスはスッと懐から何かを取り出したかと思うと、目にも止まらぬ速さで俺の首筋にあてる。


『……トワ。もしアタシがトワを本気で殺そうとしてたら、今死んでたよ?』


 レッスは酷く冷えた目で、射殺すように俺を見据える。

 全く反応することが出来なかった俺は、ただ呆然とレッスを見つめることしか出来ない。


『トワ、旅をするなら油断をしちゃ駄目。死んだらそこで終わりなんだから』


『……あぁ』


 レッスは俺の首筋にあてていた短刀をしまうと、遠い目で空を見つめる。


『トワは凄いね……こんなに弱いのに、ナーエや……もっと先まで進もうとしてる』


『いや、こんなに弱いのにって……』


 俺が反論しようとするが、レッスは俺の言葉を遮るように言葉を重ねる。


『弱いよ。よわよわだよ。平民街出身の、小娘一人に反撃出来ないんだよ?』


『……まぁ、反論出来ないけど……』


 レッスの言葉に俺が悔し気に呟く。

 レッスは少し笑いながら、やはり遠い目をしたまま空を眺める。


『アタシもナーエを目指そうと思ったことあるよ。でも王様の魔力圏内ギリギリのとこまで行ってさ、怖くてそれ以上踏み出せなかったんだ』


『……そっか』


『食料は正直厳しいし、服とかも……奪わないと手に入らないけど、死ぬことはない』


『……うん』


『まぁ三人で馬車を襲って返り討ちにされた時は、死を覚悟したけどね!』


『スティード、強いもんな』


『あはは……三人もいれば大丈夫だと思ったんだけどね……』


 レッスは悲し気に笑いながら、俯く。

 やはり馬車を襲ったことを後悔しているようだった。


『アタシは自分の命が一番大事だから……命を懸けて旅に出ることは出来ない……先には進めない』


 なら遥か遠くじゃなく、一度は目指したナーエまで一緒に行こうと口に出しかけ、俺は言葉を止める。


 誘うのは簡単だ。

 もしかしたらレッスも、ナーエまでならと共に来てくれるかもしれない。



 ―― でも、俺にはレッスの命を背負う覚悟がない。



 ついていくとレッスが決めたのなら、俺はレッスの命を背負わなくていいのかもしれない。

 でも、俺が誘わなければ、レッスは死ぬことはない暮らしを続けられるのだ。


『……進む選択肢もあれば、進まない選択肢もあると思うよ。俺だって正直、ナーエに辿り着けるかさえ不安だからね』


 迷った末、俺は愚にも付かない言葉を吐く。


『そうだね……。アタシには応援することしか出来ないけどさ、頑張ってね、トワ』


 レッスが臆病で勇気を出せないと言うなら、レッスよりも弱い自分が前に進めたのだと証明しよう。

 俺がいつかもう一度ノイに帰ってきて、レッスに会うことがあったなら『弱い俺でもこんな場所まで行ったんだぞ』と自慢しよう。


 ―― そうしたら、レッスも先に進む勇気を持つかもしれない。


 そう思い、応援してくれるレッスに対して俺は力強く頷く。


『ありがとう、頑張るよ』


 俺の返事を聞き、レッスは満足気に笑いながら提案する。


『朝飯のお礼に、魔力圏内ギリギリまでは護衛してあげるよ。ま、アタシがいれば盗賊相手なら争わないで済むだろうしね』


『助かるよ』


 沈黙が気まずくて誘った朝食だったが、思わぬ拾い物だ。

 やはりこの世は勧善懲悪。良いことをすれば幸運がやってくるのだ。


『じゃあ、俺の旅の仲間を紹介するよ』


 そう言って俺は馬車までレッスを案内する。


『エクウスに、こっちはもちだ』


 街の外だしもちを紹介しても大丈夫だろうと思い、馬車の中からもちを連れ出す。


「きゅー!」


 もちはお腹を空かせて待っていたのか、扉を開けた瞬間に勢いよく飛び出してくる。定位置である俺の頭の上に鎮座した後、レッスに気付いたのか「きゅ?」と不思議そうな声を上げる。


『な、なに……そのいき、もの……?』


 レッスは怯えたような目でもちを凝視する。


『えーっと……魔物、かなぁ?』


『か、かなぁ!? 魔物でしょ、どう見ても!』



 異世界生活440日目、青空の下、レッスの賑やかな突っ込みが周囲に響き渡った。


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