第18話

 

 異世界――ノイでの生活にも慣れてきた。


 平日、大体の人が仕事をしている4日間は俺も朝起きて仕事、学校、材料集めに行く。夕方頃帰宅し、材料の加工や元の世界の売り物を準備する。1日の終わりは、日課となった筋トレと現地語の勉強をして寝る。



 休日は料理を準備し、昼前と夕飯前に元の世界の料理を売る。それ以外の時間は勉強したり、体を鍛えたり、情報収集をしたり、新しい金策のアイディアを考えたりしている。



 ……いや、していた。

 これまでは。



 今は平日、休日共に、隙あらば色んな人がオセロ勝負を仕掛けてくるようになってしまった。


 出かける前、ペールやメールが朝ご飯を食べつつ「一勝負やらないか?」と勝負を仕掛けてくる。


 仕事前、仕事の依頼人が仕事前に「一勝負やらないか?」と勝負を仕掛けてくる。


 仕事中、暇な時間を狙ってお客さんが「一勝負やらないか?」と勝負を仕掛けてくる。


 学校、授業前や休み時間……とにかく少しでも時間があれば子供達が「一勝負やらないか?」と勝負を仕掛けてくる。


 帰宅後、ペールやメールが夕飯を食べつつ「一勝負やらないか?」と勝負を仕掛けてくる。




 今、ノイの平民街は空前のオセロブームになっていた。




「まさか……ここまで流行るとはな……」



 娯楽に飢えていたのだろう。


 身近な人に教えたオセロは、1人が複数の知り合いに勧め、その知り合いがまた複数の知り合いに勧め……まるでねずみ講のように爆発的に広がった。



『トワ! 一勝負やろうぜ!』


『あ! 次は俺だって!』


『お前は昨日やって負けただろ!』



 オセロはコツを知っているかでかなり勝敗が左右されるので、今のところは俺が皆より一歩前にいる状態だ。皆にもコツを教えようかと思ったのだが、教えた瞬間ボコボコにやられそうなので、黙っておくことにした。



 ―― 俺だってちょっとは俺Tueee状態を味わいたいんだ!



 しかし俺Tueee状態は一瞬で終わった。恐らく1ヶ月持たなかっただろう。


 そう……来てしまったのだ、本物の天才が。




『……トワ、あの……オセロ、やらない?』




 可愛らしく小首を傾げ、ティミドが俺に声をかけてくる。ティミドが自分から声をかける、誰かを誘うなんてこと、これまでなら絶対になかっただろう。しかし、今のティミドは強敵を求め彷徨うハンターなのだ。



 ……



 ティミドとのリベンジ戦は俺の完敗だった。



 ボロ負けだ。どれくらいボロ負けかというと、後手である俺の白石が盤上に1枚も残らなかったと言えば分かりやすいだろうか。



『……やった!……ありがとうございました……!』


『……ありがとうございました……』



 ティミドは顔を綻ばせながら、可愛らしく小さなガッツポーズをしている。

 俺はティミドと対称的にガックリと肩を落とす。




『……すっげーーーー!』




 いつの間にか、ティミド VS 俺の試合は結構な観客の数になっていたようで、周りを数十人の子供達が取り囲んでいた。その中の1人が歓声を上げた瞬間、周りの子供達も一気に騒ぎ出す。


『すげー!』


『ティミド、滅茶苦茶強いじゃん!』


『トワに勝った人初めて見た!』


『すごいティミド!』


『何かコツあるの!?』


 皆ティミドの周りを囲み、口々にティミドを讃える。


『……え!? えぇ……? えっと……!』


 人に囲まれることに慣れないティミドは、あわあわと居心地が悪そうにしている。助けないと……と声を掛けようとしたその時だった。




『おい、お前ら! ティミドが困ってるだろ!? 散れ散れ!……大丈夫か? ティミド』




 フレドがすっとティミドの手を引き、人の輪の中から救い出す。


 勢いよく引き寄せられ、フレドの胸板に倒れ込む形となったティミドは、顔を真っ赤にして『あ……ありがとう……』と、声にならない声で囁く。


 その後フレドが場を治めてくれ、後日改めてティミドが皆にオセロを教えることになり、その場は解散となった。




『……あ……あの……フレド、あり……がとう……』


『ん、気にすんな』


 ティミドは震えているものの、先程より少ししっかりした声で改めてフレドにお礼を言う。フレドは軽く笑い、言葉を続ける。


『……ずっと皆の輪に入りたがってただろ? よかったな』


 フレドはティミドが皆の輪に入りたいと思っていたことに気付いていたようだ。


『し、知ってたの……!?』


『いや、まぁ……薄々な?』


 ティミドは自身の思いを知られていたことに、驚きが隠せない様子だった。



『……だから……いつも……話しかけてくれたの?』


『別に俺が話したかっただけだよ』


『……フレド……』


『逆に迷惑じゃなかったか?』


『めっ……迷惑なんて……!』



 フレドはこれまで、ティミドが輪に入れるよう、何度か声を掛けていたらしい。

 気を使ってくれていた事に気付いたティミドに対し、フレドは別に気を使っていた訳じゃないと優しく笑う。

 


『……いつも……ちゃんと……お返事出来なくて……ごめんなさい……』


『気にしてないよ』



 フレドが優しい笑顔で ティミドの頭をぽんぽんと撫でる。





 ―― 二人とも……俺、まだいるよー? 忘れないでー……?





 完全に二人の世界だった。

 俺は何も言わずそっと立ち去った。




 ……



 色々な意味で少し心に傷を負いつつ、帰宅する。


『あら、おかえりなさい、トワ。今日は早かったわね?』


『ただいま……メール。ちょっとね……』


『ふふ、聞いたわよ? とうとうオセロで負けちゃったんでしょう?』


『メール……情報はやすぎ……』


 帰宅早々、メールにも傷を抉られた。

 どうやら噂好きの子供達が話しているのを聞いたようだ。明日には皆に知れ渡っているかもしれない。



『オセロのことで相談があるんだけど……いいかな?』



 ……



 オセロが流行り始めたとき、俺は「皆仲良く楽しんでるし……金稼ぎに利用しようなんて良くないよな」と思い、オセロ大会で儲ける案を自分の中で却下していた。




『ペール! メール! オセロの大会を開きたいんだ! アドバイスくれないか!』




 俺はオセロの大会を開くことにした。

 決して嫉妬心に突き動かされたとかではない。



 色々と話し合い、オセロ大会の概要が決まった。

 参加費は1人2000カク。最大参加人数は100人で、多い場合は先着順だ。100人に満たない場合は、様子を見つつ大会中止になるかもしれない。


 優勝賞金は10万カクに設定してみた。勝負方式は勿論、1対1の勝ち抜きトーナメント方式だ。因みに俺は運営なのでトーナメントには出場しない。



 ……



 オセロ大会当日。



 宣伝の甲斐もあり、参加希望人数は100人を大きく上回った。

 次の大会はもう少し人数を増やし、大規模なものにしていいかもしれない。


 広場に参加者を集め、それぞれ木札に自分の名前を書いてもらう。


 名前の書かれた木札をくじ引きのように引いて、対戦相手を決めていく。因みに使った木札は最後薪に使われるというエコ設計だ。


 大会に参加しない人達には、不正がないよう観戦という名の監視協力をお願いし、大会が始まった。




 大会が始まると、至る所で歓声や悲鳴が聞こえた。


 ―― 盛り上がっているようで何よりだ。




 平民街の殆どの人が参加しているのではないかと思うほど、人数が集まっていた。

 有志による屋台なんかも出て、お祭り騒ぎだ。ペールやメールも俺の代わりに屋台を出してくれたらしい。



 ……



 多少の混乱はあったものの、大会は予想を上回る大成功の内に幕を閉じた。優勝者はなんとティミドの父、アルマだった。



 優勝者インタビューということで、木箱を並べて作ったステージの上でアルマの話を聞くと、どうやら娘のティミドに付き合って毎日オセロを打っていたのが強さの秘訣らしい。



 ガッハッハと豪快に笑い『いつでも俺に挑戦してこい!』とステージ上から他の参加者を煽る。




 異世界生活240日目、俺はオセロ大会成功の喜びを噛みしめながら、眠りについた。


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