第34話
レギュームの手伝いを終え、俺はそのまま動画ホールに向かう。途中で街の人に話しかけられて足を止めつつも、ホール前に到着する。
ホール前に設置されている番組表を確認するが、今日もフードの男はいなかった。
『こんにちわー』
俺はホールの中に入り、まず受付に顔を出す。フードの男が来ていないか確認するためだ。
受付にはフードの男の特徴を伝え、もしフードの男が来たら引き留めるか、名前や住所を聞いてほしいとお願いしている。
番組表の位置も、受付から見えるように少しズラしてある。
『おう、トワ。残念ながら今日も愛しのフード男は来てないぜ』
『愛しのって何ですか……』
『毎日毎日熱心に「昨日はフードの男来ましたか?」「今日はフードの男来ましたか? 」って聞きに来るもんだからよー』
『からかわないで下さいよ……』
『はは、悪い悪い。でも本当に現れないな、フードの男……』
『そうですね……』
『街中でもそんな男見かけたことないしな―……』
『そうなんですよねぇぇぇ……』
はあぁと溜息を付きながらしゃがみ込む。
受付の男が言う通り、フードの男は前回見かけて以来、すっかり姿を見せなくなってしまったのだ。
ティミドが来ると予想していた新番組表の張り替えにも姿を現さなかった。
『ま、ちゃんと見逃さないように見ててやるからそんなに落ち込むなよ!』
受付の男は励ますようにそう言い、受付台越しに背中を叩いてくれる。
『ありがとうございます。すみませんが引き続きフードの男探し、お願いします』
『おー、任せとけ!』
ホール内の人達にも挨拶をし、動画ホールを後にする。その後コンサートホールにも顔を出したが、やはりフードの男は来ていなかった。
俺はとぼとぼと道を歩きながら考える。
「もう、フードの男に会うのは無理かな……」
一縷の希望だったフードの男は見当たらない。
レーラーも転移の情報は持っていなかった。
アルマも魔法で転移は夢物語だと言う。
「やっぱり……ノイで情報を集めるのは限界か……」
そう呟きながらも、自分の心の中には次から次へと言い訳が浮かんでくる。
―― まだ皆に恩返し出来てないし。
―― まだ稽古をつけて貰ってる途中だし。
―― まだ防具を作って貰ってる最中だし。
「……結局、誤魔化して先延ばしにしてるだけなんだよな……」
覚悟を決めたつもりだったが、ノイから離れがたくてズルズルと結論を先延ばしにしているのは、自分が一番自覚している。
「本当、いい加減覚悟決めろよ、俺……」
……
覚悟を決めないとと思いつつ、ノイの街を出るきっかけがないまま日々は過ぎていった。
毎日ペール達と賑やかな朝を迎える。
外に出れば街の皆が声をかけてくれ、フレドやティミドを筆頭に、子供達から「遊びに行こう」と誘いが来る。
夕方になればスティードにソルダ、最近はアルマまで稽古を付けに来てくれて、ボロボロになって帰ればペール達が温かく迎えてくれる。
穏やかで優しい日々。ずっとこのぬるま湯の様な日常に浸かっていたくなる。
―― このままじゃ、駄目だ。
……
異世界に来て丁度400日目、俺はようやく覚悟を決め、ペール達に時間を作ってもらう。
『……トワ、大事な話って……なんだい?』
いつもご飯を食べている食卓に、俺と向かい合うようにペールとメールが座っている。レイはもちと一緒に俺の部屋で夢の世界へ旅行中だ。
ペールは話の内容が予想出来ているのか、沈痛な面持ちで話を切り出す。メールはずっと俯いたままで表情が見えない。
『実は……アルマに作って貰ってる防具が完成したら、俺はノイの街を出ようと思ってる』
俺が真剣な表情でそう告げれば、ペールは『そうか……』と一言呟いたきり、黙ってしまった。
『あの……それで、二人には本当にお世話になって……でも全然恩を返せてなくて……だから、これ、受け取って欲しいんだ』
俺はそう言ってこれまで自分が稼いだ魔石を二人に差し出す。
『あの、ごめん、これ以上のもの……思い浮かばなくて……』
お世話になった二人には何かお礼を返したかったのだが、結局お金……魔石を渡す以上のことは思い浮かばなかった。
何だか二人の親切に値段をつけるようで少し気が引けたが、魔石があって困ることはないだろう。
『トワ、これはしまいなさい。お前の旅の資金だろう? 故郷に帰るために稼いだ魔石のはずだ』
ペールはそっと俺が差し出した魔石を押し返す。
『いや、俺の旅の資金は、もちの仲間達から貰った魔石で賄うから大丈夫。俺が自力で稼いだこの魔石は、二人に受け取って欲しいんだ』
二人に恩を返したい、そう思い考えた結果だ。
旅に出るにあたって魔石は確かにあった方が良いが、足りなくなったら後から稼げばいい。
稼いだ魔石をペール達に渡すことは、ノイにいる今じゃなきゃ出来ない。
俺がそう言って再び魔石をペール達側に押せば、メールが勢いよく顔を上げ、悲痛な表情で叫ぶ。
『いらない……いらないわ! トワ、この街を出ていくなんて言わないで! ここで暮らしましょう? ずっと、ずっとこの家で……家族みたいに……!』
メールは泣きながら立ち上がり、俺に縋りつく。メールの涙が服にしみて妙にその部分が熱く感じる。
『メール、ごめん……それは駄目だ、出来ないんだ。俺は故郷に帰る、帰らなきゃいけないんだ……』
メールの肩を抱きそっと引き離すと、メールは泣きながら途切れ途切れに言葉を吐く。
『……私、フレドや……ティミドからね……トワの帰りたい理由、聞いたの。だから……私もちゃんとお別れしなくちゃって……覚悟を決めなくちゃって……ちゃんと、ちゃんと考えていたのよ……』
メールはそこで言葉を区切ると、もう一度俺を強く抱きしめる。
『でも……! でも、私は……! そんな簡単に決められないわ……! だってトワはもう息子のようなものだもの……!』
メールにきつく、痛いくらいに強く抱きしめられる。
―― メールの言葉に覚悟が揺らぎそうになる。
『ありがとう、メール。メールにも、ペールにも、本当に感謝してる。俺だって何度ここで……メール達と一緒に暮らしたいって思ったか分からない……!』
俺はメールを強く抱きしめ返し、絞り出すように続ける。
『でも……俺がここで幸せに暮らしている間にも、故郷で母さんは一人泣いているかもしれない。そう考えると俺だけここで幸せに暮らすことなんて出来ないんだ……!』
最後は叫ぶように声を吐き出す。
メールは弾かれたように一度顔を上げたが、そのまま何も言わず、再び俯いてしまう。
俺も滲んでくる涙を見られないよう、下を向く。
そんな俺の背中をそっと撫で、ペールは優しく笑う。
『トワ、お前の後悔しないように生きなさい。お前がずっと悩んで、そして覚悟を決めたことは薄々気付いていた。お前の覚悟を、お前の意志を、私は信じるよ』
ペールもそっと俺を抱き締め、言葉を続ける。
『……ただ、これだけは覚えていてくれ。私達はいつでもここでお前の帰りを待っている。ここはもう、お前の家なんだから』
ペールはずっと、俺が悩んでいたことも、覚悟を決めたことも気付いていたらしい。
気付いた上で、俺が答えを出すのを待っていてくれたようだ。
『ありがとう……ペール』
俺は右手にメールを抱きしめ、左手にペールを抱きしめる。
『トワ、メールを許してやってくれ。メールだってお前の覚悟を邪魔したいわけじゃないんだ。本当は……一緒にトワを笑顔で送り出そうと言っていたんだ』
『……そうよ、ちゃんと覚悟を決めたつもりだったの。でもダメね。トワの顔を見ていたらそんな覚悟、すぐになくなちゃったわ……』
『メール……』
『本当……弱い自分が口惜しいわ……! 私が強かったらトワと一緒に旅に行けたのに……! 私が付いて行っても足手纏いになるだけだもの……!』
泣きながら、本当に悔しそうにメールが言う。そんなメールを慰めるように撫でながら、ペールも言葉を続ける。
『私もだよ。すまないな……トワ。私がもっと強ければ……トワもメールも守って……三人で旅に出れたかもしれないのに……』
それを聞き、俺は慌てて否定する。
『メールもペールも謝ることじゃないだろ!? そんなの……そんなの俺が一番謝らなきゃいけないよ……! 俺が二人を守れるくらい強かったら……! いや、俺が二人を不安にさせないくらい強ければよかったのに……!』
三人で抱き合いながら、それぞれが弱い自分を悔い、謝罪し合う。
『ふふ……なんだか変ね、私達。お互いにごめんなさいって謝ってる……』
メールがそう言って少し笑う。
『あぁ……本当だな。おかしな三人だ』
釣られたようにペールも笑いだす。
『本当だよ……お互いに弱くてごめんなさいって謝ってる……』
二人に釣られ、俺も笑いが込み上げてくる。
全員が笑いだせばそれが妙におかしくて、三人共堪えきれなくなって泣きながら笑い合う。
『あーあ……笑ったら何だかスッキリしちゃったわ……』
ひとしきり三人で笑い合った後、メールは吹っ切れた顔でこちらを向く。
『トワ、私も覚悟を決めるわね。貴方も……迷わずに、自分の決めた道を進みなさい』
『……うん。もう、迷わない』
異世界生活400日目、俺はノイの皆との別れを想い、一晩中枕を涙で濡らした。
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