第3話

 

 自身の状態と持ち物は確認したので、次は周囲の状況確認だ。


 見渡す限り、鬱蒼と生い茂る木々。人がいたり、近くに街がありそうな雰囲気はない。地面に傾斜があるため、恐らく山の中だろう。


 肉食っぽい動物や、よくゲームに出てくる馬鹿でかい虫がいたらどうしようかと思ったが、そんなヤバそうな奴を含め、周囲に生物の姿は見えない。



「てか……人、いるよな……?」



 俺がこの世界に来て出会ったのはブラックベアーだけだ。正式名称が分からないため、もうあの熊に似たあいつはブラックベアーと呼ぶことにする。


「ブラックベアーしかいない世界だったらどうしよ……」


 考えても仕方がない。

 その辺を調べるのはまず安全を確保してからだと思いなおす。

 

 取り敢えず現状の確認はこんなものでいいだろう。俺の乏しい知識では、何を確認するのが正しいのかも分からない。



 ……



 次は "衣食住" の確保だ。まず生き延びなくては話にならない。


 "衣" に関してはスーツがあるのでよしとする。


「"食" と "住" が問題なんだよなー……」


 昔、サバイバル本で読んだ覚えがある。

 遭難した場合はまず安全な場所を確保し、そこを拠点に水や食料を確保するのが望ましいそうだ。



 安全な場所……と考え、ひとまずここに拠点を築くことにした。一応今いる場所は周りに敵?がいないようだし、下手に動くと何処かに行ったブラックベアーとまた鉢合わせそうで怖い。


 周りの木に巻き付いている長めの蔦や木の葉を使い、数時間かけて周囲を葉っぱのカーテンで囲んだ空間を作り上げた。


「まぁ、こんなもんか?」


 ここでずっと暮らすわけではないので、簡易的なものでよいだろう。

 そう思い、一番重要な "食" の確保に意識を切り替える。


 水と食料は生きる上で必需品だ。

 昨日から今日にかけて、涙や汗をかなり流してしまい喉が乾いていたため、一口だけ飲みかけのエナジードリンクを飲む。


「狙うは川……だよな、やっぱり」


 川を探すのには、水の確保以外にも理由がある。


 歴史上、文明が誕生したのはどこも川の近くだ。つまり、川沿いに下山していけば街や村に出る可能性が高い……はずだ。多分。


 俺の考えた計画はこうだ。


 まず川の場所を確認する。

 都度拠点を作りながら川沿いを下って行く。

 人里に出れたら元の世界に帰る方法を探す。

 以上!


 こんなざっくり計画で大丈夫かと不安しかないが、これ以上の案が浮かばないためどうしようもない。


「それにしても川とか……どうやって探せばいいんだよ……」


 途方に暮れつつも、生きるためだと必死に知恵を振り絞り、見晴らしのいい場所まで登って川の位置を確認することにした。



 ……



「落ちたら……死ぬかな……?」



 現在、俺は涙目になりながら木登りの準備をしている。蔦を木の枝に引っ掛け、せめてもの命綱を作成中だ。


 命綱の準備も終わり、俺は覚悟を決めて木を登り始める。木登りをするのなんて、小学生以来だ。


「し、下を見ちゃダメだ……下を見ちゃダメだ……」


 自分に言い聞かせながら、ゆっくりゆっくりと、かなり時間をかけながら木を登っていく。

 木の周りには蔦が生い茂り、登りやすかったのが不幸中の幸いだ。



「俺が思ってた異世界転移ってこうじゃない……! こうじゃない!」



 大事なことなので2回言った。




「これじゃあただの遭難者じゃねぇか!」




 涙目になりつつ、思わず叫んでしまう。

 木登りをして思い知ったが、身体能力が上がっていることもないようだ。



「ぎぶみー……チート能力……」



 そんなとりとめのないことを考えつつ、休憩を挟みながら木を登っていく。自分が高所恐怖症じゃなくてよかったと心の底から思った。



 ……



 なんとか周囲を見渡せる程度に高い位置まで登り切り、蔦に足を引っ掛けて落ちないように注意しながら辺りを見渡す。




「すごい…………」



 そんな陳腐な言葉しか出てこなかった。


 目に映る、うっすらと紫がかった夕陽を浴びて輝く木々。

 澄みわたる川が流れ、その先に見える湖には空が反射して、まるで地面にも空があるようだ。

 湖の向こうには街らしきものが見える。


 これまで見たことのない景色に、圧倒的な自然。

 自分の中に確信が生まれる。





 ―― あぁ、ここは正(まさ)しく異世界だ。





 そのままかなり長い間景色を眺めていたようで、気が付くと日が暮れ始めていた。



「まずい、早く降りないと……」



 取り敢えずスマートフォンで辺りの写真を何枚か撮り、木を降り始める。

 暗くなれば落下の危険性が高まる。急ぎつつ、しかし確実に木を降りていく。


 木を降りきった時にはもう辺りは真っ暗だった。


「ふー……」


 木に寄りかかりながら、タブレットのお絵かきアプリを立ち上げ、おおよその地形や方向をメモしておく。川、湖、そして街のような場所。



 スマートフォンで撮った写真を拡大して確かめる。

 かなり画像が荒くなってしまい分かりにくいが、中世の城塞都市……といった雰囲気だ。周りが城壁で囲われており、その中に家や城らしきものが見える。


「これは確実に知性を持った生命体がいると思っていいよな……?」


 かなり希望が見えてきた。

 更に写真に写る都市の様子では、ビルのような近代的な建物も見当たらない。


「これって……知識チート出来るパターンのやつか……!?」


 ここまで一切希望を持てなかったが、やっとチートという希望が見えてきた気がする。



 …………いや?

 …………待てよ?



 知識チートをしようにも、俺あんまり知識ないな……?



 ふと冷静になって考えると、物語の主人公のように何かに特化した知識や、「知識チート出来るぜ!」なんて胸を張って言える様な知識は、残念ながら持ち合わせていない。


 本を読むのは好きだが、読んだ本の中にチートになりそうな知識なんてあっただろうか?

 少なくともすぐには思い浮かばない。


「い、いや……俺にはまだ料理チートが残っている……!」


 幼い頃からよく作っていたので料理は得意な方だ。だがそもそも調理器具や食材があるのか分からない。周りを見渡しても見覚えのない植物ばかりだ。


 見知った植物がないか付近をうろついてみたところ、林檎のような実は発見出来た。


「これ……林檎、なのか? 食えるのか……?」


 俺の見つけた林檎のような実は、見たことのない妙な色をしていた。



「か、考えろ……考えろ……」



 一度林檎もどきのことは忘れ、ぶつぶつと呟きながら必死にチート出来そうな物を考える。


「チート……チート……定番はやっぱり武器か? この世界に銃とかあるのか……?」


 昔、ネット上に銃の3Dデータが出回ったことがあった。犯罪者になるのが怖かったため、データを落としたりはしなかったが、どんな構造なのかデータを解説している動画なら見たことがある。


 うろ覚えだが意外と簡易な作りだったので、それっぽい物は作れそうな気がする。勿論、自分で作る技術はないため、鍛冶屋みたいな人が協力してくれれば……だが。


「城壁があるってことは、物作りの技術はあるってことだよな……?」


 設計図を書けば作って貰えるものなのだろうか? 当然、これまで銃を作ったことなんてないため、全く手順が分からない。


「お、俺が出来そうなチートってなんだ……?」


 つい戦闘ありきで考えてしまったが、そもそも俺は平凡的な体力しかない上、別に喧嘩が強いわけでも、何か武道を習っていたわけでもない。戦闘になったら即座に死ぬだろう。



「はー……やばいなこれ……詰んでるわ……」



 鞄を枕にして、コートを布団代わりに横になる。そもそもこの世界のことが分からないとチートも何もない。実はあの城壁都市が見た目中世っぽいだけで、超ハイテクな場合もあるわけだし。




「この世界って……なんなんだろう……」




 ―― 異世界。異なる世界。




 異世界と簡単に言うが、異世界って何だ?

 どうして俺はこの世界に来たんだ?

 どうやって来たんだ?

 どうやったら帰れるんだ?




「……分かるわけない」




 そう、分かるわけがない。


 俺が今分かることは食料と飲み物の残量が少ないこと、そしてそれらが尽きたら死ぬということくらいだ。


「明日は川に向かいながら、食料の確保だな……」


 少しだけエナジードリンクを飲み、酢昆布を1枚つまむ。


「食べられる果物とかあるのかな……? あと肉とか魚とか……」


 もし「肉を食べたかったらブラックベアーを狩るしかありません☆」なんて言われたら、俺はこの世界で一生肉を食べられない自信がある。生涯ベジタリアンを貫く。あんなの絶対勝てる相手じゃない。


「あー……でも見た目で誤解されちゃうけど、実は温厚な魔物ってパターンもあるか……」


 実際、俺のことは襲わないで放置してくれたしな。

 しかしブラックベアーがどんなに温厚な魔物だったとしても、流石に肉目当てで攻撃したら反撃されるだろう。あの巨体に押し潰されたり、手や爪が掠っただけでも死ぬ自信がある。


「やっぱりブラックベアーを食うのはなしだな……」


  地面に寝転がりながらこれからのことを考える。



「俺……家に帰れるのかな……」



 思わず弱気な言葉が口を出てしまい、慌てて自分を叱咤する。



「帰れる、きっと帰れる」



 異世界生活2日目の夜、俺は家の鍵を握りしめ、少しの不安と共に眠りについた。



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