覚醒(【白と黒】より)
物語の重要なポイント。
・
・別人格の名前は
・
以上
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放課後、僕はいつもの帰り道とは違う道を歩いていた。今日の夕飯の買出しに、近所のスーパーへ寄るためだ。
両親のいない僕は一人暮らし、いや
「(今日の晩飯は何にするんだ?)」
「(うーん焼き魚かな)」
悩みに悩んだ結果、魚料理にすることにした。流石に三日連続で肉と言うのは、お財布的にも、栄養バランス的にも良くない。
「(えー魚かよ、肉にしようぜ、肉)」
だが、
「(にーく、にーく、にーく!)」
「(いいか、
ニクニクゼミがテレビの健康番組で放送されていそうな単語を並べ、もっともらしいことを述べる。
確かに、タンパク質は三大栄養素の一つ、必要不可欠なものだ。
でも僕は騙されない。
だからちょっと罠に嵌めてみる。
「(そっか、そっか
「(おう! なんたって
「(タンパク質は大事だもんね)」
「(ああ! 大事だ!)」
「(じゃあ、今日は鯖にしよう。鯖はタンパク質が豊富だからね)」
「(な!?)」
しめしめ、まんまと罠に嵌ってくれた。こんなふうに自分の考えた作戦が上手くなんて、僕は笑ってしまう。
でも
「(ああ、うるさい! そんなに肉が食べたいなら、他の家の子になりなさい!)」
「(オカンかよ)」
「(あ。
「(無視すんな!)」
スルーして、車道の向こう側を見る。
ビュンビュン車が走る六つの車線を挟んだ、反対側の歩道。
そこには
「(よく見えるな、あんなに離れているのに)」
彼女と僕達の距離は三十五メートルくらい離れていた。それでも僕はあの女子は
好きな子を見間違えるはずがない。
あの髪の色、あの身長、あのたたずまい。走り去る自動車達の間から見えた、少女の特徴は、間違いなく
「(なんか、穏やかじゃねえな)」
どちらかというと揉めているように感じられる。
さすがに話し声までは聞こえないので、確かではないけど。
しばらくすると、彼らはどういうわけか、人気の無い裏路地に入っていった。
その時、男は周りをキョロキョロと見ていた。なにやら人目を気にしているようだった。
「(
「(う、うん)」
僕は走りながら歩道橋を渡り、車道のあちら側へ向かった。
向こう側に渡った僕は、三人が入っていた裏路地にはすぐに侵入せず、少し様子を見ることにした。
僕はそっと裏路地を覗いてみる。
「だーから! 俺達はそこのボウズにクリーニング代を払ってくれねーと困るんだよなー!」
「……その程度の汚れなら、洗濯機で洗えば落ちる。汚したことはこの子に非があるが、弁償するほどではない」
「うるせえな、てめえには関係ねえだろうが!」
ガクガク震える小さな子供。
そして強気な男が一人。彼の上着には、チョコアイスらしき物が付着していた。
今聞こえた会話と状況から察するに、子供のアイスが男の服についてしまい、怒った男達は大人気もなく子供相手に絡んで……。
「(そこにあの女が助け舟を出したってとこか。なんつー分かりやすい展開だな)」
確かにとても分かりやすい展開だ。分かりやすいと通り越して、なんというベタなシーンだろう。
今時、フィクションでもこんな化石な状況起きないかもしれない。
って、そんなこと考えている場合じゃない。
「(助けなきゃ!)」
「(え、お、おい
僕は脇目も振らず、路地裏に飛び込んだ。
「(ったく、
「あ、あのーすみません」
僕は低い物腰で男性に話しかける。
ヒーローのように颯爽と登場し、かっこよく対峙したいところだけど、これは漫画じゃない現実だ。
それに見たところ、アイスをぶつけたこの子に非がある。男の人はちょっと頭に血が昇っていて、周りが見えていないだけだ。
ここは穏便に解決しないと。
「あぁ、なんだてめえ」
男の鋭い視線が僕に向けられる。ちょっと怖い。
けど、好きな女の子の前でビビッている姿を晒すわけにはいかない。
僕は勇気を振り絞し、怒りんぼに向かっていった。
「さっきから聞いていたんですけど、この子を許してあげてくれませんか? この子も反省しているみたいですし」
「ご、ごめんなさい……」
子供が小さな頭をペコリと下げて謝罪をする。
確かにアイスをつけたこの子が悪いけど、クリーニング代まで請求するなんて大人のすることじゃない。
子供相手に怒鳴っている暇があるなら、さっさと家に帰って洗えばいいのに。
時間が経てば経つほど、汚れ、落ちにくくなりますよ。
「ふざけんなよ! 謝ってすんだら警察はいらないんだよ!」
「うわっ、古!」
男の古い言い回しに、僕は思わず本音を言ってしまった。
それが向こうの逆鱗に触れたようだ。
「てめえ!」
僕は腹部を思いっきり蹴られた。たまらず僕はお腹を押さえ、その場に膝を着く。
だがそれで終わりではなかった。
男がまた僕を蹴る。うずくまった僕に対して、今度はわき腹を蹴った。
僕はたまらず蹴られた脇腹を手で抑える。
「(痛ぇな……頭に来た。おい、
痛覚を共有している
「(そ、そんなこと言ったって……)」
最初の蹴りで、僕はすでにグロッキー状態になっていた。
身体が思うように動かない。
膝が震え、頭はくらくらする。蹴り返すどころか立つことさえままならない。
「……暴力は良くない」
ああ、優しいな
そう言いたかったけど、お腹が苦しくて声が出そうにない。
「うるせえんだよ!」
抑止しようとした
それを見た僕は怒った。
よくも
かつてないほど激怒した。
この男を殴ってやりたいと思うほどに。
でも、身体が動かなった。脳がどれだけ身体に動けと命令しても、指一本動かすことができない。
僕は自分が情けないと思った。
好きな女の子も守れない、自分の弱さを祟った。
何もできない自分の小ささに、絶望した。
こんなことなら
もうダメだ、そう思った。
何度目か分からない、男の蹴りでメガネが吹き飛び、地面に転がった。
限界寸前だったのか、その時僕はこれ以上ないくらいの吐き気を感じた。身体中の内臓が反転するような、意識が身体から離れてしまうような、そんな嘔吐感。
まるで身体が自分のじゃないみたい、そう錯覚するくらいに。
だがそれは錯覚ではなかった。
心はほとんど諦めていたので、僕は身体に動く命令を出していない。
なのに、身体が無断で動いた。
男の蹴りを、勝手に動いた左手が受け止めていた。
そして腕だけでなく、口が、声帯が、ひとりでに動いた。
「さっきから、何度も蹴りやがって。調子に乗るなよ、くそったれが……!」
僕はその声に聞き覚えがあった。
何度も頭の中で響いた声。
時にはうるさくて鬱陶しく思っていた声。
十年以上前から聞き続けていた声。
「(く、
また僕の身体が勝手に動く。
男を背負い投げの要領で投げ飛ばした。
男は地面に叩きつけられ、砂埃が舞う。
「(どうやら、漫画みてーなことが起きたようだぜ、
どうしてかは分からない。
今まで一度もこんなことは起きたことはなかったのに。
今、僕の身体は僕のものではなく、
人格が入れ替わったのだ。それこそ、
「(何のはずみで入れ替わっちまったのかは分からねーが……)」
「てめえ、この野郎!」
投げ飛ばした男が立ち上がり、こっちに突進してきた。
だがその瞬間、
「あとは俺に任せな」
スポーツ番組でプロボクサーがやるみたいに、拳が綺麗に相手の顔面にヒットする。
男はその場に倒れこむ。
見ると彼は鼻から血を垂れ流していた。無理もない、自分が突進してきたエネルギーがそのまま顔面に喰らったようなものだもの。
こういうのをカウンター攻撃っていうんだっけ。
よく見ると、男の歯が欠けていた。近くに、破片が落ちている。殴られた衝撃で割れてしまったらしい。
ちょっと可哀想だけど、
ざまーみろいい気味だ、とまでは言わないけど、少し胸がスッとした。
「さてと……」
男の足の先は地面から離れ、宙吊りにされた。
「ぐ、ぐるじい……」
男苦しそうに悶える。
だが、
もがく男に、
「おい、お前。さっきこのガキにクリーニング代がどうとか言ってたな。なら、俺からも請求させてもらおうか」
「さっき何度もお前が蹴ってくれたおかげで、俺の顔は傷だらけ、制服も泥まみれ。ついでにメガネにも傷がついたかもしれねえ」
「あが、が……」
酸素が足りていないのか、男の顔が徐々に青くなる。
だが、そんなのお構いなしに
「本来なら、お前に治療費と、服とメガネの弁償代を払ってもらうところだが……。お前の服のクリーニング代を無しにしてくれるなら、こっちの金もゼロにしてやる。どうだ、悪い話じゃねえだろ?」
「いいでず……それでいいでず」
男が必死になって搾り出した答えがそれだった。
それを聞いた
「交渉成立だ」
腕に力を入れるのを
しばらくゲホゲホと肺に空気を取り込んだ後、男は情けない悲鳴を上げながら、何処かへ逃げていった。
「け、威勢がいいのは口だけかよ。ちょっと反撃されただけで逃げやがった。(もう二、三十発くらい殴ればよかった)」
「(それはやりすぎだよ……でもありがとう
助けてくれたことを僕は感謝する。
僕はともかく、彼女達が傷つけられるのは見たくなかった。
「……これ」
彼女の手には、僕のメガネがあった。
良かった、どこにも傷はついていないみたいだ。
メガネのことじゃない、
「ああ、サンキューな」
メガネを受け取り、
『(うっ!)』
メガネをかけた途端、また強い嘔吐感を覚えた。
さっきと同じ、内臓が反転し、身体が宙に浮くような感覚。とても気持ち悪い。
僕だけでなく、
頑張って耐えて
吐き気が治まると、身体が僕の意思通りに動くようになっていた。僕は指をグー、パー、グー、パーと開いたり閉じたりしてみる。
さっきまで
どうやらメガネ着用の有無が入れ替わりのスイッチになっているようだ。
「……平気?」
気持ち悪そうにしている僕に、
「ああ、うん平気。そういう
正直言うと身体の節々が痛いけど、そんなことより僕は彼女の方が心配だった。
もし彼女の身体に異変が怒ったら、町をひっくり返してでもさっきの男を探して、呪ってやる。
「……問題ない」
良かった。僕は安堵する。
僕は膝を曲げて彼の目線に合わし、まだ怖くてガクガク震えている子供に優しく声をかける。
「ボク、大丈夫、安心して。怖い人は帰っちゃったから。もうすぐ暗くなるし、君もお家に帰りなさい」
僕は彼の小さな頭を撫でる。すると、安心したのか、彼の身体の震えは徐々に静まっていった。
「う、うん……ありがとう、おにいちゃん、おねえちゃん」
バイバイと手を振りながら大通りに走っていく子供を、僕と
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