第19話

 

 オセロ大会終了後、大会に参加して負けた人や、そもそも大会に参加出来なかった人の要望もあり、10日に1回の頻度でオセロ大会を開くことになった。



 大会を開くごとに知り合いも増え、声を掛けてくれる人が多くなった。




『やぁ、トワ。凄い人だね』


『あぁ! 目が回りそうだよ!』




 5回目の大会の時だ。

 フード付きのローブを羽織った男が、親しげに声をかけて来た。


 20代後半から30代前半くらいだろうか?

 フードで顔がよく見えないが、フードの隙間から見える顔立ちだけでも整っていることがよく分かる。

 まるで映画のスクリーンから飛び出してきたような、俳優顔負けの優しげな顔立ちだ。



 ―― やばい……誰だ……?



 ここ最近はオセロや新しい料理を広めた人物として、俺の顔や名前が独り歩きし、正直全く記憶にない人からもよく声を掛けられる。


 こんなイケメン、一度見たら忘れないと思うのだが、親しげに声を掛けてくるということは一度会っているのだろうか?

 もしかしたら誰かの旦那さんなのかもしれない。もし会ったことがある人なら名前を聞いたら失礼だろうかと思い、名前を聞くか迷う。



『凄いね。オセロを広めたの、トワなんだろ?』


『あぁ……いや、広めてくれたのは街の皆だから』


『そう? でもトワはオセロだけじゃなくて、色んな新しい物を広めたんだろ? やっぱり凄いよ』


『そ、そうかな……? たまたまだよ……』



 元の世界で流行り定番化した物を狙って広めているので、正直たまたまではないのだが、そんなことを言う気はない。



 名前を聞こうか迷っているうちに会話が進んでしまう。


 妙に褒めてくれるフードの男に、俺は警戒心を強める。前にも何人かこうやって褒めてくれる人がいた。


 嫌な言い方だが、そういう人達はオセロ等で儲けている俺に目を付け、何とかして俺から甘い汁を吸おうとしているようだった。



 ―― 今回もそういう手合いだろうか……?



『……ねぇ、トワは何で新しい物を広めようと思ったの?』



 フードの男は優し気な笑みを浮かべたまま、俺に問いかける。




 ―― どういう意図の質問だ……? どう答えるのが正解なんだ……?




 優しげな笑顔を浮かべているはずの男からは妙な圧を感じ、何だか恐ろしい。


『故郷に帰るお金を稼ぐため……かな?』


 取り敢えず俺は無難な回答を返す。この回答はそのまま話題を情報収集の方向に繋げられるため、便利で多用している。




『故郷?』


『あぁ、俺の故郷は遠いところにあって……そこに帰りたいんだ』


 その資金集めのため、故郷の物を売っているのだと説明する。


『へぇ……トワの故郷ってどこなの?』


『あ―……"日本"ってとこなんだけど……知ってる?』


『二ホン……いや、初めて聞くね』


『だよなぁ……』


 案の定知らないという回答に、予想はしていたもののやはり少し肩を落としてしまう。


『俺みたいに遠くから来たって人に会ったことないか?』


 一応情報収集の時、いつも聞いてる質問もしてみる。


『んー……遠くから来たという人は……あまり聞かないね。ノイは立地的に移民が来るような場所じゃないからね』


 こちらも、案の定知らないという回答だった。

 ノイは立地的に移民が少ないのか……道理で遠方から来たという人に未だ会えないわけだ。




『じゃあ遠い場所に飛べる魔法とか知らないか?』


『……魔法で? ……因みにトワはどうやってノイに来たんだい?』


 駄目元で魔法のことも聞くと、逆に俺がどうやってノイまで来たのか問われる。


 そりゃそうだ。来た方法と同じ方法で帰ればいいだろと思うのは当然だ。ただその来た方法が分からないのだ。



『あー……馬車で、かな? 途中歩いたりもしたけど……』



 嘘は言っていない。ただ馬車や徒歩の前に謎の異世界転移があっただけだ。


『馬車では帰れないの?』


『あー……途中……かなり長いこと気を失っていて……道が分からないんだ』



 最近は異世界から来たことを説明するのが難しいのと、異世界という概念を理解して貰えず情報収集に時間がかかるため、こういう設定で話すようにしている。



『道が分からないのか……それは大変だね』



 フードの男は同情してくれたのか、労る言葉をかけてくれる。その同情につけこむ形で、俺は更に質問を重ねる。



『レアーレの冒険って話、聞いたことないか?』


『あぁ、有名な童話だね』


 フードの男も童話を知っているのか、あれかといった感じで頷く。


『あの話の中で、女神様が光る杖を振って家に帰してくれるんだ』


『あぁ……そういえばそんな一節があったね』


『そう! あんな感じで俺も故郷に帰りたいなと思って!』


『なるほどね……』


『あの話について何か知らないか?元になった話とか……』


『あぁ、あの話はレアーレの実体験が元になってるはずだよ?』



 フードの男が衝撃的な言葉を吐く。



『実体験?!』



 レアーレの冒険が実話というのは初めて聞いた。いつ頃の話なのか、女神様とやらは今も実在するの、聞きたいことは山程ある。




『っと、まずい! 長居し過ぎてしまった! すまない、トワ! 続きはまた今度だ!』



 フードの男は突然何かに反応したような素振りを見せ、ローブを翻して走り去ってしまう。




「……はぁ!? ちょっ……! まっ……!」




 やっと掴んだ情報の欠片だ。逃すわけには行かない。

 俺は慌てて走り去るフードの男を追う。


 しかしフードの男は驚くべき早さで民家の隙間を駆け抜け、曲がり角を何回か曲がったところで見失ってしまう。




「くそっ……! 何処行った……!?」




 男を完全に見失い、名前さえ聞かなかったことを後悔したが後の祭りだ。



「折角……! 情報が手に入りそうだったのにっ……!」



 やりきれない思いで俺は近くの壁を力いっぱい叩く。



 ……



 溜息をつきつつ、肩を落としながらオセロ大会の会場に戻る。

 何処行ってたんだと皆に責められるのを、ごめんと謝罪し持ち場に戻る。



『よっ!』


『フレド……』


『どうした? トワ、何か暗くね?』



 肉屋として屋台を出すため、大会に参加していないフレドが軽い調子で話しかけてくる。商品が全部売れたので暇になったらしい。


 俺はフードの男とのやり取りを愚痴混じりに話す。




『ーって訳でさ……詳しく話を聞きたかったのに、逃げられちゃったんだよ……』


『あー……それは残念だったな』



 フレドが相槌を打ちながら静かに話を聞いてくれる。


『でもさ、そいつ最後に"続きはまた今度"って言ったんだろ?』


『あぁ……うん』


『じゃあまたそいつから会いに来るんじゃないか?』



 確かにフレドの言う通り、楽観的に考えればまたあちらから接触してきてくれるかもしれない。そう考えると少し希望が見えてきた。


『ありがとな、フレド』


『ん?』


『話聞いて貰ったら、ちょっと楽になった』


『ん、なら良かった』



 普段の陽気な姿からは想像出来ないほど、フレドは穏やかに答える。

 ティミドとのやり取りの時にも思ったが、フレドは本当に周りをよく見ている。俺も見習わないと。



『フレド……お前の方はどうなんだよ?』


『は? 何だよ? イキナリ……』


『ティミドとさ、最近いい雰囲気じゃん』



 そう。ティミド VS 俺のオセロ勝負の後、フレドとティミドはよく一緒にいるのだ。



『はぁ!? なっ、いや……俺のことはいいだろ?!』


『ははっ……! フレド、焦り過ぎ……!』



 フレドの焦り具合に、俺は可笑しくなって堪えきれず吹き出す。



『てめっ……! お前がくらぁーい顔でトボトボ惨めったらしく歩いてたから、心配してわざわざ来てやったのによー!』



 フレドは俺にヘッドロックを決め、ギリギリと締め上げてくる。

 ヘッドロックって全世界……いや、異世界共通技なのか!?



『ギ、ギブ……! ギブギブ! 悪かったよ!』



 本気で締められ、必死に謝ればやっと技を解いてくれる。


『はー…………死ぬかと思った……』


『トワ、お前弱すぎ』


『うるせぇ』


 恐らく年下のフレドに武力で完全に負けている。



『あー……その……トワは色々忙しそうだから、落ち着いてから話そうと思ったんだけどさ』



 フレドは姿勢を正し、妙に改まった態度で話しかけてくる。



『な、何だよ?』



 フレドの真剣な表情に俺も姿勢を正して向き合う。



『実は……………………俺………………』


『う、うん……』



 フレドはそこで一旦言葉を溜める。





『ティミドと付き合うことになりましたー!』





 そして先程までの真剣な表情とは打って変わり、完全に「羨ましいだろー?」と自慢げな惚気全開の顔で宣言してきやがった。


『はぁ!? じゃあ何でさっき俺は締められたんだよ!?』


『はは、照れ隠し照れ隠し』


『ふざけんなよ!』





 異世界生活280日目、俺は恐らく年下のフレドに、武力でも恋愛力でも完全に負けた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る