第15話
さて、小麦粉、バター、塩、蜂蜜が揃った。パンを作るにはもう一つ重要な物がある。
天然酵母だ。
無発酵パンでもよいのだが、やはり最初はふわふわの白いパンが良いだろう。何よりも自分が食べたい。
天然酵母の作り方は簡単で、沸騰消毒した瓶に水と林檎もどきや葡萄もどきの実を入れて発酵させるだけだ。1日1回蓋を開けて瓶をゆすり、発酵が落ち着いてきたら天然酵母の完成だ。
天然酵母さえ出来てしまえば、あとは材料を混ぜ合わせ、生地を発酵させてから石窯で焼けばパンが作れる。
……
「そろそろかな……と」
スマートフォンのタイマー機能で時間を計りつつ、パンを焼き上げる。フレドが石窯の扱いに慣れていたので助かった。
『よし! フレド、出してくれ!』
フレドは火の中に手を突っ込むと、焼きあがったパンを取り出す。
石窯を温めている火は、フレドが魔法で出した火のため、フレド自身は「温かいな」程度の熱さしか感じないそうだ。
『手、大丈夫か……? 何度見てもやっぱりヒヤヒヤするな……』
火傷しないと分かっていても、熱々の石窯に手を突っ込む様は見ていて落ち着かない。
『大丈夫だって言ってるだろ? 本当トワは心配性だな』
『悪い……』
『で、どうだ? 今度は上手くいったんじゃないか?』
『どれどれ……』
フレドが石窯から出してくれたパンを覗き込むと、こんがり狐色に焼けていた。
『よし! 見た目はバッチリだ! 後は味だな……』
『よっしゃ! もーらいっ、と!』
フレドが横からパンを掻っ攫い、豪快に食べ始める。
『おお……! うっめぇ……! これが "パン" か! すげぇ! ふわふわする!』
『フレド、落ち着けよ……』
『落ち着けるかよ! 俺がどれだけ"パン"の完成を心待ちにしてたと思ってるんだ!』
そう。フレドの言う通り、パンは材料を揃えるまでは順調だったのだが、焼き加減がとにかく難しかった。
そのためフレドと一緒に何度も何度も試行錯誤したのだ。
俺は電気オーブンで焼く温度と時間しか覚えていなかったため、時間はともかく温度……どのくらい石窯を熱すればいいかを伝える術がなかった。
最初は黒焦げ……
次は生焼け……
また次は黒焦げ……
そのまた次も黒焦げ……
フレドの魔力がなくなりそうになるくらい、何度もパンを焼いた。
そういえば魔力は使うと減るそうだ。休めば回復し、急いで回復したい場合は魔力を回復する薬や食べ物を使うそうだ。
『ほら、トワも食べてみろよ! これは大成功じゃないか!?』
『お、サンキュ』
フレドが差し出してくれたパンを一口食べる。
『お! 美味い! これは大成功だな!』
『だろ!?』
フレドはそう言って軽快に笑う。
『ありがとな……フレド、何度も付き合ってくれて……』
『いいって! 俺が食いたかっただけなんだから! でも、よかったな! パンが無事完成して!』
『あぁ! フレドのおかげだ、本当にありがとう』
『ま、これからトワの料理は全部タダってことで手を打つぜ!』
『勿論だ!……ただ破産させないでくれよ?』
礼を言うと、フレドが 冗談っぽく返してくれたので、俺も笑いながら軽口を返す。
『よし! コツ掴むため、どんどんパン焼いてこーぜ!』
『おー!』
……
そして記念すべき異世界生活200日目。
とうとう異世界料理を町で売る日がやってきた。
この日のために材料を集めたり、量産出来るよう道具を揃えたり、色んな人に宣伝したり……とにかく出来る限りの準備をした。
『トワ、もうすぐ時間だぜ? うまく焼き上がりそうか?』
『完璧! 流石フレド!』
『当然!』
カルネにも協力してもらい、肉屋が仕入れで休みの日に石窯を借り、お店で異世界料理を売り出すことになった。
『ほら、店を開けるよ? 二人とも準備はできたかい?!』
『わー! 母ちゃん、待って待って! 今並べてるから!』
『すみません! もうちょっとです!』
『早くしな!』
カルネが俺達を急かし、俺とフレドは必死に準備した料理を並べる。
売り出すメニューは悩みに悩み、ジャガバター、プリン、ホットドック、フレンチトースト、食パン、バターの6種類にしてみた。
ジャガバター、プリンは試作品が子供達に大好評で、『売る』と明言したため自動的にメニュー入りした。
ホットドックは「食パンをいきなり売っても、あまり売れないのではないか?」と思い、真ん中に肉を挟み、自家製ケチャップをかけてみた。ホットドッグと言うよりもサンドウィッチに近いかもしれない。
食べ慣れている肉が挟まっていれば、見たことのないパンという食品も手が出しやすくなるのではないかという思いと、色々試作品を作った中で、フレドイチオシだったのでメニュー入りした。
フレンチトーストは「パンはこういう食べ方も出来る」というアピールのために入れてみた。
ホットドックのようなしょっぱい味にも、フレンチトーストのような甘い味にも、どちらにも変化できる食品アピールだ。
あとホットドックには男性ファンが、フレンチトーストには女性ファンが付くといいなという思いもある。
食パン、バターは初回はあまり売れないかもしれない。
ジャガバター、ホットドック、フレンチトースト……これらが受け入れられ、「家でもあの味を楽しみたい」というお客さんが増えれば売れるだろう。
『よし、準備、できました!』
『はいよ!』
カルネが勢いよく肉屋の前のカーテンを開く。
『いらっしゃいませ! 並んで並んで! 順番にね!』
外には凄い数の人だかりが出来ていた。カルネが手際よくお客さんを案内してくれている。
「え……」
まさかこんなに人が集まってくれるとは思わなかった。
『トワ―! プリンー! プリン買いに来たよー!』
『俺はプリンとジャガバター!』
顔なじみの子供たちが声を掛けてくれる。
『いや、通りがかったらいい匂いがしたからね』
『うふふ、私もなのよ。いい香りに誘われて』
料理の匂いにつられ、通りすがりの人も集まってくれたようだ。
『……おい! トワ! 何ぼーっとしてんだ! 早く注文聞けよ!』
フレドに小声で注意され、俺は慌てて注文を聞き始める。ついでに事前に作っておいた試食も差し出す。
見たこともない料理をいきなり買ってくれる人は少ないかと思い、一口サイズの試食も用意しておいたのだが、必要なかったかもしれない。
『美味しい! やだ、これも美味しい! こっちも美味しいわ……!』
一口サイズの試食品を食べた人たちは皆口々に美味しい、美味しいと声を上げ、その声を聞いた人がまた人だかりに集まってくる。
『これと、これと……あぁ、もう全部ください!』
『あ、ありがとうございます!』
凄い勢いで商品が減っていく。
『トワ! まだ材料残ってたよな? ここは俺と母ちゃんでやるから、お前は作れるやつ追加で作って来い! 後ろに並んでる人達まで回んないぞ、これ!』
『わ、分かった! カルネ、フレド、あとよろしくお願いします!』
……
そこからはもう、目の回るような忙しさだった。
人が人を呼び、一度買った人が再来店してくれたり、商品がなくなるまで人が途絶えることがなかった。
材料がなくなり次回の販売を約束して、なんとか夜には一段落ついた。
『お疲れ様!』
ふーっとカルネが額の汗を拭いながら声をかけてくれる。
『お疲れ様です……カルネ、フレド、今日は本当にありがとう。助かった……』
『まさかあんなに人が来るとはなー』
『読みが甘いのよ、あんた達は! だから私はもうちょっと多めに作ったら?って言ったじゃない!』
『すみません……』
『仕方ないだろー? 普通、初めてであんなに売れると思わないって!』
カルネとフレドがちょっと言い合いになりつつも、皆疲れているが満足げな表情だ。
『次は倍作らなきゃね!』
『ば、倍ですか……!』
『魔力なくなっちゃうよ、母ちゃん!』
売り上げを分けたり、次の販売計画を立てつつ、夜が更けていく。
『うわ……! 外真っ暗だ……! すみません、俺、帰ります! 今日は本当にありがとうございました!』
『おー! 気を付けてなー! おやすみー!』
『トワ! 気を付けてね! おやすみなさい!』
フレドとカルネに頭を下げ、二人が見送ってくれる声を背中に聞きながら帰路を急ぐ。
異世界生活200日目、俺、渡永久は平凡サラリーマンから商売人にジョブチェンジした。
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