第24話
『おぉ! トワ! 丁度よかった! 家に行ってもいないから探してたんだ』
『……スティード?』
ぼんやりと道を歩いていると、スティードに呼び止められた。足を止め、スティードの方に振り向く。
『何か用だった?』
『ジュウを使った戦闘パターンを何種類か考えてみてな。ジュウの使用方法に無理がないか見てくれないか?』
『あ……』
スティードはノイに戻ってから、毎日俺の稽古に付き合ってくれている。稽古以外の時間も自分の時間を削り、俺のために戦闘方法を考えてくれている。スティードにも本当にお世話になってばかりだ。
『ん……? どうした、トワ? 何だか表情が暗くないか?』
『あ、いや……別に! なんでもないよ』
スティードは俺の暗い雰囲気に気付いたのか、様子を窺うように俺の顔を覗き込んでくる。俺が慌てて誤魔化すと、スティードは『そうか?』と言いながら言葉を続ける。
『そういえば何処に行ってたんだ?』
『あー……ちょっと……ギルドの方に……』
『ギルド……そうか……。その様子だと……旅の同行者は見つからなかったか…… 』
流石はスティードだ。ギルドと言っただけで、俺がギルドに向かった目的、そしてその結果まで察しがついたようだ。
『いや……まぁ、でも仕方ないよ! それに俺、人と一緒に旅するとか苦手だし! 一人が気楽でいいなーとか思ってたし!』
スティードの察しの良さに驚きつつ、俺はスティードに心配をかけないよう、精一杯明るく強がりを言う。
『……トワ! すまない……!』
『な!? なんでスティードが謝るんだ!?』
俺の強がりが伝わってしまったのか、スティードは悲痛な表情をすると、唐突に謝罪してくる。スティードが謝罪する意味が分からず、俺が驚いているとスティードは更に言葉を重ねる。
『俺は…………いや、俺も、お前が故郷に帰れることを願っている……』
『う、うん……』
『そのために……出来ることはなんだって協力してやるつもりだ』
『うん……』
スティードはそこで一度大きく息を吸い、自分を責めるかのように顔を歪め、言葉を続ける。
『だが……! 俺には妻も娘もいる……! あいつらを置いて……! お前の旅に同行してやることは……! 俺には……! 俺には……できない……! すまない、すまない……トワ……!』
下を向き、最後は叫ぶように俺に思いの丈をぶつける。多分、俺がスティードを旅に誘いたいと考えていることに気付いていたのだろう。
まだ面と向かって誘われていないのだから、気付かないふりをすることも出来るのに、真面目なスティードはずっと、旅に同行できないことを俺に伝えるタイミングを探っていたのだろう。
『うん………でも本当に気にしないでよ?』
そこで一度言葉を区切る。
『さっきも言ったけど、俺、一人の方が気楽でいいなーって思ってたし、』
嘘だ。
『一人旅とか好きな方だし、』
嘘だ
『そもそもスティードに旅に付いて来てもらおうなんて思ってないから! 考えすぎだよ!』
嘘だ。
『スティードは責任感がありすぎるんだよ! スティードには本当、感謝してもしきれないって思ってるんだからさ!』
これは心の底から本当だ。スティードには最初から最後まで感謝してもしきれない。感謝なんて言葉じゃ言い表せない程、感謝している。
『ありがとう、スティード』
精一杯の……ありとあらゆる感情を込めてスティードに感謝の言葉を告げる。俺の気持ちの……100分の1でも伝わるといいなと思いながら。
『すまない……! すまない、トワ……!』
『だからなんで謝るんだよ! はは、変なスティード!』
俺は今笑えてるだろうか。
声は震えていないだろうか。
冗談らしく言葉を言えているだろうか。
スティードにこれ以上、自責の念を抱いてほしくない。
スティードが謝る必要なんて、本当に何一つない。感謝こそすれ、俺にはスティードを責める気持ちなんて欠片もないのだ。
責めるべきは考えなしの自分の方だ。
少し思考を巡らせれば気付いたのに。
『あー……ほら! スティード! 夕日、綺麗だよ!』
話題を変えようと、空を見上げる。日が暮れかかり、空が少し紫がかった赤に染まる。
異世界でも空は青いし、夕日は赤い。
不思議な気分だ。
空が青や赤に見えるのって何でだったかな……? 昔授業で習った気がする。太陽の光の差す角度だったかな……?
赤い光に包まれながら、何だかどうでもいいことばかり頭を巡る。俺は少ししんみりとした気分で、ぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。
『俺の……故郷でさ……』
『……あぁ』
『"同じ空の下"って表現があるんだけど……』
『……あぁ』
『多分、俺が旅に出ても……同じ空の下にいるからさ、スティード達はたまに空を見上げて、俺を応援してくれたら……嬉しいな』
『……あぁ、約束しよう。ペールや……メール……皆でトワを応援するさ』
『……ありがとう』
スティードが俺の手を取り、力強く頷いてくれる。俺は何度目になるか分からない感謝の言葉をスティードに告げた。
異世界に初めて転移した時、夜空を見上げて妙に安心したことを思い出す。もし、これから一人で旅を続けるとしても、空を見上げればノイの皆を思い出す。
何だかそれは、とても心強いことだと思った。
……
スティードと別れ、帰宅してすぐ部屋に引き籠る。
ただただ元の世界に帰りたいと、帰らないとと考えて、色々な事から目を逸らしていたのかもしれない。
スティードのこと。
ペールやメールのこと。
フレドやティミド……街の皆のこと。
俺が故郷に……日本に帰るということは、皆ともお別れということだ。分かってはいた。でも……実感は出来ていなかったのかもしれない。
「きゅー……?」
俺の暗い雰囲気を察したのか、気遣わしげにもちが俺の近くに寄ってくる。
「もち……お前も……俺が家族と引き離しちゃったんだよな……」
あの時の俺は限界で、多分もちにかなり依存していた。もちを失うのが嫌で、折角もちの仲間に会えたのに、もちを群れに返さず俺の旅に連れてきてしまった。
もちは……魔物は家族から引き離したくせに、人間を家族から引き離すのは嫌だと言う。
「最低だな、俺……」
自身の行動を思い返し、自己嫌悪陥っていたその時だ。
突然もちが全身を使い、俺の顔面に体当たりしてきた。あまりの衝撃に思わずベッドに仰向けで倒れ込む。
「も、もち……? うわっ、もっ、うぷっ……!」
「きゅーっっ!!!」
もちは俺の顔を押し潰すかのように、俺の顔面の上で飛び跳ねる。
「もっ……! やめっ……! もちっ!」
何度も顔を押し潰されながら、何とかもちを退かして抑えつける。
「もち! いきなり何だよ!?」
「きゅっ!!」
もちは何だか怒っているようだ。もちが突然怒り出した理由が分からず、俺はただただ困惑する。
「な、なに怒ってんだよ、もち!」
「きゅっ!」
もちは力強く鳴いたあと、抑えつける俺の手から抜け出して、俺の頭の上でぽふぽふ優しく跳ねる。まるで頭をぽんぽんして、いい子いい子と慰めてくれてるみたいだ。
「あれ……? これ……前に……何処かで……」
妙に懐かしさを覚え、必死に記憶を探る。そして1つの記憶に思い当たる。
「もち……これ……お前が俺に付いてきてくれた時の……」
そう。この鳴き方、優しい跳ね方は、だいふく達の群れを捨ててもちが俺に付いてきてくれた時のものと全く一緒だ。
「きゅっ?」
分かった?とでも言うように、もちが胸を張る。
「うん……分かった。もちは自分の意思で俺に付いてきたって伝えようとしてくれたんだよな?」
「きゅっ!」
正解!とでも言うように、もちは嬉しそうに笑う。
俺もあの時と同じようにもちをぎゅっと抱きしめる。
「ありがとな、もち。俺、頑張るから……」
異世界生活281日目、山を遭難していた頃のように、久々にもちを枕に俺は眠りについた。
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