第10話

 

 それから馬車に揺られること3日間。

 俺達はノイの街に着いた。そこは俺がディユの森から見た、城壁の街だった。


 馬車を降り、城壁の前に立ってみれば恐ろしい程の威圧感がある。石を積み重ね作り上げられた壁は、高さにしておよそ10メートル程だろうか。街一体を囲んでいるようで、端が見えない。


 城壁の門には数人の兵士が立っている。

 スティードは兵士に近付くと、俺を指差しながら何か話してくれる。恐らく知り合いだと説明してくれているのだろう。


 もちは街につく前に袋に入れられ、荷物に隠された。魔物が街に入るのは歓迎されないようだ。


 スティードが話を通してくれたおかげか、俺も袋に隠したもちも、無事街に入ることが出来た。


 もしスティード達に会わないままノイの街に来ていたら、恐らく俺は街に入る前に門番に殺されていただろう。スティード達には本当に足を向けて寝られない。



 ……



 街の中は想像していた通り、中世ヨーロッパという雰囲気の街並みが広がっていて、まるでテーマパークにでも来たような気分だ。


 行き交う人々は皆、北米や北欧系の顔立ちで、色とりどりの髪の人がいる。何だかゲームの世界に入り込んだようで、少し楽しくなる。


 黒髪の人は見当たらなかったが、俺の黒髪が驚かれなかったといことは普通にいる髪色なのだろう。「その髪色は、選ばれし者の証……!」みたいな展開が来るかと期待していただけに、少し拍子抜けだ。


 街に入ると、スティードは向かう方向が違うようで『じゃあな』と声をかけ、別の方向に行ってしまった。


 道中聞いた話によると、どうやらスティードはお金で雇われた護衛らしく、昔から外に行くときはいつも護衛をお願いしているそうだ。


 別れ際、スティードは『頑張れよ、トワ!』と声をかけてくれた。俺は拙い言葉で必死に『ありがとう』と返す。


 俺がこうやって片言ながら会話を出来るようになったのも、元はスティードのおかげだ。


 ……



 その後、ペール達は俺の手を引き、街の中を軽く案内してくれた。


 まず、城壁に一番近い外側には平民街があるようだ。ペール達の家も平民街にあるらしい。


 そしてぐるりと鉄の柵で区切られた内側には貴族が住む、貴族街があるそうだ。


 貴族に逆らうと平民は殺されてしまうようなので、絶対に逆らったり、怒らせたりしないようにと、メールが真剣な表情で教えてくれる。


 更に貴族街の内側にもまたぐるりと柵で区切られ、ノイ一帯を治めている王族が住んでいるらしい。確かに一際大きい城のような建物が見える。あそこに王族が住んでいるのだろう。



 言葉が通じないため平民や貴族、王族という呼び名が適切なのか分からないが、俺の理解が正しければニュアンス的には間違っていないはずだ。


 王様の名前は『ノイ・グラン・ロワ』というらしい。ペールが教えてくれたので一応メモしたが、恐らく会うことはないだろう。



 そのあとは市場のような場所を案内してくれる。


 中央に大きな広場があり、広場を囲むようにして、石造りの小さな店が所狭しと並び、とても賑やかな雰囲気だ。


 ペール達はお店を案内しながら、俺のことを店の人に紹介してくれる。

 言葉が通じないことも一緒に伝えてくれているのか、皆ゆっくりとした口調で話しかけてくれる。



 最初にあいさつした武器屋の主人は、筋肉隆々の健康的な親父さんだった。

 年齢は40代前半くらいだろうか。真っ赤な髪がエネルギッシュな雰囲気によく似合っている。立派な鎧を身に着けているのだが、鎧から筋肉がはみ出しそうだ。


『ノイ・マスル・アルマだ! よろしくな!』


 ガッハッハと大口開けて笑いながら挨拶し、俺の背中を勢いよく叩いてくる。挨拶以降の言葉は聞き取れなかったが、恐らく「困った時は俺を頼れ」とか「筋肉付けろ」といった言葉をかけてくれていたのだと思う。



 次に挨拶した肉屋の女主人は、正に肝っ玉母ちゃんという雰囲気の、明るい女性だ。


 年齢は40代後半くらいで、山吹色の髪が、明るい雰囲気を更に際立たせている。両手に串刺し肉を持ち、ニコニコと笑いながら挨拶してくれる。


『ノイ・グロッサ・カルネよ、よろしくね!』


 挨拶した直後に、カルネは串刺し肉を何本もくれた。貰った肉はシンプルな豚の塩焼きで、ジューシーで美味しかった。お礼を言うと、また1本くれた。いや、気持ちは凄くありがたいが、こんなにタダで貰っていいのだろうか?



 そのあと挨拶した魚屋の女主人は、細身でちょっと神経質そうな雰囲気の女性だ。


 年齢は他の人より少し若めの30代前半くらいのように見える。銀色に輝く髪が少し冷たい雰囲気を感じさせた。


『ノイ・シン・ペッシェよ』


 そう一言挨拶すると、その後は互いに無言になってしまい少し気まずかった。



 最後に挨拶した八百屋女主人は、腰が曲がり始めお婆ちゃんだ。


 年齢は他の3人より年上で、恐らく60代前半くらいだろう。ずっとニコニコしていてとても優しそうな雰囲気で、若草色の鮮やかな黄緑色の髪に白髪が少し交じり、柔らかな雰囲気をより強調させている。


『ノイ・オーマ・レギュームよ、よろしくねぇ』


 レギューム優しく微笑んだ後、トマトに似た野菜をくれた。食べてみると、そのトマトに似た野菜は旨味が凝縮され、これまで食べたどんなトマトよりも美味しかった。


 俺は全員の名前や特徴をスマートフォンにメモしながら、必死に頭に叩き込む。


 ……


 最後はペール達の家に案内してくれた。


 俺の手を引き家の中に入れてくれると、一部屋を指差し『トワ、モチ』と言ってくれる。ペールは板に『トワ、モチ』と書き、部屋の前の扉にルームプレートのように打ち付けてくれた。


 そして俺の荷物をその部屋に置き、笑顔で俺の背中を押す。どうやらこの部屋を、俺に使わせてくれるらしい。



 会ったばかりのペール達にそこまでして貰うのは流石に申し訳なく思い、礼を言いつつ、そんなに世話にはなれないと、拙い言葉で必死に伝える。


 するとメールは「頼っていいのよ」と伝えるかのように、ぎゅっと俺を抱きしめ、ペールはその後ろで力強く頷いてくれた。



 ―― 本当はずっと、街に近づくにつれて怖かった。不安だった。



 街に着いてペール達と別れてしまったら、どうなるんだろう?


 言葉が通じないため、簡単な意思疎通ですら5分、10分、酷いと30分近くかかる。皆が皆、ペール達の様に優しく気長に付き合ってくれる訳じゃないだろう。


 食料はどうする、寝る場所はどうする、またサバイバル生活に戻るのか、一度城壁の外に出て再び入れるのか、言葉が通じないのにどうやって説明するのか……考えても考えても不安が付き纏っていた。


 ―― 言葉も通じない、右も左も分からない土地で、どうやって暮らして行けばいいんだろう……?


 そんな俺の不安に二人は気付いていたのかもしれない。無意識に俺の目からはポロポロと涙が溢れていた。




『ありがとう……ありがとう……!』




 俺は泣きながらメールに抱きつく。強く抱きしめ返してくれたメールからは、お日様のような優しい匂いがした。ペールは俺の背中に手をまわし、「よく頑張ったな」というように優しく背を叩いてくれる。

 するともちも袋から飛び出し、俺の頭の上に乗っかり、ぽふぽふ優しく跳ねる。



「きゅーっ!」


「ありがとな、もち。1人じゃないよな、もちもいるもんな……」


「きゅっ!」



 もちのこともぎゅっと抱きしめる。


 今は皆の優しさに甘えさせて貰おう。いつか絶対、皆に恩返しをしようと心に誓う。




 異世界生活110日目、異世界で、帰る場所が出来ました。



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