第35話

 

 次の日の朝は三人共少しだけギクシャクしていた。


『……おはよう、ペール、メール、レイ』


 俺がいつも通り朝の挨拶をすれば、何も知らないレイは無邪気に笑いながら『おはよー、トワ!』と元気に挨拶してくれる。


『……あぁ、おはよう、トワ』


 ペールは少しだけぎこちなく、優しい挨拶を返してくれる。


『おはよう、トワ。目、真っ赤よ? 冷やしておきなさい』


 メールは挨拶をしながらそっと濡らした布を渡してくれるが、そう言ったメール自身も、そしてペールも泣きはらした真っ赤な目をしていた。


 俺が部屋に戻った後一晩中泣いたように、ペールとメールも部屋に戻った後、俺との別れを想って泣いてくれたのだろう。


『うん……ありがとう、ちょっと……寝不足で腫れちゃったみたいだ』


『そうね。昨日は……夜遅かったから……』


 昨日の内容には誰も触れなかった。



 ……



 今日は武器屋で革加工の手伝いをする仕事が入っていた。仕事が終わり、俺はアルマに防具製作の様子を伺う。


『アルマ、そういえば防具類の進捗、どう?』


『んっ!?  あぁ、防具、防具な……あぁ、うん、まぁ、そうだな、もう少しだな』


 最近のアルマはずっとこんな感じで、防具製作の進捗を聞いても『もう少しだ』とはぐらかす。

 前に魔石製の防具がどれくらいで作れるか聞いた時、大体100日ほどで完成すると言っていた。

 俺がアルマに防具製作をお願いしてから、もう100日ほど経過している。そろそろ完成してもおかしくない頃だ。


 俺は早く防具が完成して欲しい気持ちと、このままずっと完成しないで欲しい気持ちが混ざり合い、いつも『完成したら教えて』とだけ伝える。


『あ、あぁ。完成したらスグに教えるぜ』


 アルマはらしくもなく、ごにょごにょと消え入りそうな声で承諾する。

 俺はもしかしたらもう防具は完成しているのかな、と思いつつも『よろしく』とだけ言って武器屋を後にした。



 ……



 アルマの気遣いなのか分からないが、防具はなかなか完成せず、俺は最後かもしれない穏やかな日々を毎日大切に思いながら過ごしていた。


 そんなある日、朝目覚めると外からザワザワと話す声が聞こえてくる。



『―― おい、今日 "XXXX" が行われるらしいぞ……』


『 "XXXX" !? 嘘だろ……誰が、そんな……?』


『シンのとこがやっちまったらしい……』


『あいつら……!』



 平民街の家は基本的に木造りで、現代の様に断熱材等もなく、とにかく壁が薄い。外の音がほぼ丸聞こえなのだ。


「 "XXXX" ?」


 外の会話が聞こえてくるのはいつもの事なので気にならないのだが、今日は聞きなれない単語が何度も出てくる。


 俺はスマートフォン上に作成した異世界用の辞書を開き、響きから単語の意味を確認するが、やはり知らない単語だった。


「ここ最近は知らない単語が出てくること減ったのにな……またメールに意味を教えて貰わないと……」


 若干不穏な空気が漂う外の会話の内容も気になるが、単語の意味を教えて貰えば内容が分かるだろう。そう思い、俺は身支度を整えて隣室へ向かう。


『おはよ……う?』


 朝の挨拶をしながら扉を開けると、ペール達が全身真っ黒な外套を着ているところだった。


 ペール達のそんな服装は初めて見た。

 服装のせいなのか、いつも賑やかなペール達が無言だからなのか、妙に重苦しい雰囲気が漂う。


『ど、どうしたの、その服……?』


 俺が服装について聞いてみると、ペールが俺にも黒い外套を手渡し、早く着なさいと手短に伝える。


『丁度良かった……今起こしに行こうと思っていたの』


 メールがこちらを向くが、いつもの笑顔がない。


『トワ、今日 "XXXX" が行われるそうよ……。平民は皆広場に集まらなくてはいけないの』


 メールが固い表情のまま俺に伝えてくる。


『あ……えっと "XXXX"  って……なに……?』


 雰囲気的に "XXXX"  はあまり歓迎される物ではないようだ。

 メールは少し躊躇った後、一言だけ簡潔に告げる。



『……貴族に逆らった平民を殺すことよ』



 ―― 貴族、逆らう、平民、殺す……?



 俺はメールの言っている単語の意味が理解出来ず、一瞬固まってしまう。正確には全て知っている単語だったため理解は出来たが、脳が理解することを拒んでいたのだ。


 ―― 平民は皆広場に集まらなくてはいけない

 ―― "XXXX" は 貴族に逆らった平民を殺すこと


 つまり……これから公開処刑が行われるってことか……?


『え……? だって、外の会話で…… "シンのとこ" って……』


『そうよ……。今日処刑されるのはシン家……ペッシェ達よ……』


『え……?』


 ペッシェ。

 細身で少し神経質そうな雰囲気を持つ、魚屋の女主人だ。

 旦那さんは普段漁に出ているようで面識がないが、ペッシェとは店の手伝いを通して何度も顔を合わせている。


 ペッシェは無口で、いつも少し不機嫌そうな顔をしていた。喋ってもかなりキツイ口調で、俺は最初ペッシェに嫌われているのかとビクビクしていたものだ。

 しかし何度も会っているうちに、それが誤解だと気付いた。


 俺が魚屋で店番をしながら、空いた時間に言葉の勉強をしていると、横からそっと覗き込み、躓いている個所を一言だけ呟くように教えてくれる。


 最初はその呟いている単語の意味も分からず、ただただ困惑するだけだったが、分かる単語が増えていくうちに「あぁ、似た意味の単語を呟いていてくれたのだな」と理解出来るようになった。

 発音が間違っている時も同様に、ぼそりとその単語を呟いて発音を教えてくれる。


 ペッシェは誤解されやすいだけで、本当はとても優しくていい人なのだ。


『なんで……ペッシェ達が……?』


『……貴族に逆らったからよ』


 俺が呆然と呟けば、メールは答えになっているような、なっていないような回答を返してくれた。




『急ぎましょう、トワ。遅れるわ』



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