第9話
俺はタブレットのお絵かきアプリを立ち上げ、山の絵とその近くに棒人間を描く。続けて山から道を描き、道の途中に棒人間を3人と馬車を描く。
山の近くの棒人間を指差した後に自分を指差し、馬車付近の棒人間を指差した後にペール達を指差す。
ペール達は意味が分かってくれたようで、何度か頷いてくれる。
ここからはひたすら絵や身振り手振りで、俺が山を降りてきたこと、遠い場所から来たことを伝える。うまく伝わっているか不安だが、とにかく遠い場所から来たことは伝わったようだ。
スマートフォンに残っていた元の世界の写真も何枚か見せ、俺が日本出身だということも説明した。
ちなみに日本を含め、様々な国の名前を上げてみたが、全て知らないと首を振られてしまった。
写真の景色にも見覚えがないようだ。まぁ、仕方ない。
……
地名の話をしたからか、ペールが布の地図をとりだし辺りの地名を教えてくれる。地図は手描きで、かなり狭い範囲しか記載されていないようだった。
俺がいた森は『ディユ』、ペール達の街は『ノイ』、隣街は『ナーエ』というらしい。
ペール夫妻はノイの街とナーエの街を行き来する商人のようで、馬車に積んである積荷は商品らしい。今はノイの街へ帰る途中だったそうだ。
……
話が一区切りついたところで、ペール達は助けてくれたお礼として、俺に角……お金を渡してくれようとした。
しかし俺からしてみれば、盗賊を倒したのはスティードで、俺は殆ど役に立っていない。何とか身振り手振りで必死に辞退する。
するとペール達は、俺の持つ少しの食料と引き換えに、お金を渡してくれた。その金額はペール達が教えてくれた物の価値よりかなり多かったので、きっと色を付けてくれたのだろう。
『ありがとう……』
ペール達の優しさに泣きそうだ。正直、こちらの世界ではほぼ一文なしの俺には、とてもありがたい。
だいふく達がくれたお金は、この先何があるか分からないので、いざという時に備えて隠し持っておきたい。
帰る方法を探すにしても、生活するにしても、お金は必須だ。
街についたらまず、お金を稼がないとな……。
情報収集にも、お金を稼ぐにも、言葉が通じなくては話にならない。いや、本当に物理的に話にならない。
俺は必死にペール達に言葉を教えてもらった。
……
言葉だけでなく、文字も教わった。
タブレットのお絵かきアプリで、互いに文字や数字を書き、物の数え方の認識を合わせていく。
まずは数字。
これは幸いなことに十進法だった。やはり指の数が一緒だからだろうか?
ローマ数字に近い表記で表されるようだ。数字の読み方も併せて教えて貰う。
次に文字。
最初に俺がタブレットに平仮名の50音を書き、「わ、た、り、と、わ」と声に出しながら文字を指差す。二人の名前も声に出しながら、対応する文字を指差す。
2人は納得した様子で頷き、同じように50個ほどの記号……恐らくこちらの世界の文字を書いてくれた。
そして俺を真似て、名前を声に出しながら、文字を指差してくれる。どうやら平仮名のように、一音一文字が割り当てられているようだ。
一文字ずつ読み上げて貰いながら、俺は文字の横に平仮名でルビを振っていく。全て振り終わった所でスクリーンショットを撮り、画像として保存する。
数は少ないので、覚えるのは簡単そうだ。言葉さえ分かるようになれば、対応する文字も読めるようになるだろう。
……
言葉や文字を教えて貰っていたら、日が暮れて辺りが暗くなってきた。今日はここで野宿をするようだ。
馬車を止め外に出て、食事の準備が始まった。
そしてその時、俺は驚愕の事実を目(ま)の当たりにする。なんと、メールが何もないところから火を出したのだ。
「ま、魔法!?」
俺が思わず声を上げると、その様子にメールも驚く。
身振り手振りで俺は火が出せないことを伝えると、メール以外のペールやスティードも驚いた表情でこちらを見ている。
どうやらこの世界で魔法は、誰にでも使える物のようだ。
ただ、魔法の強さには個人差があるようで、三人が同じ火を出す魔法を使って見せてくれたところ、スティードの火が1番勢いが強く、大きかった。
『すごい! すごい!』
俺は興奮して、今日覚えた現地語の『すごい』を何度も叫ぶ。
ペールは何かに気付いた顔をした後、お金……小さな角を手に握った状態で再び火を出す。
すると今度はペールの出した火が、先ほどよりも激しさを増し大きくなった。
更に今度は角を2つ持って再び火を出す。火は更に激しさを増し、大きくなる。
どうやらお金代わりだと思っていた角は、魔法の燃料のようだ。
これだとお金というより、魔石の方が俺の中のイメージに合う。
その後、ペールは生み出した火をランプのようなものに移し、火の中に魔石も一緒に入れてみせた。すると、ランプの火は消えずにずっと燃え続けていた。
その火を三人が触れてみせる。
ペールとメールは熱さを感じていない様子だったが、スティードが火に触れると、その部分が少し火傷になり熱そうな様子だった。
俺の理解が正しいなら、魔法で火を生み出した人と、その血縁者?は火に触れても平気だということだろう。
ペールが火の中から魔石を取り出すと、火は消えてしまった。
見せてもらったことを整理すると、魔石はやはり魔法の燃料で間違いないだろう。
魔石の中に含まれる魔力量で価値が変わるのだろう。多分通貨の価値を教えて貰った時の様子からして、紫色が濃ければ濃いほど魔力が沢山含まれているようだ。
と、言うことは、もしかして魔石があれば、俺も魔法使えるんじゃないか?
やはりオタクとして魔法は憧れだ。俺はワクワクした表情で「火を出したい」と身振り手振りで訴える。ペール達は笑いながら、頭と火を交互に指差し「イメージしろ」のようなジェスチャーを繰り返す。
「うおおぉぉぉ!!」
俺はイメージした。燃え盛る炎を持ちうる全ての想像力を使い、イメージした。
しかし、俺の手から火が出ることはなかった。
俺の叫び声だけがこだまし、その場に気まずい空気が流れる。思わず縋るような表情でペール達を見れば、ペール達はそっと俺から目をそらす。
その後も30分程、ペールやスティードが火の出し方を教えてくれたが、俺の手から火が出ることはなかった。
「畜生! ぬか喜びかよ!」
その際気付いたのだが、どうやらペール達は体内に魔力があるようだ。その魔力を使って火を出し、魔石はあくまで補助燃料のように使用するようだ。
多分俺の体には魔力がないから魔法が使えないのだろう。落ち込む俺に対し、ペール達は励ますように肩を叩いてくれた。
もう一つ気付いたのは、恐らくだが魔力を持つ人が魔石を持つと、魔力保有量が分かるのだと思う
俺には見た目、感触共に同じに感じる魔石も、ペール達にはどちらが価値が高いか分かるようだ。
ちなみに俺が魔法の練習をしている間に、メールはこっそり食事の用意をしてくれていた。俺は魔法に夢中になっていて全く気付かず、本当に申し訳なかった。
……
メールが「食事の準備が出来たわよ」と声をかけたのか、ペールもスティードも魔法を教えるのを止め、俺を引っ張ってメールの元へ向かう。
メールが用意してくれた食事は、茹でたじゃが芋のような野菜と、焼いた肉というシンプルな物だった。
メールが「召し上がれ」と声をかけたようで、皆が一斉に食べ始める。俺も『ありがとう』と覚えたばかりの現地語でお礼を言い、食べ始めた。
食事中、言葉は殆ど分からないが、皆が俺を気遣ってくれているのは分かった。
メールは何度も俺におかわりをよそい、ペールやスティードは俺に色々と声をかけてくれた。雰囲気的に「美味いか?」「もっと食えよ」と言ってくれているようだった。
もちは皆から果物を貰い、嬉しそうに飛び跳ねていた。皆そんなもちを『かわいい、かわいい』と言いながら撫でていた。
ワイワイと賑やかな時間が過ぎていく。
俺はふと、森の中で1人孤独に食べた食事を思い出す。
何日も、何日も、何日も何日も何日も何日も……誰の話し声もしない静かな空間で、ただただ機械的に食べ物を口に運んでいた。途中からは、何の味も感じなかった。
「………………美味しい」
メールが用意してくれた食事は、塩のみのシンプルな味付けだった。
しかし、こんなに美味しいと感じた食事は初めてだった。
……
夕飯をご馳走になった後は、メールがくれたミントの葉のような物を噛み、口をゆすいだ。歯磨きの代わりのようだ。
因みに森の中では木の枝を歯ブラシ代わりにしたり、髪の毛を歯間ブラシ代わりにしていた。
……原始人の生活かな?
歯を磨き終わったあとは、濡らした布で体を拭き、メールが貸してくれた柔らかな布に包まり、横になる。スティードが不寝番をしてくれるようだ。
異世界生活107日目、俺は暖かな布に包まれ、穏やかな眠りについた。
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