第38話

 

 数日後、武器屋の手伝いをするついでに、アルマに脱獄について聞いてみることにした。


『あのさ、アルマが脱獄を手助けするとしたら、どんな風に手助けする?』


『はぁあ? 脱獄の手助けだぁ?』


 アルマが訝し気な顔でこちらを見てくる。


『う、うん……』


『まさかトワがやるんじゃねぇだろうな?』


『えっと、それはー……まー……うーん……』


 肯定していいのか否定した方がいいのか迷い、思わずどっちつかずな返答を返してしまう。


『あのなぁ、そんなもん失敗したらトワも殺されるぞ? 絶対にやめとけ』


『いや、やるとは言ってないよ……参考までに! 参考までにどんな方法があるのかなー……と』


 呆れた顔でアルマがビシッと言い切る。俺は慌てて言葉を取り繕う。


『……そんなもん聞いてどうすんだ?』


『いやー……ほら、もし俺が捕まったらどうしようかな―……と』


『はぁ……捕まるような真似を絶対にするな。俺が言えんのはそれだけだ』


 アルマは取り付く島もなくそう言い切ると、以降はどんなに言葉を重ねても脱獄に関して助言をくれなかった。



 ……



『……というわけでティミド! 君だけが頼りなんだ! 知恵を貸してくれ!』


『え、えぇ……?』


 武器屋の手伝いが終わり、ティミドの部屋に向かった俺は土下座でもしそうな勢いでティミドに頼み込む。ティミドはそんな俺を困惑した表情で見ている。


『なんかいい脱獄の支援方法ないかな?』


『……うーん……牢屋には多分……見張りの人がいると思うんだよね……だからその人を最初に殺さないと……かなぁ……?』


『こ、殺しちゃうの……?』


 気弱そうな表情に可愛らしい声音で、酷く物騒な言葉を吐かれた。


 俺は慌てて『出来れば罪のない人を殺すのはなしの方向で……』と付け加える。

 罪のない囚人を助けたいが、罪のない見張りの人を殺すのは流石に気が引ける。


『うーん……じゃあ……背後からジュウで撃って……動けなくする?』


『う、うーん……まだちょっと、過激、かな?』


 俺は引きつった笑顔で『も、もう少し……平和なアイディアないかな?』とティミドに問いかける。


『うーん……外で騒ぎを起こして……気を逸らす……とか?』


『おぉ! いいね、それ!』


『でも……牢屋の鍵は見張りの人が持ってるんじゃないかな……? だからやっぱり見張りの人……身動きが取れないようにしないと……』


『あー……そっか……』


 ティミドの意見は尤もだ。出来る限り見張りの人を傷つけず、無効化する方法を考えないといけない。


『ありがとう、ティミド。ティミドの意見も参考に、もうちょっと考えてみる』


『うん……でも……危ないこと、しないでね……? トワの身の安全が一番、だよ……?』


『うん、分かってる。心配してくれてありがとう』


 不安げな表情でこちらを見つけるティミドの頭をそっと撫でる。サラサラとした緑の髪が指をすり抜け、その感触が心地いい。


『そういえば……私のお父さん、仕事で隣街にも行くんだけど……最近牢屋に人が入ったのを見たって言ってたよ……』


『本当に!? 隣街ってナーエだよな!?』


『うん……。だからナーエの牢屋の場所とか……ペール達に聞いてみると、いいかも……』


『そっか、隣街ならペール達も知ってるもんな……!』


 ナーエならばペール達も商売で何度も行っているはずだ。アルマの時みたいなヘマをしないよう、細心の注意を払ってナーエの牢屋の場所や様子を聞いてみようと決意する。



『……でも……なんか、やだな。トワが出て行っちゃう話、するの……』



 寂しそうにティミドが呟く。

 俺は何と答えるか迷った末『……まだ、もう少し先のことだから』と愚にも付かない答えを返した。



 ……



 帰宅後、早速ナーエの様子をペール達に質問してみる。


『ペール達はナーエの街の様子、詳しい?』


『ナーエの、かい?』


『うん。ノイを出たらナーエに向かおうと思ってるから……』


 脱獄というワードは出さないように気をつけ、ナーエの様子を聞き出す。


 ペール達によると、ナーエはノイより少し小さめの城壁都市で構造はノイと似たような感じらしい。宿もあるから家や食べる物に困ることもないだろうとのことだ。


 さり気なく牢屋のことも聞いてみると、特に疑うことなく場所を教えてくれる。ノイの牢屋は貴族街にあるのだが、ナーエの牢屋は平民街にあるそうだ。

 どうやら貴族がそんな施設を貴族街に置きたくないと言って、平民街に移したらしい。


 貴族街の牢屋に忍び込むよりは、平民街の牢屋に忍び込む方が容易いだろう。個人的には有り難い。


『ノイはこれでも平民にかなり優しい方なんだ。ナーエは……』


『そうね……ナーエでは、多分、平民がお祭り騒ぎなんてしようものなら……』


 ペールとメールが少し悲し気な表情でナーエについて語る。

 ノイに比べナーエはかなり平民の立場が弱いらしい。オセロ大会のような大規模な催しは、やらない方が良いだろうと助言を貰う。


『パンやサシェを売るなら、ナーエで知り合いの商人を紹介しよう。きっと力になってくれる』


『ありがとう、ペール!』


『ナーエまでなら私達もスティードに護衛を頼んで付いていけるわ。ナーエまで付いていくだけならいいでしょう?』


『うん。よろしく、メール』


『ふふ、ナーエを案内してあげるわね』


 メールは優しく微笑みながら言う。


『ナーエで売る商品も準備しないとな……』


 パンの材料もサシェの材料もノイの周りで集めていた。ナーエの周りに似たような植物が群生しているかどうかは分からない。出来る限り材料を集めて置いた方がいいだろう。


 俺は少しずつ進めていた旅の準備に、商品の材料調達も含める。



 ―― 異世界での一人旅って……必要な物とかよく分からないな……



 俺は部屋に戻り、スマートフォンを取り出す。忘れないようにメモは大事だ。


「えーっと……」


 既にメモしておいた旅に必要そうな物のメモに付け加える。


 ・元々持っていた荷物

 ・服

 ・保存食、水

 ・鍋、食器類

 ・大小様々な布

 ・魔石

 ・ナイフ

 ・武器、防具

 ・地図

 ・旅先で売る物


「……本当にこんなんで大丈夫か……?」


 いや、あのサバイバル3ヶ月を生き抜いた俺だ、きっと大丈夫なはずだ。あとは都度現地調達すればいいだろう。


 日本にいた頃に読んだバックパッカーのブログでも、欲張りすぎて荷物を増やすと後々大変な思いをすると書いてあった。


「はー……またあのサバイバル生活に逆戻りかぁぁぁ……」


「きゅー?」


 深く溜息をつく俺にもちが擦り寄ってくる。


「あー嫌だー……うー……もちー……俺を癒してくれー……」


「きゅっ!?」


 もちをもちもちと抱きしめながら布団の上をゴロゴロと転がり、もちに甘える。



『……トワ、なにしてるの……?』



 丁度部屋に遊びに来たレイがノックもなく扉をあけ、俺の姿を凝視する。


『……いや、もちが甘えてきたから……ちょっと可愛がってただけだよ』


 俺はすっと姿勢を正し、膝の上にもちを乗せて撫でる。


『……そう?』


『あぁ』


『そっか……』


『あぁ』




 異世界生活425日目、俺を見るレイの目が少し冷たくなった気がするが、多分気のせいだろう。



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