第53話

 

 俺は器にスープや欲し肉等を盛り付けて、レッスに差し出す。


『……ありがとう』


『いただきます』


『……いただきます』


 俺が食事を始めれば、レッスもおずおずと食事を食べ始める。

 食事をしながら、俺は気になっていたことを質問する。


『あのさ……ノイにはもう戻れないって……なんでか聞いてもいいかな……?』


 レッスは20代前半くらいの女性だ。

 髪は薄汚れているが、恐らく茶色だろう。ざんばら髪を適当に紐で結んでいる。

 服は男物の服を適当に切ったのか、サイズが合っていない上にかなり汚れている。

 目つきは少しキツイが整った顔立ちをしているので、お風呂に入って女性らしい服を着ればかなり見違えるように思う。


 何故レッスのような若い女性が城壁の外で暮らしているのか、何故ノイに戻れないのか、俺には見当もつかない。

 俺の質問に対し、レッスは食事の手を止め、少し躊躇った後、ぼそりと呟く。


『……アタシは貴族に逆らって、一度捕まってるんだよ』


『貴族に!? ……もしかして、昔ノイの牢屋から脱獄したのってレッスか!?』


 フレドと脱獄の話になった時、昔脱獄した人がいると言っていた。

 もしそれがレッスなら、脱獄方法を教えて貰えるかもしれない。

 思わず期待に満ちた目でレッスの方を見れば、レッスは悲しげな雰囲気で俯いていた。


『……レッス?』


『あぁ……ごめん。そうだね……多分、その脱獄したってのはアタシだ』


『やっぱり……!』


 レッスの言葉を聞き、俺は自分も貴族に逆らってノイから出たこと、貴族によって捕まった人達を助けたいと思っていることを矢継ぎ早に話す。


『レッス! どうやって脱獄したのか教えてくれないか!? 頼む……!』


 俺の懇願に対し、レッスは俯いたまま再びぼそりと呟く。


『アタシの脱獄方法はあてにならないよ……単に運が良かっただけだもの……』


『運が良かった?』


『……そう。牢屋の見張りをしていた人が、たまたま知り合いだったの。知り合いって言っても……本当に偶然、その人が外で怪我をしているところを、アタシが助けただけ。アタシはその頃、今よりずっと幼かったから……見張りの人はこんな若い女の子が殺されるなんて可哀想だって言って、こっそり逃がしてくれたの……。でも途中で見つかっちゃって、お父さんもお母さんも……見張りの人も……皆殺されちゃった……』


『……ごめん、辛いこと聞いて……』


 レッスの言葉を聞き、俺は自分の浅慮を思い知る。

 城壁の外で盗賊なんてしながら暮らしているのだ。

 何かあったであろうことなど、少し考えれば分かったはずだ。

 脱獄方法を教えて貰えるかもしれないと言う甘い考えで、レッスに辛い過去を思い出させてしまった。


『……アタシは怖くて、怖くて、お父さんもお母さんも置いて、見張りの人が最後に言った城壁の外に逃げろって言葉を信じて、外に逃げ出したの』


『……そっか』


『外に出て、でも王様の魔力圏内から出るのは怖くて……ノイの近くをずっとウロウロしてた。ノイに戻ったら貴族にまた捕まるかもしれない、そう思ったらノイに戻ることも出来なかった……。そうしたら、同じようにノイに戻れない人達が声を掛けてくれたの』


 恐らく声を掛けてくれたのが、前に一緒に馬車を襲ってきた二人だろう。


『……その人達も、貴族に捕まって逃げ出したの?』


『ううん。平民街の中で問題を起こしたり……居場所がなくなったり……アタシとはまた違う事情でノイに戻れないって言ってたわ』


『……そうなんだ』


『……アタシは人に命を救って貰ったくせに……自分が死にたくないから馬車を襲ったり、人の物を奪うのよ……最低でしょ?』


 レッスは酷く悲しそうな瞳で、自嘲するように歪んだ笑みを浮かべる。

 俺はレッスの懺悔にも似た言葉を聞きながら、ぽつりぽつりと言葉を吐く。


『俺も……俺だって、自分が死にたくないから他の生き物の命を奪うよ……』


 思い出すのは異世界に来てまだ間もない、山の中で遭難していた頃のことだ。

 最初の頃はウリボーの命を奪うことに罪悪感を感じていた。

 しかし精神的に追い詰められ、自分に余裕がなくなった頃はウリボーに対する罪悪感なんて微塵も感じていなかった。

 ウリボーを見ても「あぁ、肉を補充するか」そんな程度の思考しか持たなくなっていた。


『……人間、多分……追い詰められたら自分のことしか考えられなくなるんだよ。自分のことで精一杯なんだ。他人よりも自分を優先する。悲しいけど、でもそれは……多分仕方のないことなんだ』


 俺が山の中での経験を話せば、レッスは顔を上げて首を振る。


『トワのは……違うでしょ! だって……お肉は……皆、食べるし……』


『……そうかもしれない。でも、俺は……罪悪感なく生き物を殺せてしまった自分が凄く嫌だった。人に会って、余裕が出来て、あの頃のことを考えたら……あの時の自分は自分のことしか考えてなかったなって、凄く実感したんだ』


『そう……』


『いや、盗賊がいいことだとは言わないけどね!? 勿論駄目だし、出来ればやめて欲しいけど……死にたくないって気持ちは少し分かるって言うか……だから、その……』


 まとまらない俺の言葉を聞き、レッスは少し考えた後『トワ、やっぱりお人好しなじゃくて馬鹿なんだね』と笑った。

 今度はお人好しを通り越さずに馬鹿と言われてしまった。


『そ、そうかな……?』


『そうだよ』


『そうか……』


『そうだね』


『そうなの?』


『そう』


 レッスは力強く頷いた後、食事を再開する。


『でも、うん。ありがとう。トワが励まそうとしてくれたのは凄く伝わった』


『……そっか。なら良かった……のかな?』


『悪いね、脱獄方法があてにならなくて。代わりになるか分かんないけど、牢屋の様子とか覚えてる限り教えてあげるよ』


『ありがとう、助かるよ』


 食事を続けながら、レッスから牢屋の中の様子を聞く。

 ノイとナーエの牢屋が同じ作りかは分からないが、こちらの世界の牢屋事情を全く知らない俺からすると、かなり有り難い情報だ。


 食事も終え、粗方情報を聞き終えた俺は、改めてレッスに話し掛ける。


『俺さ、自分の故郷に帰るために旅をしてるんだ。俺の故郷は凄く遠くて……どこにあるかもよく分からなくて……最初はナーエに……次はナーエの先のロワイヨムに、その次はもしかしたらロワイヨムよりも先までずっと旅しようと思ってる』


『……そんな、先まで』



『それで、もし良かったらなんだけど、レッスに行くあてがないなら、俺と一緒に旅しないか?』


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