第25話

 

 窓から差し込む陽の光で目が覚める。


「おはよ、もち」


 俺の隣で寝ていたもちに声をかければ、もちも目が覚めたのか「きゅー……」と眠そうな鳴き声を上げる。今日は朝の仕事が入っていないので遅めの起床だ。服を着替え、適当に寝癖を整えて隣室へ向かう。


『おはよう、ペール、メール』


『あぁ、おはよう、トワ』


『あら、おはよう。今日はちょっとお寝坊さんね』


 二人と談笑しつつ、朝食に手作りのパンを食べる。パンは大分ノイの街にも浸透してきた。千切ったパンをもちにも上げながら、清々しい朝の空気を味わう。



『……ご、ごめんください……。トワ……いますか……?』



 玄関の扉を叩く音と共に、ティミドの小さな声が聞こえる。

 アルマに銃の製作を依頼してから10日ほど経った。わざわざティミドが朝俺を呼びに来るなんて、期待するに決まっている。



『いるいる! 今行く!』


 俺は急いでパンを頬張り、玄関に向かう。扉を開ければおどおどとした様子のティミドが立っていた。


『……お、おはよう、トワ。……あの、お父さんが……ジュウの試作品……出来たって……』


『本当!? わざわざありがとう!』


 俺の予想は大当たりだ。逸る気持ちを抑え、ティミドと共にアルマの元へ向かう。


『あの……トワ……。ジュウの話が終わったら……ちょっと……時間貰っても、いいかな?』


 歩きながら、珍しくティミドがそんなことを聞いてくる。オセロの対戦かな? と思いつつ『分かった』と快諾する。最近はティミドが強すぎて、全く勝負にならないんだよな。オセロの話や銃の話をしつつ歩いていると、すぐにティミドの家に到着した。



『お父さん、トワ、連れてきたよ……』


『おぉ! よく来たな! トワ!』



 ティミドが声をかければ、凄い勢いでアルマが飛び出してくる。手にはハンドガンとライフルの中間くらいの大きさの銃を持ち、口を挟む暇もないまま銃に関する解説が始まった。


『見ろ! この美しい武器を! いいかこのジュウはな瞬間的にカヤク代わりの魔石を燃焼させるためここの魔石にはXXXXのXXXXを刻んだこれによって魔力のないお前でも魔石の魔力をXXXXに渡しXXXXの力によって爆発的なエネルギーを得ることが出来るそしてその際に生じる力を魔石製の筒で一方向に集めその力を利用して魔力を前に飛ばすわけだこの構造はトワが説明してくれたジュウとほぼ同じだがこのXXXXのXXXXを丁度いい力具合に調整するのが本当に大変でな俺は何度もこのXXXXを修正して時に簡略化し時に複雑化し最大限力を出せるギリギリのラインを狙ってやったそれから使用している魔石にも拘りがあってな……』


 アルマが物凄い勢いで解説してくれるが、早口過ぎるわ聞きなれない単語が混ざるわで、殆ど何を言っているのか分からなかった。


『あ、ありがとう……』


 あまりの情報量に、左から右へ聞き流しそうになりながら礼を言う。


『ま、実際に撃ってみろ!』


 アルマのこの一声で、木に向かって試し撃ちをすることになった。撃ってみれば反動が思ったより強く、驚いて大きく狙いから逸れてしまった。まぁ、練習を重ねれば命中率が上がるだろう。狙った木には深く穴が空き、銃の高い威力が伺える。



『いい感じだ! ありがとう、アルマ』


『いいってことよ! 俺も楽しませてもらったしな!』



 銃の出来栄えには非常に満足したのだが、気になるのは弾の補充方法だ。アルマしか作れない弾だった場合、弾切れになってしまったら宝の持ち腐れだ。アルマに聞いてみれば、また長々……いや細かく解説をしてくれた。要約すると魔力の塊を撃ちだすので、実弾は必要ないらしい。


『じゃあ魔石の魔力が空になったら、魔石を取り合えればいいってことか』


『そういうことだ!』


 因みに1発撃つのに3000カクほど吹っ飛ぶらしい。貧乏性の俺は撃つたびに値段を考えてしまいそうだ。あまり調子に乗って無駄撃ち出来ないなと思いつつ、一体幾ら分くらい練習しようか迷う。


『お! そうだ、これもオマケで付けてやるよ。試作品で作った威力の弱いジュウだ』


 俺の貧乏性に気付いたのか分からないが、威力が弱い代わりに1発の値段が安い……使用する魔力の低い銃もくれた。大変ありがたい。サブウェポン的な使い方も出来るかもしれない。

 アルマに礼を言い、代金を払って銃を受け取る。


 ……


『ティミドーお待たせー終わったよー』


 銃も受け取ったので、奥の部屋で待つティミドに声をかける。


『あ、トワ……お父さんの説明、終わったんだね……』


『よぉ、お疲れ』


 また彼氏面の……いや実際にティミドの彼氏となったフレドもいた。 何だ? 彼女が出来たことのない俺へのあてつけか?



『……』

『……』



 挨拶をしたきり二人共なかなか喋りださず、気まずい沈黙が部屋を支配する。妙に重苦しい空気に戸惑いつつも、俺が口火を切る。


『えーっと……二人共、俺に何か用あったんじゃ……?』


 俺の問いかけに、俯いていたティミドがバッと顔を上げ、やっと話し始めてくれた。


『……あ、あの、えっと、その…… あのね…… 』


 しかし、喋りだしてくれたのはいいが、ずっと言いよどむだけでなかなか本題に入ってくれない。どうしようかと一瞬ティミドから目線を外せば、フレドと目があった。


 普段お喋りなフレドが今日は妙に静かだ。いつもの調子で喋ってくれと目で訴えれば、俺の願いが通じたのか、フレドが口を開く。


『ティミド、俺が言う』


『で!でも……!私が言い出したことだし……!』


 二人の様子から、俺に何か話がある様子だ。そんなに言い難いことなんだろうか?


『えっと……何? すごい怖いんだけど……』


 俺がビビりながら先を促せば、覚悟を決めたようにティミドがこちらをしっかりと見る。前に、ティミドは人と目を合わせるのが苦手だと言っていた。そのティミドが真剣な眼差しでこちらを見ているのだ、俺もティミドの方を向き、背筋を正す。




『あ、あのね…… トワ、故郷に帰らないで、ノイでずっと……暮らさない?』




 ティミドは静かにそう問いかけると、俺を真剣に見つめながら言葉を続ける。


『……トワがね、故郷に帰りたいって、ずっと言ってるのは知ってる……! でも、でもね、外は危ない魔物もいるし、盗賊もいるし、旅に出て……死んじゃう人も多いの……!』


 ティミドは一度息を吸い、俺に訴えかけるように必死に続ける。


『ノイの皆…… ペールも、メールも、トワにずっといて欲しいって言ってる! 勿論私も、フレドもだよ……!』


『俺らさ、あの日見ちゃったんだよ、スティードと……トワが話してるの』


 ティミドの言葉を補足するように、フレドもぼそぼそと話し出す。あの日、というのは、俺がアルマに銃の製作を依頼しに行った日だろう。


 きっと俺がギルドから帰宅するのと同じ頃、フレドとティミドもたまたま外でデートでもしていたのだろう。


『それでさ、ティミドと俺で何回も話したんだ。トワを一人で旅に行かせていいのかって。……トワ、弱ぇしな!』


 重い空気を吹き飛ばすかのように、フレドは最後に明るく付け加える。口調はふざけているが、目は真剣そのものだ。


『お前、故郷の物売ったりオセロ大会開いてさ、ノイの街に馴染んでるだろ!? このままノイで暮らせばいいじゃねぇか……!』


『そうだよ……! もしペール達にずっとお世話になるのが申し訳ないなら、うちに来てもいいし! 』


 ティミドも『トワならお父さんもお母さんも大歓迎だよ!』とらしくない程に力強く訴えてくれる。


『俺んちだって! もし誰かの世話になるのが嫌なら、家借りればいいしさ』


『そうだよ……! お家借りるお金、私も出すから……!』


『俺もトワのおかげで結構貯まったしな! 家借りる金、一緒に出してやるよ! 足りなけりゃトワの料理ガンガン売ろうぜ!』


 フレドもティミドに力強く同意し、ノイの街に残れよと誘ってくれる。本当に、ノイの街は優しい人ばかりだ。




『ありがとう、二人がそう言ってくれて、本当に嬉しい』




 俺の言葉を聞き、二人は顔を見合わせて明るく笑い合う。




『でも、ごめん。俺はどうしても故郷に帰りたいんだ』




 続く俺の言葉に二人は笑顔のまま固まり、直後『どうして』と言わんばかりに、悲しそうに顔を歪める。


『なんで……? ノイじゃ……私達じゃ、トワの故郷の代わりにはなれない……?』


 ティミドは俯きながら俺に問いかける。俺はティミドの頭をそっと撫でながら言葉を続ける。


『故郷の代わりにならないなんて、そんなことないよ。俺はノイを第二の故郷くらいに思ってる』


 ティミド達がここで暮らそうと言ってくれた時、心が揺れなかったと言えば嘘になる。俺だってノイの街が大好きだ。

 美しい街並み、そしてそこに住む優しい人達。きっと俺がノイに残ると選択したなら、笑顔で受け入れてくれるだろう。

 何度この優しく暖かな地に、そのまま根を下ろしてしまいたいと考えたか分からない。




『でも……俺は、故郷に帰りたい理由があるんだ。帰らなきゃいけないだ。もう、後悔しないって誓ったんだ』




 二人を見つめ、宣言する。そう、俺には帰りたい理由、帰らなきゃいけない理由がある。二人は俺を見つめ返し、固唾を飲む。




 ―― 少し、昔の話をしよう。



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