第36話

 

『いい? これからとても惨くて……とても辛いことが起きるわ』


 メールはそう言いながら、俺とレイの口に布を巻きつける。声を封じるためのようだ。


『でも、決して声を出してはダメよ』


 メールはレイの目に布を巻きつけ、目隠しをする。


『レイ、決して目隠しを取ってはダメよ』


 メールはこちらを向き、俺にも真剣な表情で語りかける。


『トワ、もし見たくなかったら目を瞑りなさい。いいわね?』


 レイの耳に耳栓替わりの布を詰めながら、メールは言う。


『レイ、これから耳を塞ぐけど、私が耳栓を取るまで、決して自分で取ってはダメよ』


 レイの耳を塞いだあと、メールは真剣な表情でこちらを向く。


『トワ、貴方にはこれから起こることを話すわ……。心の準備をしておいた方がいいと思うから……』


『私から話そう。メールはレイを頼む』


 ペールがすっとメールの前に立つ。メールは小さく頷くと、不安そうなレイを抱き上げて少し離れる。


『これから……広場でシン家の処刑が行われる。貴族命令により、平民は皆広場に集まらなくてはいけない。見回りが来て、家に残っている者がいたら貴族への反逆と見なされる』


『そんな、それだけで……?』


『……貴族の命令は理不尽に思うことも多い。だが平民は従わなくてはいけないんだ』


『……』


 俺は何も言えず、口をつぐむ。日本ではそんな行為、絶対に許されない。しかしこの世界ではそれが当然で、当たり前のことなのだ。


『いいか、トワ。お前の故郷には貴族がいないと言っていたな? そんな所から来たお前には異常に思うかもしれない。だが、ノイでは貴族が絶対なんだ』


『逆らうだけで……殺されるのが普通ってこと……?』


『……貴族によるな。優しい貴族もいる。だが平民が逆らうだけで処刑を考える貴族もいる。少なからずな』


『そんな……』


『貴族の権力は甚大だ。貴族の恐ろしいところは……逆らった者だけでなく、逆らった者の家族達にまで被害が及ぶところだ』


『そんなの完全に脅しじゃないか……!』


『そうだ……。被害が家族で終わればいい。被害が平民街全てに及ぶことも充分考えられる……』


『なんで……なんでそんなことが許されるんだ……!』


『平民は本来ならば不要な存在なんだ。魔力が少なく、力も弱い。王族や一部貴族の温情によって生かされているだけなんだよ』


『何だよ……それ……! 同じ人間なのに……!』


『魔力のない世界から来たトワには理解出来ないかもしれない。この世界では魔力が絶対的な力なんだよ』


『魔力が……絶対……』


『トワ、お前も見たくなかったら目を瞑りなさい。これも渡しておこう』


 聞き分けの悪い子供に言い聞かせるように、ペールは淡々と語った後、耳を塞ぐ用と思われる小さな布を二枚渡してくれる。



『……長話になってしまったな。急ごう』



 ペールの声を合図に、メールもレイを抱いたまま動き出し、誰も言葉を発さないまま広場に向かう。



 ……



 広場に着くと既にかなりの数の人が集まっていた。


 広場の中央には5メートル程の高い台が設置され、ペッシェとペッシェの旦那さんと思われる男性が横たわっている。


 二人は全身縄で縛り付けられ、身動きを封じられていた。


 二人の横にはそれぞれ死刑執行人とおぼしき人物が立っており、その手には大きな斧の様な物が握られている。


 執行人の後方には、場違いなほど豪華できらびやかな服装をした、40代程の濃い青緑色の髪をした男が立っている。

 その男はきらびやかな服装とは真逆の下卑た表情で、口元はにやにやといやらしい笑みをたたえ酷く嫌な雰囲気をしていた。


 恐らくあの男がペッシェ達に処刑を下した貴族なのだろう。


 俺は映画やアニメ……作り物の中でしか見たことがないような光景が現実だと信じられず、呆然と目を見開く。


 ペッシェ達の表情は見えないが、時折苦しげにもぞりと体が動くため、まだ生きているのだろう。


 ―― まさか……まさか、あの斧で……首を……?

 ―― 嘘だろ? 誰か嘘だと言ってくれ。


 あまりに非現実的な光景に脳が理解を拒む。




『―― これより、貴族に反逆した逆賊共の処刑を執り行う!』




 豪華な服の男が喜々とした声で宣言する。



『自らの卑しい立場を忘れ、貴族に反抗の意志を示すとどうなるか、その身を持って平民共に教えてやれ!』



 豪華な服の男は高笑いしながら手を振り上げる。

 男の声に従うように、執行人がゆっくりと大きな斧を振り上げ、刃先が真っ直ぐと天を向いた状態で静止する。



『やれ』



 男の声と共に、斧が勢いよく振り下ろされる。

 俺はその瞬間、恐怖から固く目を瞑ってしまう。





 ―― ガンッ




 鈍く重い音と共に、何かが飛び散るような音が聞こえてくる。

 風に乗って嫌な臭いが周囲に漂う。



 ―― 血の、臭いだ……



 誰一人声を上げることなく、静寂がその場を支配する。



 ―― 終わった……のか?



 俺は不安から周りの様子を確かめたくなり、思わず目を開けてしまう。





 ―― 処刑台の上には、ペッシェ達の首が、並んでいた。




「――――――っ!!!!」




 俺は叫び声を上げそうになり、必死に口に巻かれた布を噛む。声が漏れなかったのは奇跡だった。




『処刑は以上だ。平民共は今一度自らの立場をしーっかりと理解するように!』




 再び高笑いをしながら豪華な服の男が声を張り上げる。

 笑いながら豪華な服の男はゆっくりと処刑台を降り、執行人達も後に続く。


『片付けておけ』


 下まで降りると、処刑台の下に立っていたソルダに対し、豪華な服の男が慣れた様子で命令する。ソルダは無言で頭を下げ、後ろに下がる。


 豪華な服の男達が去り姿が完全に見えなくなると、ソルダは無言で処刑台の片づけを始め、広場に集まっていた平民達も皆無言で家に戻っていく。


 ペールも俺の服を少し引っ張り、移動を促す。


 俺は完全に思考が停止し、ペッシェ達の首が片付けられていく様を見ていた。



 ―― 何で、何でペッシェ達が殺されなくちゃいけないんだ……?



 俺が間違った綴りを覚えていたら『……ここは、こう』と呟くように間違いを教えてくれたペッシェ。


 俺が『ありがとう』とお礼を伝えれば『……別に』と一言だけ呟き、少し顔を赤くしていたペッシェ。


 仕事終わり『……残っても腐るだけだから』と魚を押し付けるように渡してくれたペッシェ。



 人付き合いが苦手で、でも本当はとても優しかったペッシェ。



 走馬燈のように、ペッシェとの思い出が頭を駆け巡る。



 ぼんやりと処刑台を眺めたまま立ち尽くす俺の服を、ペールが再度強く引っ張る。

 俺はハッとしてペールの後に続き、移動を開始する。



 ……



『……よく、耐えたな』


 家に帰り玄関の扉を閉めた後、そんな風にペールが語り掛けてくる。

 俺は考えがまとまらず返事を出来ないでいると、そっとメールが抱きしめてくる。


『……トワ、 "XXX" をしましょう。ペッシェ達のために』


『 "XXX"  ……?』


『そうよ。私の後に続いて、繰り返して』


 メールはそう言うと、俺の手を取り、ぎゅっと握る。



『XXXXX、XXXX、XXXXXXXXXX』

『『『……XXXXX、XXXX、XXXXXXXXXX』』』



 俺と共に、ペールとレイもメールの言葉を真似て繰り返す。


『……これで、ペッシェ達はきっと安らかに眠りにつけるわ……』


 メールが寂しそうに笑いながら、そう呟く。

 今繰り返した言葉は、発音的にノイの言葉ではないような気がする。こちらで覚えた言葉とも音の響きが異なるように感じたのだ。


『今の言葉って……?』


『詳しいことは分からないの。誰かが亡くなった時はね、 "XXXX"  様に願いを込めて、あの言葉を捧げるの。そうしたら安らかに眠れると言われているの 』


『 "XXXX" 様……?』


『風や水、火や光……ありとあらゆるものに宿っている形のない存在……と言われているわ』


 今日は分からない言葉が沢山出てくる。

 メールの説明から、俺は単語の意味を "精霊" と理解する。

 精霊様に捧げる願いを込めた言葉……祈りの言葉。


 俺が好きだったアニメや小説では、悪い貴族がいれば主人公達の働きによって必ずと言っていいほど罰されていた。主人公達が処刑を止めるシーンなんかも何度も見た。



 ―― 俺は、ただ冥福を祈ることしか出来ない……。



『トワ……ほら、お腹すいたでしょう? ごはんにしましょう?』


 俺が沈鬱な面持ちでいると、メールが気遣うように声をかけてくれる。


『……うん』


 ペッシェ達の処刑のこと、悪い貴族のこと、それらを諦めて受け止めている平民街のこと、どれも強い感情が湧き上がるのに、明確な言葉にならずただ悶々としたまま頷く。


 そんな俺をメールは再びそっと抱きしめてくれた。

 メールの体はとても温かく、生きている人間の温もりを感じた。




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