第37話

 

 午前中あんな事があったにも関わらず、広場の処刑台や……ペッシェ達の亡骸が片付けられてしまえば、いつも通りの……ノイの日常が戻ってきた。


 少しばかり街が静かな点や、ホールに訪れる人が少ない点を除けば、処刑があったことが嘘のような平穏さだった。


 ―― こんなに、いつも通りなのか……


 手伝いの仕事に向かいながら街を眺め、いつも通りのノイの街を見て少し泣きたくなる。


 ―― ペッシェ達が……殺されたのに……


 ペッシェ達がどのような理由で貴族に逆らい、怒りを買ったのかは分からない。だが殺されるだけの理由なんて絶対にないはずだ。


 そう思うのだが、結局自分もいつも通り仕事に向かい、いつも通りの街並みの一部になっていく。



 ……



 もやもやとした思いを抱えつつも、今日手伝いをする予定だった肉屋に到着する。


『……こんにちわー、手伝いに来ましたー』


 玄関先から声をかければ、店の奥からフレドが出てくる。『今日はこれを頼む』と仕事の指示を出すフレドはやはりいつも通りで、自分だけがおかしいのかと不安になる。


 ―― ペッシェ達のことは……もう終わったことなのか……?


 俺はいつも通り、黙々と指示された仕事を片付けていく。



 ……



『――……ワ、トワ! 休憩しようぜ。来てからずっと働き通しだろ?』


 フレドに声を掛けられ、手を止めて顔を上げる。ぐちゃぐちゃと考えがまとまらず、気付いたらかなりの肉を下拵えしていた。


『ほら、これ飲めよ』


『あ、あぁ、ありがと……』


 フレドが渡してくれた牛乳もどきを飲みながら、ペッシェ達のことを話題に出そうか迷う。どちらも何となく喋り出さず、沈黙が部屋の中を支配する。



 ―― 話題に出したところで……もう、ペッシェ達は……



『トワ、お前さ、ペッシェ達のこと……考えてんの?』


 沈黙を切り裂くように、フレドが言葉を発する。一瞬思考が読まれたのかと驚くほどのタイミングで、考えていたことを言い当てられた。


『あぁ……ずっと、頭から……離れなくて……』


 俺が俯きながらそう答えれば、フレドは少し目線を上に逸らし、投げやりな口調で言う。


『……貴族に目をつけられたらさ、諦めるしかないんだよ。だから俺ら平民はさ、貴族の反感買わないように、ヘコヘコ媚売らなきゃいけねーんだよ』


『何だよそれ……何でそれを皆納得してるんだよ……!』


 フレドの投げやりな態度に、何故そんな横暴を受け入れているのかと俺は思わず反論してしまう。


『納得なんかしてるわけないだろ!? けどさ、どう頑張ったって変えられないんだよ』


『変えられない……?』


 フレドは一瞬声を荒げ、キツイ口調で言い返したかと思うと、また諦めたような声音に戻り、吐き捨てるように言う。


『そ。平民街で貴族とまともにやり合えるのなんてアルマくらいだ。あのソルダやスティードだって貴族とやり合ったら一瞬でやられるぜ?』


『ソルダやスティードが、一瞬で……!?』


 貴族らしい貴族は今日の豪華な服の男しか見たことがない。しかし、あの豪華な服の男はどちらかと言えば贅肉が多いタイプで、とてもじゃないがソルダ達より強いようには見えなかった。


『そーだよ。魔力が強けりゃ魔法以外にも肉体強化とかも出来るんだよ』


『魔力が……絶対……』


『そう、そーゆーこと。平民街での強い、弱いなんて、貴族にしてみれば小さい虫か、もっと小さい虫か程度の違いなんだよ』


『虫……』


 多分、俺が思うよりもずっと平民街の人達は傷つき、疲弊し、諦めているのだろう。きっと幼い頃から何度も、貴族に反抗して殺される街の人を見て育ち、貴族に反抗せず、諾々と従うことが一番だと気付いてしまったのだ。


 強い人もいたのかもしれない。だがその強さはあくまで平民街基準で、貴族にしてみればほんの些細な……気にも留めないような差なのだろう。


『いつもは皆、貴族が来るときは本当に気を付けてるんだ。ただ……ペッシェ達は昔……親友を貴族に殺されたことがあってさ……ずっと、貴族を恨んでたんだ』


 フレドもペッシェ達が処刑されるに至った経緯は知らないらしい。だが、ペッシェ達の貴族嫌いはかなり有名だったそうだ。


 俺だってもしも親友の仇が……今日のように高笑いをしながらにやにやと人を貶めていたら、我慢出来ずに口や手を出してしまうと思う。


『どうにか……なんないのかよ……!』


『……どうにもなんねーんだよ』


 フレドは再度諦めたように笑い、吐き捨てる。


 フレド曰く、昔貴族に一矢報いようと平民達が奮起したこともあったらしい。だが結果は散々で、平民側だけに多くの犠牲者が出た上、貴族達の間で「危険な平民街はなくしてしまおう」という意見も上がったらしい。


 結局、王族や一部貴族の温情によりその意見は却下され平民街は残されたが、もしその意見が通っていたら何百人もの命が容易く消されていたのかもしれないのだ。



『……クソッ!』



 沈黙が続く中、俺がやるせない気持ちで近くの壁を叩けば、フレドがハッと何かに気付いた表情で顔を上げる。


『いや……どうにかなるかもしんねー……』


『え……?』


『トワ、お前だよ! お前の旅の同行者! 貴族に逆らって牢屋に捕まった人達を逃がして、旅の同行者にしちまえばいーじゃん!』


『へ?』


 フレドは目を輝かせながら言葉を続ける。


『ノイの街はもう……無理だけど、これから行く先々の街でさ、きっと牢屋に囚われてる人もいると思うんだよ! そいつらを逃がして仲間にするんだよ!』


『囚人を……仲間に……?』


『そう! そしたらトワは仲間が出来るし、囚われてた人達は命が助かるし、完璧だろ!?』


『え……いや、牢屋に人殺し大好きな殺人鬼とか、危険な盗賊とか囚われてたらどうするんだよ……?』


 ペッシェ達のような善良な市民は助けたいと思うが、流石に殺人鬼や盗賊を野に放つのは恐ろしい。


『それは多分大丈夫だ。牢屋に囚われるのは殆どが貴族に逆らった平民だからな』


『何でそう言い切れるんだよ?』


『……誰かが犯罪を起こしたとするだろ? そいつは捕まれば即殺されて、捕まらなければそのまま放置されるからだよ』


『はぁ!?』


 犯罪者が殺されるか放置かの二択なんて極端すぎる。


『考えてもみろよ? 牢屋に犯罪者を閉じ込めて生かし続けるなら、食費やその他諸々金が掛かるだろ?』


『あ、あぁ……』


『貴族がそんな金を出すと思うか?』


『それは……』


 言われてみれば確かに出さないかもしれない。平民不要派は当然出さないし、王族や温情派も流石に犯罪者まではフォローしきれないだろう。


『そーゆーことだ。牢屋に閉じ込められるのは見せしめに殺される平民が殆どだ』


『なるほど……。いやでも勝手に逃がしてその街の平民街には被害が出ないのか?』


『それは多分大丈夫だと思う。実際昔脱走した奴がいたらしいんだけど、貴族は平民を逃がしたとは言えず有耶無耶になったらしい。多分プライドが許さないんだろ』


『じゃあ皆脱獄すればいいのに……』


 フレドの発言を聞き、俺は思わずそう考えてしまう。


『脱走できた奴はたまたま運が良かったんだろ。普通は無理だと思うぜ』


『え……じゃあ俺はどうやって囚人を助けるんだよ……?』


『んー、そこは……まぁ、頑張る?』


 てへっとフレドがお茶目に笑う。ティミドがやったらどんな杜撰な計画でも許せてしまうが、フレドがやると殺意しかわかない。


『いや、お前そこ一番大事だろ!? さっきの勢いは何処行ったんだよ!?』


 凄いアイディアを思いついたぜ!みたいな顔で勢いよく喋っていたフレドは、目を逸らし下手糞な口笛を吹いて誤魔化す。


『いや、まぁでもフレドのアイディアはありがたかった。死を待つだけの囚人なら旅に付いて来て貰っても罪悪感ないし、脱獄の手助けがバレて俺が狙われても、俺は一つの街に留まる気ないしな』


『そーそー!』


『それに……俺の旅のついでに、その人達の永住出来る場所を探すことも出来るし』


『だろ!? やっぱ俺って天才だな!』


 フレドが調子に乗りながら鼻を高くする。


『まぁ……脱獄させる方法は……俺も色々考えてみる』


『おう……俺もちょっと考えてみるわ……』


 脱獄方法の話題になると、すっとフレドのテンションが下がる。

 俺もフレドも頭脳派ではないので不安しかない。頭脳派代表と言えるティミドやアルマにも聞いてみよう、そう思いながら俺は仕事に戻った。



 ……



「……ただいま、もち」


「きゅー!」


 今日は貴族の見回りが来るかもしれないということで、一日中布袋に入れられ、野菜と一緒に隠されていたもちを引っ張り出す。じゃがいもや人参に埋もれているもちの姿はなかなかシュールだった。


「もち、今日はもう寝よう……朝から凄く……疲れたんだ……」


「きゅー……」


 そっともちの頭を撫でながら寝床に就く。




 異世界生活420日目、俺はペッシェ達に黙祷を捧げ、眠りについた。



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