第12話

 

 ペール達の家にお世話になってから、一ヶ月が過ぎた。


 ペールやメールの仕事を手伝いながら、俺は必死に言葉の勉強をした。学習のかいもあり、俺は片言ながら、簡単な意思疎通なら困らない程度にはなってきた。


 分かる単語と単語を繋げ、あとはニュアンスで理解する。流暢に喋るのはまだ難しいが、リスニングはかなり上達したと思う。


 これなら外に出てもやって行けるはずだと思い、俺はメールに決意を伝える。


『メール、俺、働きたい』


『え?』


『何か、仕事、紹介して?』


 俺の拙い喋りの意味を正しく汲み取ってくれたようで、メールは心配そうに、俺が聞き取りやすいようゆっくりと言う。


『トワ、無理しなくていいのよ? 言葉も分からない、知らない場所で働くのは大変でしょう?』


 メールの優しさは有り難いが、いつまでもメールの……メール達の優しさに甘えているわけにはいかない。


『大丈夫、働ける』


 何といっても俺は社畜歴8年のベテラン社畜だ。言語能力や体力に不安はあれど、社畜精神ならば負ける気がしない。


 俺の社畜精神が通じたのかは分からないが、メールは『分かったわ……でも無理はしないでね?』と心配そうにしながらも、仕事を紹介してくれた。



 ……



 メールが紹介してくれた仕事は、街の皆をお手伝いする、所謂(いわゆる)なんでも屋さんという感じの仕事だった。


 俺より若そうな十代前半から十代後半くらいの子達も、同じように働いていた。



 午前中は畑仕事の手伝いだ。作業内容は野菜の収穫や草刈りで、早朝から手伝い、昼前まで働いて魔石を貰う。


 売り物にならないような野菜は譲ってくれるため、その野菜が朝ごはんになる。



 昼から夕方までは店番の手伝いが多い。


 店番はその日その日で武器屋、肉屋、魚屋、八百屋をローテーションする。買い物に来たお客さんと会話して、言葉の勉強と情報収集が出来る、かなり美味しい仕事だ。更に余り物を貰えることも多い。



 夜は革の加工のお手伝いだ。革を叩いたり鞣したりする。


 基本的に手伝いが必要な時にしか仕事が発生しないため、朝から晩まで仕事が発生することは稀だ。


 仕事がない時はレイの面倒を見たり、周りの人に言葉やこの世界のことを教えてもらう。



 ……



 手伝いを通じて友人も出来た。


 特に仲良くなったのは肉屋の息子のフレドと、武器屋の娘のティミドだ。



 フレドは黄褐色の髪がよく似合う、明るく爽やかなの青年だ。

 ノリがよく、新しい物に興味津々で、俺の持つスマートフォン等に目を輝かせながら食い付いて来た。


 俺が子供達の輪にすんなり入ることが出来たのは、フレドが積極的に話し掛けてくれたおかげなので、フレドには感謝している。


 よく『言葉を教えてやるよ!』と言って下ネタや汚い言葉を教えてくるので、『トワに変な言葉を教えないで!』とメールに怒られている。フレドのおかげで様々な砕けた表現や俗語を覚えられた。



 ティミドはフレドと真逆で、内気で大人しい女の子だ。


 年齢はフレドと同じ十代後半くらいか、少し年下だろう。森を思い出させる深い緑色の長い髪が綺麗な、可愛らしい外見をしている。


 ティミドは人と喋るのが苦手らしく、いつも少しおどおどしながら輪の外にいた。その様子が気になり、話し掛けている内に仲良くなった。


 ティミド曰く、皆と仲良くお喋りしたいそうなのだが、何を話せばいいのか迷っているうちに会話が進んでしまい、結局喋れずに終わってしまうそうだ。


 俺的にはゆっくり喋れるティミドとの会話は、とても落ち着くので、癒し的存在だ。


 ティミドも小さく微笑みながら『……トワは……ゆっくり喋ってくれるから……すごく、話しやすい……』と言ってくれた。俺の癒しだ。



 手伝いだけでなく、学校も行くようになった。


 学校と行っても青空教室のような感じで、広場に集まった子供達に先生が読み書きや、計算を教えてくれる。そこで俺も一緒に授業を受けさせて貰っている。



 ……



 それからお金を稼ぐため、金策も始めた。


 手伝いの仕事で入るお金は、正直子供のお小遣いに毛が生えた程度なので、このままじゃ旅の資金が貯まるのにどれだけかかるか分からない。


 元の世界で俺がどういう扱いになっているか分からないため、出来る限り早く元の世界に帰りたい。



「異世界転移で金稼ぎって言ったら……やっぱ元の世界の知識を売ることだよな?」



 この世界に来て、約半年。


 動植物、文化に多少の違いはあれど、かなり地球と似ていることが分かった。


 魔法があるため、地球の常識が通じないのではないかと不安だったが、中世から近代初期くらいの文化レベルに、エネルギーとして魔力が使われている……くらいの感覚で考えれば問題なさそうだ。



 魔法は運動や勉強と同じで、誰でも出来るけど凄い人は一握りという感じだ。


 この世界では、魔法に秀でた人は国に選ばれた魔術師になるそうだ。各国の代表が魔法を競う大会のようなものもあるらしい。



……



 さて、地球に似ているとなると、地球上で流行り定着した物は、この世界でも流行り定着する可能性が高いと考えられる。


 俺としては万人受けする、定番商品みたいな物を売り物にしたいと思っている。



「材料が手に入って……自分が再現出来そうな物かー……」



 そう考えると意外に難しい。パッと思い付かない。

 俺は住んでいたボロアパートを思い浮かべ、身近にあった物で良さそうなものがないか考える。



 まず入ってすぐの玄関を思い浮かべる。


「靴……靴べら……サンダル……スリッパ……」


 この世界は革で出来た靴が主流だ。素人に作れるとは思えない上、素材が高そうなので却下だ。



 次に廊下を進み、トイレを思い浮かべる。


「水洗トイレ……ウォシュレット……芳香剤……トイレットペーパー……うーん、無理だな」


 思い浮かんだ物は、殆ど自作出来そうな物ではない。唯一、芳香剤なら作れそうだが果たして売れるのだろうか?



 次はトイレの横にある、風呂周りを思い浮かべる。


「浴槽、石鹸……あー……風呂にゆっくり浸かりたい……」


 こちらの世界には風呂がないようだ。風呂に似た習慣はあるのだが、温水で身をすすぐだけの行水のような物か、濡らした布で体を拭くだけの簡単な物だ。

 もし風呂を作ったらまず自分が入りたい。



 気を取り直して、リビングだ。


「机、椅子、テレビ、ゲーム機……」


 家具系はこの世界に既にあるので却下だ。


 テレビはタブレットの画面を大きく映し、映画館みたいにするのは出来そうな気がする。

 動画じゃなくても、音楽プレイヤーにに音楽データが沢山入っているので、コンサートなんかもいいかもしれない。


 そしてゲーム機。

 テレビゲームを作るのは無理だが、トランプやオセロなら俺にも作れそうだ。チェスや将棋も作りたいが、今の俺じゃルール説明が厳しいだろう。



 次に寝室を思い浮かべる。


「布団……枕……」


 両方ともこの世界にもあるため、却下だ。



 そして最後にキッチンを思い浮かべる。

 キッチンと言えば、料理だ。



「食材確保して、やっぱ料理チートだよな……!」



 こちらの世界で食べた物は、殆どが食材をそのまま活かした物だった。

 調理しなくても食べれる物が多く、料理はあまり発展していないのかもしれない。これはかなりチャンスだ。



 ……



 取り敢えず、思いついた物で手が出せそうなところから、手当り次第手を付けていこうと考える。



 まず芳香剤。

 これは昔、母の手伝いで "サシェ" という匂い袋を作ったことがある。作り方は簡単で、いい香りのドライフラワーを布に包んで可愛らしい形にするだけだ。


 ノイの街で花屋は見たことがないので、綺麗でいい香りのするサシェは女性に人気が出るかもしれない。



 次にオセロだ。

 これは木を切って、簡単に作れそうだ。ルール説明も簡単なので、問題ないだろう。シンプルなルールなのに奥が深いし、流行りそうな気がする。


 トランプは紙がない点と、ルール説明が難しい点が自分の中でネックとなり、残念ながら却下した。


 それから、動画と音楽に関しては、もう少し俺がノイの街に受け入れられてからの方がいいだろうと判断した。

 場所の問題もあるし、何より俺が作ろうと思っている物の材料が手に入るか分からない。



 そして最後、料理だ。

 この世界の主食はじゃが芋のような野菜で、主食を始めとして肉も魚も野菜も、大体焼くだけ茹でるだけという非常にシンプルな料理が多い。


 調味料も塩のような物と、植物から採取する蜂蜜のような物しか見たことがない。


 これは食へのこだわり、執着心がクレイジーとまで評価される、日本人の腕の見せ所だ。




 異世界生活180日目、狙うは勿論、主食の座だ。



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